【今週はこれを読め! エンタメ編】「フェロ店長」の魅惑の店〜町田そのこ『コンビニ兄弟 テンダネス門司港こがね村店』

文=松井ゆかり

  • コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店― (新潮文庫nex)
  • 『コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店― (新潮文庫nex)』
    町田 そのこ
    新潮社
    737円(税込)
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 テンダネス、うちの近所にも出店してください、店長込みで...!

 テンダネス、それは九州地方のみで展開するコンビニチェーンだ。「『ひとにやさしい、あなたにやさしい』をモットーとし、その人気は他のコンビニチェーンに劣らない」との高評価を得ているのだそう。中でも門司港こがね村店の売り上げは上々だ。なぜなら、そこには志波三彦店長がいるから。

 志波店長(30歳)にパート店員である中尾光莉(37歳・夫と高校生の息子の3人家族)がつけたあだ名は「フェロ店長」。「フェロ」はフェロモンの「フェロ」だ。光莉はこの店で働いて4年になるが、面接で初めて店長と顔を合わせたときには、店を間違えたかと思ったという。とにかく志波店長は半端なくモテる(クリスマスなどのイベントの際には、店長の親衛隊的なファンが多数詰めかけてえらいことに)。彼を知るほとんどの人間がその魅力にやられてしまうのだ、老いも若きも男も女も! 誰に対してもソフトな人当たりで、甘い笑顔を絶やさない。しかもそこに一切の打算はない。彼はただお客様に喜んでもらいたいだけなのだ。

 そもそもコンビニには多くのお客が集まるものだが、志波店長のいるテンダネスにもさまざまな悩みを抱えた人々がやって来る。漫画家になる夢をあきらめきれないまま中途半端な気持ちで仕事を続けていた塾講師、家族のためと思って仕事を優先してきたのに妻や娘と心を通わせられずにいる元会社員、両親や同級生たちに対して素直になれない男子高校生、などなど。中でも個人的に最も共感したのが、第三話「メランコリックないちごパフェ」の主人公である女子中学生・桧垣梓だ。

 母親同士が高校時代からの親友であるため、同い年の村井美月とはまさに生まれたときからずっと一緒だった。おっとりした梓と違って、美月は何事にもリーダーシップを発揮するタイプ。母たちの希望もあって、美月があれこれと梓の世話を焼くというのが当たり前になっている。しかし、梓はそのような関係に少しずつ違和感を覚え始めていた。ある日、甘いもの好きの梓はひとりでテンダネスのコンビニスイーツを食べに行き、そこでクラスでは浮いた存在である田口那由多と遭遇する...。

 梓も那由多も、閉塞感を抱えながら毎日をなんとかやり過ごしていた。それは中高生だった頃に自分が感じていた息苦しさとも共通する。しかし、何の行動も起こせずにずるずると毎日を過ごしていた私と違って、彼女たちの強さは本物だった。ああ、あの頃私も勇気を出せたらよかったのに。ああすればよかったこうすればよかったと、後悔はたくさんある。でも、女子中高生時代が遙か後方に過ぎ去ったいまからでも、変わることは可能なのではないだろうか? 悩みやトラブルを最終的には自分の力で克服していく登場人物たちの姿に励まされ、人間はいつでもやり直せるのだと改めて心に刻むことができた。

 ほんとはわかってる。こんな素敵なコンビニ、存在自体がファンタジーみたいなものだ。仮に実在するとしても、自分の生活圏内でめぐり会えることなんてまずあり得ない。でも志波店長のように相手を思いやる心があれば、そしてその心の持ちようが周囲の人々にも伝わっていけば、この世界そのものがテンダネスのような場所になるかも! 

 あ、それと『コンビニ兄弟』というタイトルからも予想される通り、志波店長にはナイスな兄さんがいる。それが誰かは読めばすぐにピンときてしまうけど、なんと志波兄弟はこのふたりだけではないのだ。町田そのこ先生にはぜひとも続編のご執筆と、その折には兄弟総出演の実現をお願いする次第です。

(松井ゆかり)

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