【今週はこれを読め! エンタメ編】小嶋陽太郎の"大化け"短編集『友情だねって感動してよ』

文=松井ゆかり

 変態...! 本書を読み終えて、真っ先に心に浮かんだ言葉である。いわゆる一般的に使用されるような性的嗜好について揶揄しているわけではない(そういった意味合いでの変態性も感じられなくはない短編集ではあるが)。生物が形態を変えるように、小嶋陽太郎という作家の新たなる資質が顕在化したという意味であり、俗に言う"大化けした"という状態。私が思っていたよりもはるかに(低く見積もっていたということは断じてないにもかかわらず)、小嶋陽太郎は逸材だった。

 著者の小説をデビュー当時からリアルタイムで読んできたことをここで自慢するつもりはないが(と書くこと自体、自慢以外の何だというのかと自らに突っ込みつつ)、だからこそ初めて「沼」(「甲殻類の言語」の「小説新潮」初出時のタイトル)を読んだときの衝撃を味わえたのだと思っている。それまでの小嶋作品はひねりはあるものの基本的にさわやかで、分類するとしたら一般小説の中でもどちらかというと青春小説、さらには児童小説に近い趣のものだった。それがいきなりのエロス&バイオレンス(さすがに大藪春彦や西村寿行みたいなテイストではないけど)である。「陽太郎ったら、おかあさんに内緒でこんな小説を...!」的な戸惑いが一瞬存在したのは確かだ。

 しかし、作家としてのさらなる飛躍のためには、これらの作品群が書かれることは必要だったのだろう。本書は、恋に悩んでいたりいじめに遭ってギリギリの精神状態だったりと、複雑な思いを抱えて神楽坂にある公園や神社に足を運ぶ人々が描かれている。例えば「象の像」という短編は、まさに公園の象と親密になる男子大学生の物語だし、「或るミコバイトの話」は神社でバイトする女子高生が主人公だ(本書の中でどれが好きかと問われたら、私はこの「ミコバイト」がいいかなと思っている。他の作品には小説として「すげえ」と圧倒されるのだがあまりにも切れ味が鋭いものばかりなので、「ミコバイト」がなかったらひと息つく余裕がなかったと思う。主要人物のひとりである朝長くんがラブリーなところもポイント高い)。ちなみにこの公園は神楽坂に実在するらしく、本文の前に象の滑り台の写真が差し挟まれている(「神楽坂 公園 象」のキーワードで検索可能)。写真を見るだけでも伝わってくるのだが、この象がなんとも奇妙で哀愁のある佇まい。「象には体がなかった。あるんだろうけど、首から下が地面に埋まっていた」「象が二頭連結されたような形をしていて気持ち悪い」などと描写されている。余談だが、小嶋さんは地面に埋まっているものフェチなのか。デビュー作『気障でけっこうです』のシチサンが思い出される(おわかりにならない方は、ぜひ『気障』の方もお手に取ってみてください)。

 生きるって難しいなあと、自分の息子くらいの年齢の作家によって書かれた作品を読んで、改めて思い知らされる(毎度感銘を受けるのだが、どうして著者は老若男女さまざまな人間の気持ちをリアルに描くことができるのだろうか?)。個人的には若い頃よりも現在の方が断然生きやすくなったけどそれでも「しんどい」と感じることもあるし、人によっては逆に歳をとるほどにつらくなってくる場合もある気がする。もしかしたら物心がついたときからほぼ悩むこともなく生きてきたという人もいるかもしれないけれども、稀有なパターンではないか。それでも、慢性的につらいにもかかわらず、ほとんどの人間は生き続ける。本書の登場人物の中には、10代の若者であっても私などがうまく想像できないくらいの過酷な人生を歩んでいて「これはおいそれと慰めの言葉もかけられないな」と思うようなキャラクターもいる。読み進めるのが苦しい短編も多いのだが、いずれも安易に妥協することを選ばない主人公たちの姿が清々しい。明快なハッピーエンドもあれば、これからこの人だいじょうぶかと案じてしまうような結末もあるが、彼らはなんとかして困難を乗り越えていけるだろうと予感させる内容になっている。

 表紙には浅野いにおさんのイラスト、帯にはASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル・後藤正文さんの推薦コメント。書店で何十冊何百冊と並ぶ新刊書の中でも一際目を引くパッケージといえよう。おふたりのファンが「いにおの絵だから」「ゴッチが薦めてるなら」と購入する場合もあるに違いない。もちろんそれはそれで、本との素敵な出会いだ。でもこの本は決して、"若手作家の本に花添えるのに、人気イラストレーターや有名歌手の力を借りましょか"みたいなお手盛りの産物ではない。小嶋さんの文章が素晴らしいからこそ、浅野さんの絵や後藤さんのコメントもより一層心に響くのだ。小嶋陽太郎の「変態」ぶり、成長だねって感動してよ!

(松井ゆかり)

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