【今週はこれを読め! SF編】天才でマッドなお姉さんと、知性の普遍構造を解きあかす宇宙計算機

文=牧眞司

  • ランドスケープと夏の定理 (創元日本SF叢書)
  • 『ランドスケープと夏の定理 (創元日本SF叢書)』
    高島 雄哉
    東京創元社
    2,052円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 第五回創元SF短編賞を受賞してデビューした高島雄哉の、これが最初の単行本。受賞作を表題として、その続篇ふたつを併録している。一篇ごとに完結しているが、内容は深く関連しあっているので、すべて通して長篇とみなしてもかまわない。

 高島さんはSF考証担当として「ゼーガペインADP」などのアニメ作品に参加していることもあり、SF読者のあいだではすでにお馴染みで、この第一著書も待ちかねて読んだひとも多いようだ。すでに読みおえたすれっからしのSFマニア悪童連(という歳でもないが)の一部では、「姉SF」などと妙な盛りあがりかたをしているが、もちろん「姉」が主題となっているわけではない。しかし、そう言いたくなるほど、姉のキャラクターが際立っている。

 地球随一の天才物理学者テア・リンデンクローネ。新興国家である北極圏共同体に生まれ、十二歳にして日本の大学へ進み、飛び級しながらさまざまな理論を発表。十七歳で大学の研究者(助教)に、その後博士号を得て、二十二歳で教授になった。現在は月の向こう側のラグランジュ点にある研究施設で、宇宙物理の最前線に取り組んでいる。物語の語り手にして主人公のぼくは、テアの弟ネルスだ。ネルスも姉には遠く及ばないものの才能があり、卒論で画期的な知性定理を発見した。ただ、その発見も姉の手助けがあってこそである。

 さて、テアはただ天才なだけではない。マッドサイエンティストなのだ。そのマッドぶりは最初のうちはわからない。少々エキセントリックな、少年マンガなどによくある主人公を振りまわすお姉ちゃんキャラ程度だ。しかし、小惑星から採取した謎の物体ドメインボールの研究が進むうち、彼女のマッドさがあらわになる。ドメインボールはその内部にまるごと宇宙があった。こちらの宇宙とは物理法則が異なるので、観測機器を入れての調査はできない。そこでテアが取ったのは、自分自身を情報体として電離流体に転写し、それをボール内に照射する方法だった。しかも、十兆個いっぺんに。もちろん、照射するのはあくまで情報体だから、オリジナルの自分はこちらに残る。それは問題ない。しかし、情報体といえども、ひとつひとつに意識があり、いわば実存としてはオリジナルと変わりはない。それを戻ることのできない、未知の宇宙に送りだすとは。ネルスは「十兆人ぶんの魂に等しいのに」と抗議するが、姉は「口出しするんじゃない。それにきっと私の分身は楽しんでると思うね」と涼しい顔だ。

 現代SFで、この振りきり感は凄い。

 しかし、この姉とバランスを取るかのように、語り手のネルスは常識人だ。姉は十兆個の魂を別宇宙に送りこんで平然としているが、弟はひとつの魂のことで気を揉んでいる。それはかつて、姉の実験の被験者になったとき、姉のちょっとした不手際で生みだされたネルスの分身ウアスラだ。ウアスラは情報体なので肉体を持たないが、生きている人間と同じ意識と感情を備えている。

 分身といっても、ネルスは男性なのにウアスラは女性だ。はからずもウアスラが誕生したとき、姉は自分の責任を棚上げにして、弟はいるから妹がほしいと言いだし、性別を変えてしまったのだ。このあたりも、常人の感覚ではない。

 深く考えだすと姉の倫理感はかなり問題があるのだが、別な宇宙の探査という大きな物語のなか、また姉・弟の絶妙の関係のなかで、深刻なものにならず、むしろオールドファッションドなSFの面白さを盛りあげている。さらには十兆個の姉とひとりのウアスラが別々な問題ではなく、テーマの面でもプロットの面でもきれいにつながっているのがみごと。

 つづく「ベアトリスの傷つかない戦場」では、ネルスが発見した知性定理がクローズアップされる。知性定理とは、宇宙に存在しうるあらゆる知性は共通の構造があるというものだ。ぼくなどはそれなら猫と意思疎通をしてみよう、アリの考えていることを理解しようと考えるのだが、これは現代SFなので身近な応用へはいかない。ネルスが目ざすのはあらゆる知見をマッピングする「理論地図」である。人類が達成した領域をマッピングしていくと、空白の部分が残る。そこにまだ知られていない、それこそ未来の知見、異星人の知見が(そして猫の知見やアリの知見も)潜んでいるのだろう。

 そうしたほとんどメタフィジカルな追究のいっぽう、北極圏共同体内でのクーデターという卑近な脅威が迫ってくる。ここでもオーソドックスなSFの展開があり、知性理論によって導かれたテクノロジーが危機を救うのだ。

 第三作「楽園の速度」では、知性理論をめぐる国際諜報戦に姉弟が巻きこまれる。知性理論は広く知られ、どの国でも研究を進めているが、テアとネルスにはほかにはない圧倒的なアドバンテージがあった。ボール宇宙である。これを超高性能のコンピュータとして用いるのだ。


 ボール宇宙計算機には、ぼくたちの宇宙と同じだけの時空量子が含まれていて、そのすべてを使って並列計算を行う。何らかの物理情報が入力されると----この宇宙とは似て非なるボール宇宙内の物理法則に従って----変換された物理情報が出力される。地球上の量子コンピュータをすべて合わせても、ボール宇宙計算機に敵うはずもないのだ。


 ボール宇宙の存在は秘匿しているが、各国とも姉弟が特殊な計算機があると気づくのは時間の問題だ。となれば、直接に姉弟を狙ってくる。先の北極圏共同体のクーデターを超えるピンチだ。その緊張感の高まりと、ボール宇宙内の十兆の姉たちのざわめき(くちぐちにネルスをいたぶってくる)のコントラストが絶妙。

 まあ、やっぱりこれは「姉SF」ですね。

(牧眞司)

« 前の記事牧眞司TOPバックナンバー次の記事 »