【今週はこれを読め! ミステリー編】平賀源内が恐龍の謎に挑む『大江戸恐龍伝』

文=杉江松恋

 新年最初の更新です。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

 2014年の第1回ということで、重量級の作品をご紹介したい。夢枕獏『大江戸恐龍伝』(小学館)である。大河連載の多い作者だが、本書もご多分に漏れず完結まで長い歳月を要している。帯の惹句によれば構想開始は20年前のことだというが、その間に出版界も大きく様変わりした。この小説の連載媒体も途中で、小学館のPR誌である「本の窓」からウエブサイト「BOOK PEOPLE」に移っている。環境の変化に影響されずに無事完結したことを、まずは心から祝福したい。

 この小説の主人公は平賀源内である。1728(享保)13年、讃岐国高松藩の下級武士の家に生まれたが、その中に納まって生きることができず、家督を放棄して藩外に出た。多くの才に恵まれた人で、一生のうちに修めた学問は本草学、地質学、蘭学、医学など数限りなく、また画才、文才などにも長けていた。長崎で手に入れたエレキテルを直観的に修理、実演してみせた一件など、鬼才ぶりを示す逸話には事欠かない人物だ。第1巻の帯に書かれた紹介文によれば、本書はその源内が「絶滅したはずの恐龍と相対する」物語であるという。だが、第1巻の始めでは、まだ恐龍の影も形もない。

 時は1771(明和8)年、長崎に在った源内は肥後国(熊本県)で巨大な龍の骨が出土したという噂を聞きつけた。持ち前の好奇心からこの男は現地に赴き、骨の姿を我が目で確かめようとする。それから約1年後、大坂にいた源内を高名な絵師である円山応挙が訪ねてきた。源内は、応挙から摂津(大阪府)の不動院に龍の掌が蔵されていることを知らされ、連れ立ってくだんの寺を訪ねる。そこで彼は玄心という流浪の僧侶の存在を知るのである。玄心こそが龍の掌を寺にもたらした人物であったが、すでにこの世にはない。僧侶は死の間際、「ニルヤカナヤに帰りたや----」とつぶやいたという。

 玄心の遺品を改めると、そこからは判じ物のような絵が出てきた。ニルヤカナヤという土地の名、謎の絵、そして龍の掌。謎めいたことどもに導かれ、源内は自然にある方向へと歩き出していく。第2巻は源内在府の巻で、江戸の本宅に戻った彼の背後に怪しい影がちらつき始める。盗みの後で邸に火を放つという極悪非道の火鼠の一味だ。散らばった欠片を拾い集めた源内はついに謎の一部を解き、ニラヤカナヤへ向けての出帆を決意する。続く第三部では、ニラヤカナヤの所在を示す最後の手がかりを求め、源内は琉球国(沖縄県)に足を踏み入れるのである。そして第4巻ではいよいよニラヤカナヤが全貌を明らかにする。

 幾筋もの糸が縒り合わされて太い綱のような物語を形作っていく。そうした伝奇小説の要素が本書の第一の楽しみどころである。その上さらに、今や懐かしい秘境冒険小説の興奮までが付け加えられている。詳しく書けば未読の人の興を削ぐことになるので控えるが、本書の巻頭に置かれた献辞が「メリアン・G・クーパー氏に そして 円谷英二氏に ----」となっている点には注目いただきたい。後者について説明の必要はないはずだし、前者は1933年の映画「キング・コング」の産みの親というべき人物である。おお、ゴジラとキング・コング。

 なお、本欄の読者にはさらに注意を喚起したいことがある。本書の主筋は平賀源内による冒険物語であるが、ところどころに目を瞠らされるような謎解きの要素があり、重要なアクセントになっている。たとえば第2巻で源内は暗号解読に挑戦するのだが、それはある古典的な探偵小説の本歌取りになっているのである。昨今の謎解きミステリーでもここまで暗号解読を詳細にやった例は珍しい。しかも特筆すべきことは、それらの謎解きが決して添え物などではなく、周到な伏線になっている点である。1月末に刊行される最終の第5巻にぜひご期待いただきたい。すべての謎が解かれた瞬間、作者が平賀源内を主人公に選んだことの意味、彼の人物像に託した思いなどがすべて浮き上がってくる。それは読者に圧倒的なカタルシスを与えてくれるはずだ。冒険行の大尾に謎解きのロマンあり。第一級のミステリーである。

(杉江松恋)

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