【今週はこれを読め! ミステリー編】J・D・バーカー『悪の猿』が無茶苦茶に面白い!

文=杉江松恋

  • 悪の猿 (ハーパーBOOKS)
  • 『悪の猿 (ハーパーBOOKS)』
    J・D バーカー
    ハーパーコリンズ・ ジャパン
    1,130円(税込)
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 悪いお猿さんだ、うっきー。

 頭の悪い書き出しで申し訳ない。J・D・バーカー『悪の猿』(ハーパーBOOKS)を読んだら無茶苦茶に良かったので言いたい気分なのである。おもしろかったぜ、うっきー。

 これは、ついに出た完璧なジェフリー・ディーヴァー・フォロワーの一篇だ。帯にディーヴァーその人が「邪悪で素晴らしいものを生みだす、才能ある作家」と賛辞を寄せているが、当然といえば当然である。だって、本書の構造は彼自身が発明したスリラーのフォーマットそのままなのだから。天才的な犯罪者、それに対抗する捜査官チーム、ホワイトボードに推理のデータを全部書く。間違いなく、作者がお手本にしたのはリンカーン・ライム・シリーズだろう。師匠のよいところをちゃんと真似している、優秀な弟子である。

 物語は交通事故から始まる。一人の男が道路に飛び出し、バスに轢かれて死んだのだ。それだけならばサミュエル(サム)・ポーターが現場に駆けつける理由はなかった。彼はある理由から休職中なのである。しかし相棒のブライアン・ナッシュ刑事は、ポーターを呼ぶことにこだわった。死者が黒い紐をかけた白い小箱を持っていたからである。

 ポーターたちのチームがこの五年間ずっと追いかけている殺人者がいた。犠牲者を誘拐しては、伝説の三猿になぞり(日光東照宮の陽明門を飾るアレだ、と本文中にも説明が出て来る)、最初は耳、次に眼球、最後に舌と体の一部分を切り取って送りつけてくる。そして最後に無惨な死体が残るのだ。そうしたことが過去五年で七回も繰り返されていたのである。七掛ける三、つまり二十一個の不吉な箱が送られてきたことになる。

 事故現場で発見された箱からも箱にも誰かの耳が入っていた。そしてポケットには殺人者が自らの生い立ちを綴ったものと思われるノートが。ポーターたちは連続殺人犯〈四猿殺人鬼〉こと4MK(Four Monkey Killer)が箱を投函する際に事故に遭ったか、あるいは覚悟の自殺を遂げたものと見て捜査を続ける。司法解剖の結果、死者は末期癌で余命僅かであったことが判明したのである。

 もし4MKが死亡して連続殺人劇に不本意な幕引きがされたのだとしても、捜査陣にはすべきことがある。耳を切り取られた犠牲者がどこかに監禁されているはずだからだ。それを救出しなければならない。4MKは悪魔的な犯罪者で、これまでの標的はすべて、なんらかの罪を犯しながら逮捕されず逃げおおせている巨悪の、本人ではなくその家族であった。家族を攫って惨殺し、悪人を苦しめることが目的なのだ。耳の小箱に記されていた宛先から次の標的は判明した。誘拐されたのはエモリー・コナーズという十五歳の少女のはずだ。シカゴ市内のどこかに囚われた犠牲者を探し、市警チームは懸命の捜索を開始する。

 物語はポーターたち捜査陣と囚われのエモリーの視点、そして日記に綴られた4MKらしい人物の過去の記述が並走する形で進んでいく。ポーターが休職していたのには深刻な理由があり、それがらみのエピソードも紹介される。そうした形で刑事たちそれぞれの顔を浮かび上がらせて親近感を持たせるやり方は警察小説の常道だ。チームの面々もキャラクターはやや類型的ながら、軽妙なやりとりを交わして読者を退屈させないように気遣ってくれる。エモリーのパートがとにかく痛ましくて、暗闇の中で飢えと渇きと鼠の恐怖にひたすら耐えしのぶ姿が描かれるので、この刑事パートが軽く書かれているのが読書中の救いになっているのである。

 そして白眉は殺人者の日記だろう。「ぼくは画家ノーマン・ロックウェルの創作意欲を刺激するような、愛情に満ちた家庭で育った」と宣言するとおり、その内容は初め、ひたすら明るく前向きである。日曜日には三人家族が一九六九年型のポルシェに乗ってドライブに出かけ、公園で楽しく遊ぶ。しかし、そんな記述の中にはざらざらとした手触りのものが混じるのである。ある日湖にいた〈ぼく〉は、隣人のカーター夫人が全裸で泳ぐところを目撃する。さらには自分の母親と彼女が、性的な事柄について何やら親密に話しているところを盗み聞きしてしまい、熱い滾りを覚えるのである。なにこの青い体験みたいな展開、とどきどきしていると、この甘酸っぱいポルノグラフィーはとんでもない方向へと転がり始めるのである。青が赤に変化、とだけ書いておこうか。まるで往年の富士見ロマン文庫だ。マーカス・ヴァン・ヘラーだ。J・J・サヴェージだ。まあ、えらいことになるのである。捜査の顛末とは別に、一家の運命がどうなるか、という関心でもページから目が離せなくなる。

 バーカーが偉いのは、時限を切ったスリラーで読者をはらはらさせ、鼎のような構成で話題を変えながら楽しませ、と十分にサービスをするだけでは飽き足らず、さらに目の覚めるような驚きをいくつも準備していることである。小道具の使い方が巧く、あ、あれはそういう意味があったのか、と読者は何度も感心させられることになるだろう。その筆法はディーヴァーよりもちょっぴり親切で、『百番目の男』のジャック・カーリイよりはおとなしい、という印象である。先に出しておいた伏線はちゃんと回収するタイプの作者なので、謎解き小説好きな読者には間違いなく愛されるはずだ。陰惨な殺人事件を描いているのに書きぶりが陽性で、嫌悪感を催す感じではないのもいい。ただ、鼠は大量に出てくるのだけど。鼠嫌いの人はちょっとだけ注意が必要である。

 作者は一九七一年生まれで、小説はこれが二作目になる。第一作のForsakenはブラム・ストーカー賞の最終候補になるなど話題になり、ブラム・ストーカーの遺族から『吸血鬼ドラキュラ』の前日譚Draculの共著を依頼されるなど幻想小説界では将来を嘱望された書き手であることがうかがえる。本書も好評を博したらしく、すでに続篇The Fifth to Dieが刊行されている。さらには著者公式サイトを見るとジェームズ・パタースンとも何かを共同執筆中であるといい、引く手あまたの状態のようだ。本書が抜群におもしろかったので、熱烈に続刊希望である。お願いします。

 そして、ううう、どうしても気になったので書いてしまうのだが、文中にたびたび出て来る四番目の猿、「聞かざる、見ざる、言わざる(が、本書における順番)」に続く「悪事をしざる」は本来「悪事をせざる」なのではないだろうか。「しざる」のほうが「四猿」に通じて原題The Fourth Monkeyにも合うとは思うのだが、「ず」は活用語の未然形につく助動詞でサ行変格活用動詞「す」の未然形は「せ」だからどうしても「せず」「せざる」になると思うのだが。私の勉強不足だったらごめんなさい。小説の出来とは関係ない部分ではあるのだけど。

(杉江松恋)

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