【今週はこれを読め! SF編】もはやそれほど危険ではないが、アイデア・ストーリーとして面白い

文=牧眞司

  • 危険なヴィジョン〔完全版〕1 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『危険なヴィジョン〔完全版〕1 (ハヤカワ文庫SF)』
    レスター・デル・レイ,ロバート・シルヴァーバーグ,フレデリック・ポール,フィリップ・ホセ・ファーマー,ミリアム・アレン・ディフォード,ロバート・ブロック,ハーラン・エリスン,ブライアン・W・オールディス,ハーラン・エリスン,伊藤典夫,浅倉久志,山田和子,中村融,山形浩生
    早川書房
    1,320円(税込)
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 アメリカSFはその揺籃期(二十世紀の幕開けから1920年代)において、科学技術ホビイストあるいはティーンエイジャーむけの大衆文芸として発展してきた。その後、1930年代末の〈アスタウンディング〉誌でのキャンベル革命、1950年代初頭の〈F&SF〉や〈ギャラクシー〉での文芸的洗練があり、読者層も大きく広がるのだが、作品が扱うテーマや表現面における自己検閲(作家自身による、または編集者による)は根強く残っていた。SF界の風雲児ハーラン・エリスンは、そうした風潮に敢然と叛旗を翻し、このオリジナル・アンソロジーを企画した。

 エリスンは序文で、次のように言い放つ。



 いまあなたの手にあるのは、たんなる本ではない。運良くいけば、それは革命だ。
(略)この本は、ぼくらの時代の文学に、新しい地平、新しい形式、新しい文体、新しい課題を生みだす必要から創案された。



『危険なヴィジョン』の原書が刊行されたのは1967年。ヒッピー・ムーヴメント「サマー・オブ・ラブ」の年である。二年後には「ウッドストック・フェスティバル」が開催される。こうしたカウンターカルチャーの台頭と、新しいSFへの欲求はパラレルだ。

 この邦訳が〔完全版〕をうたっているのは、かつて不完全版があったからで、三分冊で訳出の予定が第一巻だけで頓挫している。1983年のことだ。

 こんかいの〔完全版〕の第一巻は、旧訳版の第一巻の収録作品はまったく同じ。ただし、フレデリック・ポール、ブライアン・W・オールディス、フィリップ・ホセ・ファーマーの作品は、新しく翻訳を起こしている(訳者は中村融さんと山形浩生さん)。また、旧訳版の「解説」は伊藤典夫さんだったが、こんかいは高橋良平さんが情報量たっぷりの「解説」を寄せている。

 さて、刊行当時はアメリカSF界で大評判となり、この本自体がヒューゴー賞特別賞を獲得したほか、収録作品のいくつかが賞を受賞したり候補になった『危険なヴィジョン』だが、いまの目で読むとどうだろう。

 それぞれの作品は、どのようにタブーブレイキングなのか? 第一巻収録分について、箇条書きしてみよう。



  • レスター・デル・レイ「夕べの祈り」......瀆神
  • ロバート・シルヴァーバーグ「蠅」......残酷な描写
  • フレデリック・ポール「火星人が来た日の翌日」......人種問題
  • フィリップ・ホセ・ファーマー「紫綬褒金の騎手たち、または大いなる強制飼養」......実験的な表現
  • ミリアム・アレン・ディフォード「マレイ・システム」......被害者のプライバシー・加害者の人権
  • ロバート・ブロック「ジュリエットのおもちゃ」......変態性欲・残酷描写
  • ハーラン・エリスン「世界の縁にたつ都市をさまよう者」......ブロック作品の続篇。変態性欲・残酷描写。
  • ブライアン・W・オールディス「すべての時間が噴きでた夜」......?


 オールディス作品は、発表当時でもタブーや社会常識に抵触するようなところはなかったと思う。表現面での実験もなく、わかりやすいアイデア・ストーリーだ。時間が地下資源であり、採掘されガス管経由で各家庭へと供給される。いま読んでもユニークな時間SFで、ストーリーテリングもうまい。

 オールディス作品だけではなく、ほとんどの作品が構造的にはアイデア・ストーリーだ。常識から逸脱した発想、あるいは異様なシチュエーションが提示され、プロットに沿っての展開があり、ひねりのある結末、あるいは皮肉な結末へとたどりつく。

 アイデアそのものを評価するなら、異星人の奇妙な価値観を扱ったシルヴァーバーグ「蠅」と、新しいテクノロジーを応用したラディカルな刑罰を描くディフォード「マレイ・システム」が面白かった。ディフォード作品をさらに発展させると、西條奈加『刑罰0号』になる。較べて読むと興味倍増。

 コアとなるアイデアを情景描写が盛りあげるという点では、ブロック「ジュリエットのおもちゃ」が一日の長あり。切り裂きジャックを題材に、画像的想像力を喚起する。ビザールな雰囲気がなかなか良い。

 アイデアとほかの部分で読ませる作品は、ファーマーの「紫綬褒金の〜」と、ポール「火星人が〜」。ファーマー作品は未来の芸術家生活を描いているのだが、ジェイムズ・ジョイスばりの言語実験で、よく読んでも意味がとれないところが多々ある。しかも長い。当時は新奇性が評価されたのだろう。ヒューゴー賞を受賞している。ポール作品は、SFのセンス・オブ・ワンダーに後ろ足で砂をかける展開が痛快。火星探査船が火星人を連れ帰るのだが、ひとびとはファースト・コンタクトに昂奮するのでもなく、ただ珍奇な見世物として下世話に消費するばかりだ。全篇に漂う倦怠感が堪らない。

 こんかいの〔完全版〕は、三カ月連続刊行とのこと。七月に第二巻が、八月に第三巻が予定されている。

(牧眞司)

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