第7回 6カ月 最後の砦

 こんにちは、宇沢です。暑い! 溶ける!
 言ふまいと 思へど今日の 暑さかな

 こないだ年を越したと思ったらいつの間にか桜が咲いて、GWが来たなと思っているうちに梅雨が明けてた。月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。

 お蔭様でこの連載も、早7回目。そんな時に、一つ書き漏らしていた事に気づいたのだ。

 それはレジ。

 私自身30年近く棚担当者としてやってきたので、ついつい、商品手配や売り場作りの話に偏ってしまったけれど、レジという大切なポジションについて、今日は書いておきたい。

 まずは、業界の外の人に向けて少々の説明を。

 多くの書店では、スタッフを〈文芸書担当〉〈コミック担当〉〈理工書担当〉といった具合に、特定のジャンルの専任として配置している。どのジャンルもそれ相応に専門性が高いので、「みんなで一緒に全体を管理する」よりも、担当制にしてしまった方が何かと都合がいいのだ。
 それを〈棚担当〉〈ジャンル担当〉〈売り場担当〉などと呼んでいるのだが、彼ら(私も)は文字通り、自分が受け持った売り場の手入れに忙殺される。

 毎日入荷する新刊と、返品する本の出し入れ、売上をチェックして必要に応じて発注、入ってきたらそれを配架して、その間、隙を見てPOPを書いたり、フェアの企画を考えたり、直木賞発表後の準備をしたり、etc......。
 その上更にレジに立って会計もとなると、とてもじゃないが時間が足りない。

 そこで〈レジ専任〉というスタッフが存在する。
 勿論、棚担当もレジには立つが、仕事の中心はあくまでも売り場作り。対してレジ専任スタッフは、ほぼ一日中レジに立って会計をし、ポイントをつけて、本にカバーをかけて、お客さんに手渡し続ける。
 どこの書店でも必ずそうだという訳ではないが、〈棚担当〉+〈レジ専任スタッフ〉という人員配置をとっている店が多数派ではないかと思う。

〈棚担当〉の場合は、仕事の成果が見えやすい。POSデータが充実した昨今は、「先月の文芸書の売上は、前年同月比◯◯%」なんて具合に、かなり細かい数字が出せるから、それが上がれば嬉しいし、下がったら下がったで原因や対策を考えてリベンジの炎を燃やすことも出来る。
 どの本を何冊発注するかだけでなく、どの本をいつ返品するかも己の胸一つで決められるから、責任と同時にやり甲斐も大きい。「これは」と目星をつけた商品が目論見通りに売れた時は、その達成感はひとしおだ。
 だからモチベーションを維持しやすい。

 ところが〈レジ専任スタッフ〉の場合は、そう単純にはいかない。
「先月は売上が良かったね」と言われても、自分がそれにどこまで寄与したのかハッキリしないし、目標値だの達成率だのといった客観的な評価も無い。発注する責任も返品する権限も無いから、レジで何冊販売しょうと、「私が売った」という手応えも乏しいだろう。

 つまりは「自分がこの店にどれだけ貢献しているのか」、非常に実感しにくいのが〈レジ専任〉というポジションだ。
 実際、私が見聞きしてきた範囲だけでも、「自分は所詮レジだから」みたいな言い方をするスタッフは少なからずいた。

 だが、ちょっと待て。
 レジというのは、その店の印象を決める最後の砦なんだよ。
 二つの例を挙げて説明しよう。

A-1 お客さんが売り場で宇沢に声をかける
   「ちょっと探してる本があるんですけど」
A-2 宇沢「えー忙しいのに」と思いながら、ぶっきらぼうに対応する
A-3 お客さん、ムッとするも
A-4 「今から別の店に行くのも面倒」
A-5 なので、渋々レジに並ぶが
A-6 内心では「次は別の店で買おう」と考えている
A-7 レジのスタッフが気持ちの良い笑顔でハキハキと対応
  「重いのでお気をつけて」なんて気遣いの一言も添えたりする
A-8  お客さんの不愉快な気分が徐々にほぐれる
A-9 「ありがとうございます」と目を見て言われたお客さんは「またお越し下さい」の声を背中に聞きながら退店

 次は、もう一つのケースB

B-1 お客さん、売り場では問題無くスタッフとやりとりして目的の商品を見つける
B-2 ところがレジのスタッフが無愛想
   「いらっしゃいませ」と言いはするものの終始うつむいてボソボソとまるで独り言
B-3 商品の受け渡しも片手でぞんざい
B-4 「今日はもう買っちゃったけど、次は別の店に行こう」
B-5 と考えながら、不愉快な気分のまま退店

 さあ、どうだろう? 実際はこれほど単純ではないだろうけど、一つのモデルケースとして考えてみて欲しい。

 上記Bのモデルで、お客さんが気分を害してから退店するまでに、モデルAのようにどこかで挽回するチャンスがあるだろうか? 十中八九、無いと言って良かろう。
 お客さんは、会計を済ませたら、後は出てゆくだけなのだ。

 対してモデルAでは、棚担当が不愉快にさせたお客さんの気持ちを、レジのスタッフが朗らかな対応で見事に打ち消している。

 お分かり頂けるだろうか?

 レジでの失敗や失策を棚担当者がフォローするのは難しいのに対して、売り場でのエラーは、レジでカバーするチャンスがあるかも知れないのだ。
 だから先に述べたのだ。「レジはその店の印象を決める最後の砦だ」と。

 くどいようだが繰り返す。
 レジでお客さんに嫌われたらそれっきりだが、売り場での失点なら、レジの頑張り如何によって逆転出来ないとも限らないのだ。
 或るお客さんがまた来てくれるか、もうこれっきりか、その命運を握っているのはレジなのだ。

「ここを抜かれたら後が無い」という意味で、サッカーのゴールキーパーにちょっと似ている気がしないでもない。チームが勝っている時、勢いづいている時ほど目立たないという点もそうだし、味方のファウルでPKになったら止められるのはただ一人という点でも、レジとキーパーはよく似てる。

 キーパーがゴールを守っているからこそ、味方は安心して攻めて行けるんだし、我々棚担当者は、レジ専任のスタッフがいるからこそ、自分の持ち場に集中出来るのだ。

 だからレジ専任スタッフの皆さんは、「所詮」なんて言わないで、誇りを持ってレジに立って欲しい。店のファンを増やすも減らすも、最後はあなた達にかかっているのだ。

 その誇りさえ持っていれば、「棚担当者の方がエラい」と勘違いしているスタッフ(しばしばいるんだ)に、理由も無く居丈高な態度を取られても、腹を立てたり萎縮したり、ましてや落ち込んだりする必要は無いだろう。
 そういう輩とは、争うだけ損。

 そんなことに神経遣って摩耗するよりも、気持ちの良い接客と正確な会計に集中して、それで1日頑張ってタイムカードを押す時に、「今日は◯◯人のお客さんに『ありがとう』って言われたぞ」と、自分を誉めながら家路に着こう。
 それは決して、テキトーな気持ちで仕事に臨んでいる人には出来ないことなのだから。

 30年近く棚担当としてやってきた私から、この機会に一言。

 レジ専任スタッフの皆さん、我々棚担当者が自分の持ち場に集中出来るのは、目立たなくても誉められなくても、あなたたちがしっかりバックを守ってくれているお蔭です。ありがとう。これからも、どうかよろしく。

 といったところで、今回はいつもより短いんだけども、小生、身辺がちょっとバタバタしておりまして、今回はこれにて御免。

 猛暑が続くらしいので、皆さん、体調にはくれぐれもお気をつけて。