12月2日(火)
ときより冷たい風が吹くと黄色く色づいたイチョウの葉が、まるで大きな音に驚いて飛び立つ鳥のように空に散る。その葉はやがて娘が立つグラウンドへ落ち、ボールを追う子どもたちに踏まれ、切れ切れになっていく。
私はゴール裏に置かれたベンチに座って、娘の女子サッカー体験入部の姿を見つめていた。ずらりと並ぶユニフォーム姿の子たちの前で、ひとりピンク色のジャージを着た娘が自己紹介とよろしくお願いしますと挨拶したのは2時間ほど前だ。それから優しそうなコーチの元、アンダー8(小学校2年生)のチームに混じり、鬼ごっこで身体を暖め、ひととおりボールの扱いを教わった。その後、アンダー10(小学校4年生)のチームに混じり、紅白戦が始まったのである。
娘はボールに数歩近寄っては、実際にボールが転がってくると逃げてしまう。すっかり冷たくなってしまった缶コーヒーを手に、私はじれったい想いで見つめていた。
★ ★ ★
「習字、やめたの」
娘からそういわれたのは、先々週の土曜日、一緒に風呂に入っているときだった。盛大に泡を立て頭を洗ってあげていたのだが、鏡に映った娘の表情は固かった。習字は妻の意向ではじめ、もうまもなく一年になろうとしていた。また先生からは「スジがいいわよ」と誉められ、級も一気に駆け上がっていたのだ。
「どうして?」
「なんかさ、うるさいんだもん」
上手になればなるほど、細かい点を指摘されるのは当然のことだが、8歳の娘にはそれが耐えられなかったのだろう。まあ、そんなことはどうだっていい。辞めたければ辞めればいいんだ。娘の頭にシャワーをかけながら、ふと別の提案をしてみた。
「じゃあさ、変わりになにしようか。女子サッカーなんかどう?」
「それはあんたのさせたいことでしょう」
娘は湯船に使って大きな声で30を数えると、風呂から出て行った。
★ ★ ★
この2週間の間にどう気が変わったのか娘自身が「女子サッカーをやりたい。早く連れていって欲しい」と言い出した。妻のパート仲間の娘さんが入っているチームを紹介してもらい、今日を迎えたのである。
相変わらず娘は、グラウンドの真ん中でボールに近寄っては逃げるを繰り返している。
オシムかファーガソンかどっかのサッカー監督が書いていたが、選手のポジション適正を見るには、何も言わずにピッチに立たせるといいらしい。そうすると無意識に本人が希望するポジションに立つというのだ。その伝でいくと私の娘は、守備的MFか。思い切って上がることもないし、自陣ゴール前を守るわけでもない。私だったら定位置のFWの右を誰にも譲らないだろう。そこでMFから出てくるボールを待ち、ボールが来たら一気にゴールに向かう。下手だけれど点は獲る、それが私のスタイルだ。
「ピッピー!」
前半終了の笛が鳴ると、娘は駆け足で私の手元にある水筒を取りに来た。肩で息しつつ、今は誰もいないグラウンドを真剣な表情で見つめる。私は伝えたいことがいっぱいあったので、口を開こうとしたのだが、娘が先に口を開いた。
「わかんないんだよねー」
「何が?」
「練習のときはコーチがここにボールを通してとか言うじゃん」
「うん」
「だからそれをすれば良かったんだけど、試合になったら何をしていいのかわからないんだよ」
「......」
「結構難しいね、サッカーって」
ボールを持ったら周りを見ろ、フリーの選手がいたらパスをしろ、いやその前にゴールまでの道が開いていたらゴールに向かえ、私には言いたいことが山のようにあったのだが、何も言わずに私も娘と一緒にグラウンドを見つめていた。わからないことがわかっているなら、いつかわかるときが来るだろう。
集合の声がかかると、娘は走ってグランドに向かった。
後半も私はゴール裏でじっと見ていた。
娘が一度だけボールを蹴った。
私はゴール裏に置かれたベンチに座って、娘の女子サッカー体験入部の姿を見つめていた。ずらりと並ぶユニフォーム姿の子たちの前で、ひとりピンク色のジャージを着た娘が自己紹介とよろしくお願いしますと挨拶したのは2時間ほど前だ。それから優しそうなコーチの元、アンダー8(小学校2年生)のチームに混じり、鬼ごっこで身体を暖め、ひととおりボールの扱いを教わった。その後、アンダー10(小学校4年生)のチームに混じり、紅白戦が始まったのである。
娘はボールに数歩近寄っては、実際にボールが転がってくると逃げてしまう。すっかり冷たくなってしまった缶コーヒーを手に、私はじれったい想いで見つめていた。
★ ★ ★
「習字、やめたの」
娘からそういわれたのは、先々週の土曜日、一緒に風呂に入っているときだった。盛大に泡を立て頭を洗ってあげていたのだが、鏡に映った娘の表情は固かった。習字は妻の意向ではじめ、もうまもなく一年になろうとしていた。また先生からは「スジがいいわよ」と誉められ、級も一気に駆け上がっていたのだ。
「どうして?」
「なんかさ、うるさいんだもん」
上手になればなるほど、細かい点を指摘されるのは当然のことだが、8歳の娘にはそれが耐えられなかったのだろう。まあ、そんなことはどうだっていい。辞めたければ辞めればいいんだ。娘の頭にシャワーをかけながら、ふと別の提案をしてみた。
「じゃあさ、変わりになにしようか。女子サッカーなんかどう?」
「それはあんたのさせたいことでしょう」
娘は湯船に使って大きな声で30を数えると、風呂から出て行った。
★ ★ ★
この2週間の間にどう気が変わったのか娘自身が「女子サッカーをやりたい。早く連れていって欲しい」と言い出した。妻のパート仲間の娘さんが入っているチームを紹介してもらい、今日を迎えたのである。
相変わらず娘は、グラウンドの真ん中でボールに近寄っては逃げるを繰り返している。
オシムかファーガソンかどっかのサッカー監督が書いていたが、選手のポジション適正を見るには、何も言わずにピッチに立たせるといいらしい。そうすると無意識に本人が希望するポジションに立つというのだ。その伝でいくと私の娘は、守備的MFか。思い切って上がることもないし、自陣ゴール前を守るわけでもない。私だったら定位置のFWの右を誰にも譲らないだろう。そこでMFから出てくるボールを待ち、ボールが来たら一気にゴールに向かう。下手だけれど点は獲る、それが私のスタイルだ。
「ピッピー!」
前半終了の笛が鳴ると、娘は駆け足で私の手元にある水筒を取りに来た。肩で息しつつ、今は誰もいないグラウンドを真剣な表情で見つめる。私は伝えたいことがいっぱいあったので、口を開こうとしたのだが、娘が先に口を開いた。
「わかんないんだよねー」
「何が?」
「練習のときはコーチがここにボールを通してとか言うじゃん」
「うん」
「だからそれをすれば良かったんだけど、試合になったら何をしていいのかわからないんだよ」
「......」
「結構難しいね、サッカーって」
ボールを持ったら周りを見ろ、フリーの選手がいたらパスをしろ、いやその前にゴールまでの道が開いていたらゴールに向かえ、私には言いたいことが山のようにあったのだが、何も言わずに私も娘と一緒にグラウンドを見つめていた。わからないことがわかっているなら、いつかわかるときが来るだろう。
集合の声がかかると、娘は走ってグランドに向かった。
後半も私はゴール裏でじっと見ていた。
娘が一度だけボールを蹴った。
