【今週はこれを読め! エンタメ編】驚きの結末+書きおろしの蘇部健一『小説X あなたをずっと、さがしてた』

文=松井ゆかり

  • 小説X あなたをずっと、さがしてた
  • 『小説X あなたをずっと、さがしてた』
    健一, 蘇部
    小学館
    1,100円(税込)
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 近年の出版業界においては、本を売り出す際に従来とはまったく違う宣伝方法が展開されるようになってきている。昨年たいへん注目された『ルビンの壺が割れた』(新潮社)はその好例。発売前に全文がネット上で公開され、読者からキャッチコピーを募るというものだった。結果、6015本のコピーが集まったとなれば、宣伝効果は上々だったであろう。

 『小説X あなたをずっと、さがしてた』も、同様に発売前に全文がネットで公開された。募集するのは小説のタイトル。作品の顔ともいえる部分を読者に決めてもらうというのだ。これってもしかして丸投...読者を信頼しているからこその決断ということだろうか。ちなみに「小説X」というタイトルから、盛岡のさわや書店の書店員が仕掛け人となられた「文庫X」のエピソードを思い起こす読者もおられるだろう。「どうしてもこの本を読んで欲しい」という書店員の方の思いが綴られた特製カバーがかけられて、内容どころかタイトルさえわからない状態で店頭に並んだ「文庫X」。明かされているのは価格と"小説ではない"という情報のみであるにもかかわらず、「文庫X」が驚異的な売れ行きをみせたことは記憶に新しい。きっと「小説X」を売り出すにあたって、「文庫X」に乗っか...インスパイアされたところはあると思う。

 『あなたをずっと、』は、ごく平凡な朝の情景から物語が始まる。朝霞台にある女子大に通う奈子は、大学への通学途中の橋の上でひとりの若者と出会う。その日に奈子が着ていたお気に入りのミニーマウスのTシャツと対になるようなミッキーマウスのトレーナーを、彼は身に付けていた。それでなくても恥ずかしいシチュエーションであるのに、彼が驚くほど整った容姿をしていることに気づいて頬を染める奈子。その後も何度か彼とすれ違ううちに芽生えた恋心を、奈子はバイト仲間で親友の葵に打ち明ける。すると、葵は奈子が彼と知り合えるよう協力すると申し出た。葵は独自にリサーチを進め、持っている教科書などから彼が大学生ではないかと予想を立てる。学年末で大学が休みに入る前に、奈子が彼をデートに誘う段取りを考える葵。しかし決行の日、彼はいつもの橋の上に姿を見せなかった...。

 あまり長い小説ではないので(「1時間ほどで読める」が売り)、これ以上のあらすじは差し控えるが、読了後には驚きの結末が待っている。「もうwebで全部読んじゃったし...」と、購入に二の足を踏む方への対策も万全。なんと、電子オリジナル版には蘇部健一氏によるあとがき、単行本には書き下ろし短編「四谷三丁目の幽霊」が収録されているのだ! 「四谷三丁目の幽霊」の素晴らしさは筆舌に尽くしがたい。蘇部先生らしさという意味では、「あなたをずっと、」以上のものがあるのではないかと個人的には思っている。いくらあわてているからといって、折りたたみ傘と○○○○や○○○○を間違える人間などいるだろうか。初期の短編「しおかぜ17号四十九分の壁」における、四国と○○○○○○○を誤認させるという驚天動地のトリックを思い起こさせる。もう、小説にリアリティなんて必要ないのかも、という気さえしてくる。

 欲を言えば、「小説X」の宣伝用に解説されたツイッターにアップされていた蘇部先生の数々の夕ごはん写真("インスタ映え"などというこじゃれた風潮に一石を投じる味わい)も載せてもらえたら完璧だった。いや、それはそれで蘇部先生のエッセイor日記などとして出版してもらえばいいのでは。小学館の担当者様(←「小説X」ツイッターによれば、美人でいらっしゃるらしい)、ご一考をお願いいたします。

 最後に、今さらではあるが著者の蘇部健一氏のご紹介を。現在時給1000円の牛丼店でのアルバイトと執筆活動の二足のわらじを履いておられる蘇部先生は、不朽の名作『六枚のとんかつ』(講談社文庫)で第3回メフィスト賞を受賞。『六とん』は、同業者(推理作家・SF作家としても有名なK先生)から「たんなるゴミである」などの酷評を受ける一方、私のような熱烈なファンも生んだ。最近の蘇部先生は、本書のように恋愛濃度が高め(SF要素が含まれるものもあり)の作品を主流とされているが、個人的にはいま一度ガチのバカミス界に戻ってきていただけることを切に願っている。いずれにせよ、新たな作品に取り組んでいただくためには、本書が売れなければならない。返す返すも、本書が本屋大賞の候補作でないのが残念でならない。今年のノミネートには間に合いませんでしたが、書店員の皆様、来年の投票の際にはぜひ清き一票をお願いいたします(お願いしてばっかりで恐縮ですが。)

(松井ゆかり)

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