【今週はこれを読め! ミステリー編】北アイルランドの"あぶない刑事"?『コールド・コールド・グラウンド』

文=杉江松恋

  • コールド・コールド・グラウンド (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『コールド・コールド・グラウンド (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    エイドリアン マッキンティ
    早川書房
    1,080円(税込)
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 もしかすると、これまで読んだなかでもっともあぶない刑事かもしれない。

 エイドリアン・マッキンティ『コールド・コールド・グラウンド』(ハヤカワ・ミステリ文庫)の主人公、ショーン・ダフィのことである。

 物語の舞台は1981年のイギリス・北アイルランドだ。チャールズ皇太子とダイアナ・スペンサー(故人)とのロイヤル・ウェディングが行われた年、ヨークシャーの切り裂き魔ことピーター・サトクリフが裁判によって終身刑を宣告された年、ヨハネ・パウロ二世がサンピエトロ広場で狙撃され重傷を負った年である。そして主人公たるショーン・ダフィは、北アイルランドの首都であるベルファストで肥溜めのような事態のただなかにいる。

 ダフィは王立アルスター警察隊に奉職している。巡査部長に昇進したばかりで、所属するキャリックファーガス署では同じ階級の中で一番下っ端である。上に挙げた三事件の中では、最後のものに最も個人的な関心がある。ダフィはカソリックの警官だからだ。そしてそれは、職業人としての彼には重要な意味を持つ事実でもある。IRAはカソリックの警官を裏切り者とみなし、賞金を懸けている。

 ダフィは自宅からBMWを出すとき、必ず車の底を点検する。そこに仕掛けられた爆弾で、これまで何人もの警官が命を失っているからだ。作中ではずっと、家に装備品のマシンガンを置きっぱなしにしてしまったことを気にしている。警官が防弾服を着こみ、重火器を積んだ車に乗らないと出動することもできないくらい、1981年のベルファストは危ない都市だ。

 北アイルランドはイギリスから独立して南のアイルランド共和国と統一すべきだとするナショナリスト、連邦に留まるべきと主張するユニオニストが対立し、各派の先鋭化したテロリスト集団が当時は日常的に武力闘争を行っていた。アイルランドの歴史の中にはイギリスへの従属によって生じた深刻な宗教問題が存在している。抗争を繰り広げるテロ組織も一枚岩ではなく、同じ統一派でもカソリックのIRA(アイルランド共和軍)、プロテスタントのUVF(アルスター義勇軍)が分立しているのである。1981年初夏のベルファストでは、サッチャー首相が政治犯に厳しい態度を取ったことから刑務所内でハンガー・ストライキが起き、それを批判する市民の感情が昂って一触即発の危険水域に達している。

 そんな状況下で殺人事件が起きたのだ。ダフィが担当することになったのだが、上司の態度は、とっとと処理してしまえ、とばかりに上の空だ。それはそうだろう。一歩間違えば街中が地獄絵図と化する非常事態なのである。発見された死体は右の手首を切り落とされていた。汚い金を受け取ったしるし、つまりたれこみ屋が処刑されたに過ぎないかのように思われた、はじめは。

 検死を担当したローラ・キャスカートの発見がすべてを変える。一つ、切り落とされた手首は別人のものだった。つまり、発見された以外にもう一人犠牲者がいる可能性がある。二つ、犠牲者は男だが生前に肛門性交をした痕跡があった。三つ、その肛門に何かを記した紙が突っ込んであった。それはオペラ「ラ・ボエーム」の楽譜であることが後に判明する。

『コールド・コールド・グラウンド』は、このように目まぐるしく事件の見え方が変わっていく警察小説だ。やがて二人目の犠牲者が発見される。その人物は同性愛者として有名な人物だった。北アイルランドの法律は、同性間の性行為を法律で禁じている。狂った正義感を持つ者が同性愛者たちを血祭りにあげようとしているのか。犯人と思しき人物からダフィへのメッセージも届き、事件はますます先が読めなくなっていく。

 冒頭に「あぶない刑事」と書いた。ミスリードで申し訳ないが、本書であぶないのはダフィというよりはもっぱら彼を取り巻く環境のほうである。カソリックであるが彼はプロテスタントばかりが集まった地域に住んでおり、何かことを起こせば周りの住民が敵に回る可能性もある。また、カソリックの警官に対する偏見も彼にとってはおもしろいものではない。捜査を進めるうちには、自ら虎口に飛びこんでいかなければならない事態も発生するのである。他の街であればなんでもないような聞き込みも、ベルファストでは暴徒によってなぶり殺しにされる危険と隣り合わせだ。彼がテロの恐怖を実感し「死ってのはこんなふうに見えるのか」と噛みしめる第五章などでは、この上ない緊張とそこからの弛緩が味わえる。時としてダフィは無感動、無気力な状態に陥るように見える。アルコールの問題もたぶん抱えている。無軌道な性行為をしてしまうこともある。死がすぐ背後に迫っているからだ。

 話が進行し、真相が見え始めたあたりから、ダフィは別の意味であぶない刑事になっていく。事件があまりにも多義的に見えすぎ、想像が暴走してしまうからである。ダフィ自身、そのひらめきを持て余しているように見える。あまりにも選択肢がありすぎ、次から次に仮説が見えてしまう。そういう意味では彼はコリン・デクスターが生んだ名探偵、モース警部の後継者なのかもしれない。未確認ではあるが訳者あとがきによれば、シリーズの中には島田荘司作品に影響を受けた密室ものもあるという。見かけ以上に謎解き趣味に傾倒した作家なのかもしれないのだ。

 複数の事件が同時進行していく型の警察捜査小説であり、終盤ではそれらが鮮やかに解決される。ダフィの陥った危地は謎解きだけで抜けられるものではなく、彼は文字通りの闘いも強いられる。本書はシリーズの第一作だが、本国ではすでに六作までが刊行されており、第五作では最優秀ペイパーバック部門でエドガー賞とバリー賞を獲得もしている。ダフィのその後が気になる読者は、ぜひ続刊に期待いただきたい。

 蛇足になるが、ダフィのいいところをもう一つ。彼はベルファストの警官には珍しい大卒で、関心事が同僚と違うために浮いてしまっている。だからこそ別の思考で事件を見ることができるのだが、日常ではこんな感じなのである。


「被害妄想だな」と一蹴したが、すぐに考え直した。「ウィリアム・バロウズが言うには、被害妄想患者というのは、実際に何が起きているかを理解している人間のことだがね」
「ビリー・バロウズ? あのフィッシュ・アンド・チップス店の店長がそんなことを?」


 浮いてるぜ、ダフィ。

(杉江松恋)

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