【今週はこれを読め! ミステリー編】正義の探偵小説にして相棒小説『IQ』登場!

文=杉江松恋

  • IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    ジョー イデ
    早川書房
    1,145円(税込)
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 これは探偵という祈りについて書かれた小説だ。
 誰かが救済を願い、祈るとき、必ず彼、アイゼイア・クィンターベイはやって来る。
 やって来てその誰かを救うだろう。

『IQ』は日系アメリカ人のジョー・イデが58歳で発表した小説家デビュー作だ。たちまち反響を巻き起こし、2017年度のアンソニー賞、シェイマス賞、マカヴィティ賞の最優秀新人賞を総舐め、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)及び英国推理作家協会(CWA)の同部門にもノミネートされるなど、熱い注目を浴びた。

 作者は日系だが、〈IQ〉こと本書の主人公アイゼイア・クィンターベイはアフリカ系アメリカ人である。ロサンゼルスで生まれ育ち、今は一人暮らし。同居しているのは鶏のアレハンドロだけだ。同じ街の住人たちは何かあると必ずアイゼイアを頼ってくる。アイゼイアを知らない者も、誰かに聞いて彼のところに流れ着く。他のどんな探偵よりも有能で、信頼できる男だからだ。アイゼイアの元にはいつも大小の依頼が山のようになっている。

 問題は、それがほとんど金にならないことだ。


----アイゼイアはウェブサイトも、フェイスブック・ページも、ツイッター・アカウントも持っていないが、なぜか人はアイゼイアを見つける。アイゼイアは警察が手を出せない、あるいは地元の事件を優先的に引き受けている。処理しきれないほどの仕事があるものの、依頼主の多くは、サツマイモのパイとか、庭掃除とか、一本の真新しいラジアル・タイヤなどで仕事の報酬を支払う。支払わないやつもいるけれど。日当を払えるクライアントなら、ひとりで食っていけて、フラーコの費用の足しにもなるのだが。


 フラーコとは重大な障害を負ってリハビリテーション中の少年のことだ。アイゼイアは理由があって面倒を見ているのだが、間もなくフラーコは年齢の上限に達してグループ・ホームを出なければならない。その後の生活を準備するためには大金が必要だ。そんなわけで金になる仕事を探しているときに、厄介な男とアイゼイアは再会する。

 物語は、アイゼイアが少女を誘拐しようとした変質者を機転と抜群の行動力で撃退するというハリウッド・アクション顔負けの開幕場面から始まり、厄介な男フアネル・ドッドソンが持ってきた5万ドルの儲け仕事を引き受けるという展開になる。大物ラッパーカルバン・ライトの命を狙う者を突き止めるという依頼である。何者かがカルバンの元に殺し屋を差し向けていた。それも拳銃を構えて相手のドアをノックするような凡庸な奴ではない。なんとその殺し屋は、カルバンの豪邸に巨大なピットブルを放し、彼を食い殺させようとしたのだ。アイゼイアが最初にすべきことは、ドッグ・ブリーダーに話を聞きに行くことだった。

 2013年の暗殺未遂事件と、2005年のアイゼイアの話とが並行して綴られていく。当時アイゼイアはまだ十代でハイスクールに通っていて、そのハイスクールから脱落しそうになっていた。最愛の兄、マーカスが急死し、絶望のどん底にいたのだ。それに、マーカスが払ってくれていた家賃が払えなくなったらアパートメントを追い出され、どこか養親のところに行かされてしまう。アイゼイアには収入が必要だった。そんなときにドッドソンと出会ったのである。同じ十代ながらドッドソンは、すでに街で麻薬を売り歩くギャングの端くれだった。金のためと目をつぶり、アイゼイアはマーカスの思い出が残る部屋にドッドソンを店子として迎え入れる。それが彼にとんでもない災いをもたらすとも知らずに。

 最悪の相手と知りながらも縁が切れない。アイゼイアとドッドソンは、日本で言えば黒川博行の〈疫病神〉シリーズにおける二宮敬之と桑原保彦のような関係だ。仲介者として当然のように分け前を要求するドッドソンは、アイゼイアと行動を共にする。身勝手で、下品で、その上災いをもたらす不吉な男であるドッドソンは文字通りのクソ野郎なのだが、変に憎めないところがある。子供のころの体験から犬を恐れていたり、アメリカにもそういう番組があるらしい〈料理の鉄人〉に憧れていたり、といった可愛い一面があるのだ。曰く、キッチンにいるおれ最強。曰く、おれのラザーニャは宇宙レベル。

 文句なしの正義の味方であるアイゼイアとジョーカーのドッドソン。視点人物はこの二人の他にもう一人いる。くだんの犬使いの殺し屋だ。中盤でその正体はあっさりと割れ、後はアイゼイアと彼に憎悪をつのらせる殺し屋との対立構造が話の軸の一つになる。偏り、ねじ曲がった殺し屋の人物造形はかつてのエルモア・レナード・クラスであり、その存在感はカール・ハイアセンの諸作に登場する異常犯罪者にもひけをとらない、と太鼓判を押す。クライマックスにはもちろんアイゼイアとの対決場面もある。私立探偵小説であって相棒小説であって悪漢と勝負する正義のヒーロー小説である。『IQ』はそんな作品だ。さらにいえばアイゼイアは暴力よりも知的思考に信頼を置く、正統派の名探偵でもある。作中には演繹的推理と帰納的推理の違い、なんて話題も出てくるのだ。

 もう一つ書いておかなければならないことがある。面倒くさいけど愛すべき男ドッドソンがカーステレオで2パックしかかけなかったり、カルバンに向ってノトーリアス・B・I・Gを軽くディスっておべっかをつかったら、相手はビギーを「本物のギャングスタで、先駆者だ」と尊敬していたりといった具合にラッパー周辺の話題が本書には頻繁に出てくる。カルバンの職業が職業だからそうなるのも当たり前なのだが、彼が出てくると叙述のリズムは途端に調子がよくなり、ライムさながらになる。離婚した妻のノエルをくそみそにけなすあたりはメロディが脳内で再生されるくらいだ。さらに2005年の物語では、ドッドソンのブラザーたちとラテン系のグループとの抗争が生々しく描かれる。ロサンゼルスのギャングスタ文化を活写したという意味でも、『IQ』は他にない特徴を持った作品なのである。

 アフリカ系ギャングのストークリーという男が、テレビ・レポーターとこんな会話を交わす場面がある。レポーターは女性で、おそらくは白人である。


「自分たちがNではじまる言葉を使うのはいいのに、わたしのような人が使っちゃいけないのはなぜですか?」
「まともに答えてやろう」ストークリーがいった。「ニガにニガといわれたら、どういうつもりでニガといったのかはわかる。だがあんたにニガといわれたら、心から"ニガ"といってるかもしれねえだろ」


 軽やかに都市の犯罪を描くだけではなく、複雑な人種間の問題にも臆せずに踏み込んでいく。正攻法の姿勢が各賞でも評価された所以だろう。また、そうした作者の姿勢があるからこそ、アイゼイアの正義感が読者にも伝わるのだ。小説後半にはツイストがあり、2013年と2005年のパートがなぜ並記されていたのか、物語のピースとしてそれぞれどういう意味があるのかが判る瞬間がある。アイゼイアの胸の内には今も消えない熱い言葉があり、彼はその信条と共に生きている。幕引きの爽快感はこの上なく、てのひらが痛くなるような拍手で登場人物たちを送りだしたくなる。嬉しいことに作者はそれに応えてアンコール、すなわちアイゼイア再登場の長篇第二作Righteousを2017年に上梓しているという。

 心からかっこいいと讃えられる探偵に近頃出会ったためしがない。そんな風にぼやいているあなたに本書を。

(杉江松恋)

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