【今週はこれを読め! ミステリー編】覚めることのない悪夢のようなミステリー『通過者』

文=杉江松恋

  • 通過者 (Le Passager)
  • 『通過者 (Le Passager)』
    ジャン=クリストフ・グランジェ
    TAC出版
    3,024円(税込)
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 永遠に覚めることのない悪夢を見させられているような小説だ。

 ジャン=クリストフ・グランジェ『通過者』(TAC出版)はページ数七百超、圧巻の大作であり、シジュフォスの神話、つまり主人公がそれまで苦労して積み上げてきたものが無慈悲な神によって壊され、また一からのやり直しを余儀なくされるという残酷な構造を備えている。主人公は何度も何度も同じ危難に遭遇するのである。全五章のうち四章めでまたもやひどいことが起こりつつあると知った主人公は思わず「永劫回帰」と考える。ここで失礼ながら笑ってしまった。ツァラトゥストラか。ニーチェか、君は。

 いや、まったく笑いごとではない事態なのだけど。

 あらすじを紹介するのは容易ではない。長いからではない。くるくると目まぐるしく様相を変えていく物語なので何を書いても嘘になるし、迂闊なことをすればネタばらしになってしまうからだ。そういった禁忌に触れない情報のみ先に書いておく。男女二人の主人公が長い旅をする小説である。起点になるのはワインの産地としても名高いフランス南西部の都市ボルドーだ。以下、各章題に明記されていく地名を拾っていくと、同じくフランス南部のマルセイユ、ニース、首都パリ、パンタンからラ・ロシェルといった具合になる。パンタンはあまり馴染みのない地名だが、パリ北東部に位置する都市である。そしてラ・ロシェルは大西洋に面した防衛上の要地であり、第二次世界大戦では激戦が繰り広げられた。このようにフランスを斜めに横切るような形で舞台が移り変わっていくのだ。血塗られた旅行ガイドの如く。

 ある土曜の晩、ボルドーで二つのことが起きる。精神科医のマティアス・フレールは当直の晩、サン・ジャン駅で挙動不審なホームレスが発見されたという通報を受けた。ステッソン帽をかぶりリザート革のブーツを履いた、カウボーイという呼称がぴったりなその男は駅のグリース充填所に潜んでいたのである。彼は大型スパナとアキテーヌ地方の電話帳を所持しており、それらには自分自身のものではない血液が付着していた。自分の素姓についての記憶一切を喪失したカウボーイに、フレールは自分が責任をもって治療に当たると約束する。

 もう一人の当事者はボルドー警察本部に属するアナイス・シャトレだ。彼女が受けた報せは、サン・ジャン駅一番線と旧整備工場の間にある使われなくなった整備ピットの底に死体があるというものだった。死者の頭部は切断された牛の生首に突っ込まれ、そのために激しく損壊していた。死因は純度の高いヘロインを過剰摂取したことである。どう見てもホームレスとしか見えない被害者には不釣り合いな代物だ。しかも体内からは大量の血液が抜き取られていた。

 同じサン・ジャン駅の周辺で起きた出来事ゆえ、二つの出来事には関連が疑われる。シャトレ刑事が現場近くで見つかった不審な男についての情報をフレールに要求するも、医師は患者の保護を第一と考えて応じない。やがてカウボーイは家族の元に帰されるが、そのことが新たな惨劇の幕を上げることになってしまうのである。二桁に達する数の死体が転がされ、いともあっさりと関係者が殺害される小説であり、第一章から展開は派手である。作者のグランジェはジャン・レノ主演で映画化された『クリムゾン・リバー』(創元推理文庫)などのスリラーでその名を知られる書き手だ。血塗れ度の高さで本書は、過去の訳出作のどれをも上回るだろう。

 牛の首をかぶせられた犠牲者一人に留まらず、奇怪な死体演出を施された殺人事件は連続する。刑事であるアナイス・シャトレが担う任務はその謎解きと犯人の逮捕である。一方の主人公であるマティアス・フレールは、彼女よりもさらに重い責務と運命を負うことになる。ここでは踏み込んで書かないが、カウボーイはなぜ自分が誰かわからなくなっていたのか、という謎が彼を動かすことになる。一口で言えば、自己同一性とその記憶にまつわる物語で、それが失われてしまうという不可解な出来事が複数起きるのである。初めは精神科医としてその謎解きに参加したマティアスは、自分が抜き差しならぬ事態に足を踏み入れてしまったことに気づく。彼の立場は事件の推移に伴ってどんどん変わり、運命の波に押し流されるように彷徨することになるのである。『通過者』というそっけない題名はそうした医師のありようを現したものだととりあえずお考えいただきたい。その本当の意味がわかるのは長大な物語の中盤以降である。真相は途方もないものゆえ、第一章の内容から予想するのはかなり難しい。

 結末の謎解きまで読むと細部のつじつまで気になる部分がいろいろ出てくる。第三章と第四章のそれが両方とも成立するのは無理なんじゃないか、とかそもそも第一章のあれはどうやって誤魔化したんだ、とか言い出したらきりはないのだが、とりあえずは目をつぶることにする。壮大な図柄を実現するために作者は無茶をしているのである。その無茶をも愛でるべき作品だ。巨大な虚構が嘘のように消え去って、最後には無に帰ってしまう小説でもある。幕切れに主人公が発する一言はその象徴であり、そのあっけなさ、虚しさが印象に残る。夢の質量はゼロだから、目覚めた後には何も残らないのだろう。まるで世界そのものであるかのような、大きな大きな夢を見た。そんな思いが残る。

(杉江松恋)

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