【今週はこれを読め! エンタメ編】ひたむきヒロインのお仕事小説~中澤日菜子『働く女子に明日は来る!』

文=松井ゆかり

『働く女子に明日は来る!』(中澤日菜子/小学館)

 主人公の時崎七菜は、テレビドラマ制作会社のアシスタントプロデューサー。広島にある小さな町の出身で、実家は稲作農家。親に「女は自宅から通うものだ」と東京の大学に通うことを反対され、近隣の短大を出て就いたのは地元の信用金庫。しかし、「ここで一生を終えるのだけはまっぴらごめんだ」との思いを胸に、24歳の夏に上京を果たす。初めのうちはバイト生活を続けながら、ネットで見つけた現在の職場であるアッシュの「制作部門正社員募集」に応募し、めでたく採用された。七菜はガッツで自分の好きなことを仕事にできたケースといえよう。だが、それでも凹むことはある。下請け会社ゆえ、テレビ局の都合でスケジュールはタイトになり疲労もたまりがちだ。日本有数の大企業に勤める交際中の恋人・佐々木拓は「働き方改革」の重要性を口にするが、七菜に言わせれば弱小制作会社の実情には合わないわけで、会話は平行線のまま。

 毎日がむしゃらに働き続ける七菜の憧れは、先輩プロデューサーの板倉頼子だ。業務もバリバリこなすうえに、ロケ弁に添える温かい汁物の調理を日課とするほど気配りも細やか。「頼子さんのロケ飯」は俳優やスタッフにも評判だ。そんな七菜たちが新しく制作するドラマは、経済的に余裕のない家庭の子どもに無料で勉強を教える「こども塾」を題材にした『半熟たまご』。社会問題に切り込んだ作品で、原作は国民的作家で教育評論家でもある上条朱音が執筆。絶対にいいドラマにしようと意気込む関係者一同だったが、次から次へと問題が起こってしまい...。

 七菜は31歳。ゆくゆくは拓との結婚も考えるつもりだし、女性には出産のリミットもあることも承知している。だから、七菜の気持ちが揺れるのはしかたがない。世の中の常識や人々の感覚も少しずつ変わってきているとはいえ、結婚や出産となればまだまだ圧倒的に女性の方がライフスタイルの変化を余儀なくされている。どのように仕事を続けていくか(あるいは家庭に専念するか)は個人や各家庭での話し合いで決めればいいことではあるが、働きたいと希望する人についてはそれが叶うしくみがもっと整えられるといいと思う。仕事か家庭か、どちらかしか選べないのではなく。生きていくうえでやる気を持って取り組める仕事があるのって、やっぱり幸せのひとつだと思うから。

 仕事のおもしろさについて言うなら、一般人にとってはなかなか目にする機会のないドラマ制作現場の様子を知ることができるのも、本書の魅力のひとつだ。俳優陣がいて大勢のスタッフがいて、いろいろたいへんなんだろうなあ...というくらいはおぼろげに想像がつくけれども、現場の進行がスムーズにいくための配慮やスケジュール管理(どの俳優を使うかといった重要なキャスティングからロケ弁をどこの店に頼むかまで、レベルは多岐にわたる)などなどがこんなにたいへんだとは。中でも物語の後半で起きた最大級のトラブルには、自分が当事者なわけでもないのに胃が痛くなる思いだった。七菜たちが悩み抜いてとった対応策が現実問題として果たして正解だったのかどうか部外者には判断できないけれど、その時点で適切だと下した判断に従って誠意と熱意を持って対処するしかないのだよなとも思う。それはどんな業界のどんな業務でも同じことだ。だから、違う業種の細かい内容はわからなくても、仕事に向かう基本的な姿勢というものはすべての社会人にとって共通するものなんじゃないだろうか。七菜のひたむきさは、働く我々全員が持っていたいものである。

 現在このような文章を書いて収入を得ている私も、好きなことが仕事になった一例と言えるかもしれない。しかし会社員時代には、業務そのものに対してさほどやりがいを感じられないまま働いていた。私のモチベーションが何だったかというと、職場の人間関係がとてもよかったこと。そういった経験を経て、"好きな仕事"に就けるのはもちろん理想だが、それ以上に"肯定できる仕事"であることが大事なのではと思っている。たとえ第一志望の職種ではなくても、「最初はイヤだったけど、やってみると意外と自分に向いていた」「派手さはないが、世の中には必要な仕事だと実感できる」といったように、自分の仕事のよいところを見つけられたらより楽になれる気がする。どんな働く女子にも(男子にも)、明日は来ますよ!

(松井ゆかり)

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