【今週はこれを読め! ミステリー編】時代遅れの強盗が大活躍する『ダウンサイド 強奪作戦』

文=杉江松恋

  • ダウンサイド 強奪作戦 (ハヤカワ文庫NV)
  • 『ダウンサイド 強奪作戦 (ハヤカワ文庫NV)』
    マイク・クーパー
    早川書房
    1,512円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 魅力的なケイパーの多くがそうであるように、マイク・クーパー『ダウンサイド 強奪作戦』(ハヤカワ文庫NV)もまた、失敗に終わった仕事から話が始まる。リチャード・スターク『悪党パーカー/人狩り』やロジャー・ホッブズ『ゴーストマン 時限紙幣』と同様。

 ニューメキシコ州の奥地にある砂漠地帯で、70両編成の貨物列車を襲撃するという作戦だった。連結された鉱石運搬貨車には70トンのモリブデナイトが積まれていた。1ポンドあたり657ドル、闇ルートで売りさばいたとしても60万ドルの収入になる。計画を立案したフィンたちが列車に取り付いたところまでは問題がなかった。無賃乗車のホーボーを1人発見したが、誤差の範疇だ。だが、その後がいけなかった。同じ列車を標的にしてメキシコの麻薬密輸団が来襲、さらに警察のヘリコプターまでが飛来したのだ。逮捕されたフィンは実刑判決を受け、長い刑務所暮らしをすることになった。

 物語はその7年後、フィンが出所してくるところから始まる。服役中に稼げたカネはわずかに841ドル31セント、何もかもが値上がりしてしまった世界では屁の突っ張りにもならない額だ。おまけに貸金庫に預けていた裏金は、銀行が倒産したために取りだせなくなってしまっていた。7年間のブランクは大きく、すでにフィンの技術が通用するような時代ではない。現役引退の覚悟を決めていた彼の前にその女は姿を現した。

 エミリーは、ウェス・シラーのアシスタントである。ウェスは投資家で、社会の裏表を分け隔てせず、利益を上げそうなものに資金を投じている。実は7年前の強奪計画も、ウェスが金主だったのだ。その彼がフィンに仕事を持ちかけてきた。標的はロジウムのインゴットだ。重量750kg、市場価値にすれば5千万ドルに相当するロジウムが、ニューヨーク貨物駅構内の保管基地内にある。それを奪ってくれというのだ。

 依頼には裏があった。ロジウムの持ち主はウェス自身なのだ。彼は取引で偽のインゴットを掴まされた。その事実が明るみに出る前に、偽物と本物を入れ替えようというのである。施設の厳重な警備体制を破って希少金属の山を盗み出すことは困難だが、フィンと仲間たちの技術をもってすれば不可能ではなかった。しかし、予想外の事態が彼らの前に立ちふさがり、計画を危うくさせていく。

 ケイパーは襲撃小説、または強盗小説と呼ばれる犯罪小説のジャンルだ。大きな獲物を狙った略奪の模様を描くもので、上に挙げた書名の他、ジャック・フィニイ『五人対賭博場』、ジェイムズ・ハドリー・チェイス『世界をおれのポケットに』、ドナルド・E・ウェストレイク(リチャード・スタークと同一人物)『ホット・ロック』などの秀作が書かれているが、最近ではあまり作例を見なくなった。商取引の多くが電子化された結果、現金輸送車を襲って大量の現金を奪う、といった題材よりも、ネット上の操作で巨額のやりとりをするというような犯罪のほうが興味を惹くようになったからだろう。本書の主人公であるフィルも、自分が時代遅れの存在であることを痛感している。


「おれは七年もあそこにいたんだ。(中略)きょうび、ああいう連中はみんな、コンピューターでキーをいくつかたたくだけで百万ドルのカネを盗んでいる。小数点の位置をちょっと変えるだけで、やれるんだ。しかも、ゲームがそんなふうにできてしまっているから、おそらくそれは合法でもある。いまはもう、実際に物品を盗む人間は、いかれた銀行強盗かセレブの万引き常習者ぐらいのものさ」


「おれは前世紀の恐竜なんだ」とフィンは自嘲する。しかしその生きた化石が、本書では大活躍するのである。そのためにどういう舞台を準備したのか、という点が本書の肝であろう。作者はフィンに再びヤマを踏ませるために一つの仕掛をしている。失敗に終わった7年前の仕事では、明らかに内通者がいた。計画を知っていたのは彼自身と仲間たち、機械工のジェイクと鉄道員のコーマン、穴掘り屋のアッシャー、そして金主だったウェスの5人だけなのだ。フィンがロジウム強奪を引き受けた背景には、仕事を通じて裏切者を炙りだそうという意図もあった。

 この犯人捜しのプロットをもう一つの導線として配しつつ、難攻不落の貨物基地攻略の顛末が描かれていく。さらにはフィン側では関知しえないある事態の推移が並行して伝えられ、その二つの線がどこで交わるのかという興味が読者を煽り立てるという仕組みになっている。よく考えられた犯罪小説であり、途中で仲間に加わる二コラというハッカーの女性など、キャラクターの魅力でも十分に読ませてくれる。個々のエピソードがいちいちユーモラスなのも個人的には好感が持てるところだ。たとえばこの一幕。貨物基地には顔認識ソフトウェアのセキュリティが導入されているのだが、一人の警備員が内職で総合格闘技の試合に出ていて、顔面が変形したために警報が鳴ってしまうのである。


「――顔を殴られて、腫れあがらせています。おまけに絆創膏まで貼られているので、許容可能範囲を上まわる、嫌疑確定要素と判別されるにじゅうぶんだったということです」


 いや、そんな内職をしないでいいくらいの給料を払ってやれよ!

(杉江松恋)

« 前の記事杉江松恋TOPバックナンバー次の記事 »