【今週はこれを読め! エンタメ編】地球滅亡までの1ヶ月の物語〜凪良ゆう『滅びの前のシャングリラ』

文=松井ゆかり

  • 滅びの前のシャングリラ (単行本)
  • 『滅びの前のシャングリラ (単行本)』
    凪良 ゆう
    中央公論新社
    1,650円(税込)
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 "地球の滅亡まであと○○"という物語に外れはない。ぱっと思いつく限りでは、『ひとめあなたに...』(新井素子/創元SF文庫)も『終末のフール』(伊坂幸太郎/集英社文庫)もそうだ。そして、新たにこの系譜に連なるのが本書。

 もしも自分が彼らと同じような状況に置かれたらどうするだろう? 『ひとめ~』のときには私はまだ学生で、「どうせ死ぬなら1週間後なんて区切りなどなしに、すぐ死んでしまった方が楽ではないか」と斜に構えていた。『終末の~』のときには息子たちが生まれていたから、「なんとか子どもだけでも助けたい」と胸を痛めた。そして現在の私は、できれば家族揃って最後のときを迎えられたらいいと願いながらも、息子たちが彼女(いるとすれば)や友だちのところへ行きたいと言ったら止められないなとつらさを感じている(想像に過ぎない段階で)。

 4つの作品からなる連作短編集の主人公たちはいずれも、苦しさの方が勝るような日々を送ってきた者たち。そんな彼らのもとに、ある日「一ヶ月後、小惑星が衝突し、地球は滅びる」という情報が飛び込んできた。メディアは機能しなくなり、各地で略奪や暴力行為が頻発するように。そのような中で、彼らは自分に残された時間を使ってほんとうにしたいことは何なのかを見つけていく。

 最初の短編「シャングリラ」では読み始めてすぐから、いじめの標的である高校生・友樹に向けられる気まぐれで容赦ない攻撃に胸が塞がれる。小学校5年生のときのあるできごとがきっかけでずっと片思いしている雪絵は、スクールカースト最上位の美少女。あの冬の日以来ろくに接点を持つこともなかったはずの彼らの人生は、残りあと1か月と期限を切られたことをきっかけに再び重なった...。

 "もうすぐ地球が滅亡する"という設定が作家たちの心を魅了するのは、ぎりぎりの状況下における人々の心情を描けるからかと思う。極限状態になって初めて自分のほんとうの望みを知ることになるのは幸せなのか、それとも不幸だろうか。そして、自分だったら果たしてそこに希望を見出せるだろうか。すべては仮定の話であるし、そのときになって自分がどのように行動できるかなんてほんとうはわからない。そもそも、このような場合には希望と絶望がセットになっているのかもしれない。幸せを実感できたにしても、その喜びは近々に断たれてしまうのだから。本書においてはただただ恐怖に見舞われ、期限の1か月を待たずに命を落としていく者も多く描かれている。それでも、もがいてもがいて最後の時までひたすら生きようとする登場人物たちに倣い、できれば幸せを感じながら死んでいける方がいいかなと、いまのところは思っている。

 同じ母親として共感の気持ちがわいたのはなんとかして子どもを守ろうとする友樹の母・静香だが、とりわけ心に響いたのは雪絵の心情だった。雪絵の父も母も妹も、決して悪気があるわけではない。それにもかかわらず、彼女は次第に孤独を深めていった。そこにもたらされた救いは、彼女の望んだ形とは違うとしても、確かにある種の幸せであったに違いない。それだけに彼らに残された時間があまりにも少ないことが、よけいに胸を打つわけだけれど。

 本を通してさまざまなシチュエーションを知るのは、実際にそうなったときに自分がどのように行動するのかの予行演習にもなり得る。と言いながら、現実社会においては友樹たちのように"殺るか、殺られるか"的な荒っぽい解決手段を心配する必要はそうそうない。それでも、本書を読んで最後の1か月に自分がどのように生きたいかと考えることは、実際にこれから自分がどのように生きたいかを考えることにつながるだろう。自分がどうやって進んでいくべきか、ほんとうに大切なものは何なのか、読者に改めて突きつける作品だと思った。

 さて、2021年最初の【今週はこれを読め!エンタメ編】本は、『滅びの前のシャングリラ』となります。タイミングを逃しており、刊行から少々時間がたってしまっていますが、今回取り上げさせていただきました。主人公たちは決して聖人君子ではなく、人間はいざとなるとこんなに暴力的に振る舞えるのか、という部分を見せつけられて怯みそうにもなります。が、最悪に見える状況であっても、そこには優しさや美しさも存在していてほしい。愛する人や守りたい人を大切に思う気持ちは、たとえ絶望に満ちた世界においても損なわれることはないと信じたいです。友樹たちや最終話「いまわのきわ」の主人公である歌姫が最後に目にしたであろう景色、圧巻でした。

(松井ゆかり)

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