【今週はこれを読め! エンタメ編】アイドルに魅せられた人々の心の内〜渡辺優『地下にうごめく星』

文=松井ゆかり

 「地下アイドル」というものについてはほとんどまったく知識がなかったけれども、きれいな女の子に魅了される心理は理解できる。乃木坂46の白石麻衣さんの写真集が爆発的に売れているというのも、男子だけが購入しているのだったらこんな数字は出せないのではないかと思う(素人考えだが。でも、女子が同性の写真集を買うのはさほど珍しくなくても、男子が同性の写真集をというのはほとんど聞かない気がするし。私も正直男性アイドルより、かわいい女の子の写真を見たいかなと思う)。本書で描かれるのは、地下アイドルたちと彼女らに魅せられてしまったファンたち。彼らがかわるがわる語り手となって、自らの心の内を語る連作短編集となっている。

 1編目の「リフト」の語り手となるのが、仙台の「文房具やオフィス用品の製造、販売を行う、それなりに大手のメーカー」に勤める松浦夏美。「四十代も半ばをいくつか過ぎた」夏美は、「部署内の皆から母親のように親しまれ、頼りにされ、そして母親のように、かすかに侮られている」。年の頃は夏美とほぼほぼ一緒の私にとって、まさに初手からぐっと気持ちをつかまれた感じであった。職場の同僚でアイドルオタクを公言している前原に(他の若い女子社員を誘うついでに)声をかけられて、初めて地下アイドルの合同ライブに足を運んだ夏美。まず最近東京で人気が出てきたグループ「ガールズフレア」のかわいらしさに目を奪われた後、彼女にとって運命の出会いがやってきた。夏美が見つけたのは、前原がひいきにしているまなみんが所属する3人組「インソムニア」のひとりであるカエデ。章タイトルになっている「リフト」とは、両隣にいる客に両足を担がれた(すなわちふたりがかりで肩車された)ひとりの客が、ステージの少女たちとほぼ同じ目線に立って、思いの丈を叫んだり手を差し伸べたりする行為のことだ。自分の数メートル先で行われたリフトを目の当たりにした夏美は...。

 2話目の「リミット」の語り手は、その夏美が心引かれたアイドル・楓。3話目「リアル」では、女装にのめり込んでいくアイドルオタクの翼。4話目「天使」では、翼と一緒にアイドルオーディションを受けた、自称「天使」。5話目「アイドル」では、容姿に自信がないながら他人の望む言葉を的確に提供できるという才能によってアイドル活動を続けてきた「ガールズフレア」のメンバー・愛梨(夏美が初めて目撃したリフトは、アイリファンの小宮山によるもの)。最終話の「リピート」で、語り手はいま一度夏美に戻る。夏美は楓と初めて出会ったライブでの「インソムニア」解散発表を受け、衝動的にプロデューサーを名乗った。そして楓をスカウトし、他に愛梨と翼と「天使」ちゃんの4人組アイドルグループをデビューさせようと、会社勤めと並行して奮闘中。しかし、彼らを売り出そうと本気でがんばってきたはずだったのに、いつしか疲れてきてしまって...。

 これまでの人生においてアイドルに夢中になった経験がないので根本のところは実感できていないのだろうとは思うが、本書を読んでアイドルにはアイドルの、ファンにはファンの、そしてプロデューサーにはプロデューサーの矜持があるのだということがわかった。手探りでプロデュース業を始めた夏美をさまざまな面でサポートする前原とか、最初のライブでほぼ初対面の夏美の要望に応えてくれた前原のオタク友だちとか、ほのぼのする協調体制にもちょっとぐっとくる。他人からは気づかれにくいだけで、人それぞれ行動原理があるものだと思わされた。己の信じるところに従って進む彼らに幸あれ。

 著者の渡辺優さんはこれが3冊目の本になる。デビュー作『ラメルノエリキサ』(集英社)、2作目『自由なサメと人間たちの夢』(同)と、いずれもツイストの効いた興味深い作品。大リーグにおける大谷翔平選手ばりに、今後の活躍が期待されるルーキーと言っていいのではないだろうか。

(松井ゆかり)

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