【今週はこれを読め! エンタメ編】変わってゆく主婦・絵理子がまぶしい〜窪美澄『たおやかに輪をえがいて』

文=松井ゆかり

  • たおやかに輪をえがいて (単行本)
  • 『たおやかに輪をえがいて (単行本)』
    窪 美澄
    中央公論新社
    1,815円(税込)
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 主人公の絵里子は私と同じ52歳。以前はそんなに気にしたことはなかったのに、最近本を読んでいて登場人物が自分と同年代だとそのことについて強く意識するようになった。

・親との関係(私の両親は亡くなっているが、夫の両親は健在)
・子育て(なんでも親が口出ししていた時期は過ぎたと思うが、どこまで放任していていいのかとか)
・家計(家のローンや学費など。長男が今年やっと就職したが、大学生があとふたり)

といった、このくらいの年代になってくると向き合わずにはすまされない問題に関して、いろいろな人の考え方を知りたいと思うせいだろうか。

 絵里子は夫・俊太郎と大学2年生のひとり娘・萌との3人暮らし。「自分の子育てはもうほとんど終わったと考えてもいいだろう」と感じている(そういうものかな? うちなんて長男が就職してもまだまだ一段落という気がしないが...)。有名飲料メーカーに勤める俊太郎の給与と絵里子のパート収入で、家計をやりくりしている。絵里子はとにかく目立たちたくないというのが信条で、白髪染めひとつとっても「黒でも茶でもない、いちばん人気です、と売り場に書かれている焦げ茶を選び」「自分がしたいからしているわけではなく、みっともなさを最低限隠すため」といった考え方をしているのだ。このまま大ごとが起こらずに暮らしていけたらと願う絵里子の人生は、夫と共有のクローゼットに落ちていたカードを拾い上げた瞬間から思わぬ方向に転がり始め...。

 「マンションとパート先とスーパーマーケットの三ヵ所をぐるぐると回っているだけの生活にうんざり」と感じている絵里子も、主婦として家庭を守ってきたという自負がある。自分も働きに出ているのだが、「夫は会社で、私は家庭で。それぞれの持ち場でそれぞれの義務を果たしている」という考え方が染みついていたからだろう。しかし、それは完全な誤りとはいえないまでも、絵里子の本心から出たものでもなかったに違いない。

 結婚前の俊太郎がかなり自分の好みのタイプであるだけに、彼が許し難い過ちを犯したのは私も残念だった(本好きのメガネ男子、最高なんですが)。仕事がつらいならつらいということをまず絵里子に話していたらよかったのに、と妻の立場からは思わざるを得ない。

 さらに、親と子の関係も波乱含みである。絵里子自身、母親とあまりうまくいっていなかったり大好きだった亡き父親が秘密を抱えていたことがわかったりと、なかなかにシビアな状況。それだけに萌に対しては手をかけて育ててきたつもりだったのに、手痛いしっぺ返しを食らってしまう。

 家族というものはこれくらい追い込まれてやっと、相手をひとりの人間として見られるようになるってことなのだろうか? 人と人って難しい。...と若干ブルーな気持ちになるが、絵里子が自らを見つめ直していくことでいろいろなことが変わっていくのは素晴らしい。本書には絵里子以外にもたくさんの女性キャラが出てきて、かなり大胆に自分のいいたいことを言う感じが痛快だ。絵里子の親友・詩織、その彼女で若き写真家のみなも、絵里子が旅先で出会った鹿子、みなもの撮影モデル・楓...。親しき仲にも礼儀あり、という姿勢も大事だが、逆に考えればこれくらい率直に語り合ってなお壊れない間柄の相手とだけつきあっていけばいいともいえよう(まあ家族だと事情が違ってくる部分もあると思うが、基本的には腹を割って話すことは必要かと)。さまざまな女たちに出会って、どんどん自由になっていく絵里子がまぶしい。

 さて、自分はどうか。いまのところ、絵里子のようには追い詰められていないのでなんともいえないが...。それでも、年齢に関係なく、まだまだできることってたくさんあるなと思えたのはよかった。基本的には、みんな自分の生きたいように生きればいい。それは家族の一員であっても可能なはずである。いろいろと考えさせられる小説で、自分が主人公と同い年というタイミングで読めてよかった。もうひとつ、知り合ったばかりの鹿子が「絵里子さんは優しい人なのよ」と語る場面があるが、それは窪美澄という作家の視線が優しいからではないかと思った。

(松井ゆかり)

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