【今週はこれを読め! ミステリー編】小さな町の人々を描く群像小説『消えた子供』

文=杉江松恋

  • 消えた子供: トールオークスの秘密 (集英社文庫)
  • 『消えた子供: トールオークスの秘密 (集英社文庫)』
    クリス・ウィタカー,峯村 利哉
    集英社
    1,188円(税込)
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 私たちは目を逸らそうとする。
 何から?
 この世のどこかに不幸があるという事実からだ。

 いや、この世のどこか、などと曖昧な言い方をしなくてもいい。不幸はすぐ近くに転がっている。たとえば隣家の扉を叩いて中に入れば、そこには思いがけない暴力の痕跡が残されているかもしれない。あるいは見知った人による不道徳な行いの証拠が。

 だが、日常の光の下に曝け出されるとそれらは、正視するには耐え難いほどに生々しく、あるいは毒々しい色彩を帯びている。

 だから目を逸らしてしまう。そして、扉は静かに閉められる。

『消えた子供 トールオークスの秘密』(集英社文庫)は、2015年に英国作家クリス・ウィタカーが発表した彼のデビュー作である。この作品でウィタカーは、英国推理作家協会賞新人賞に当たるCWAジョン・クリーシー・ニュー・ブラッド・ダガーを受賞した。

 原題のTall Oaksとは舞台となる町のことで、背の高い樫(オーク)の林があることにその名は由来している。警察署長のジム・ヤングはこの町の出身だが、法律家になろうとして大都会に出て、その荒廃ぶりに嫌気がさして帰郷したという人物だ。つまりトールオークスは、彼が逃げ帰りたいほどに平和で、穏やかな町なのである。なのに、そんなトールオークスで幼児の行方不明という痛ましい事件が起きてしまう。

 いなくなったのは、ハリー・モンローという三歳の少年だ。事件の晩、ハリーは自宅の子供部屋に一人で寝かされていた。そこに何者かが侵入し、彼を連れ去ったのである。母親のジェシカによれば、子供部屋を監視するモニターの画面には、ピエロの格好をした不審人物が映っていたという。

 大事件の発生に町は騒然となり、住民は一丸となってハリーの行方を探し始めた。しかし、それもしばらくの間だけだ。幾日経っても少年は出てこなかった。捜索隊の参加者は日常に戻り、ハリーの名を囁きあっていた人々も口をつぐんだ。そして、街角を彷徨って我が子の捜索ポスターを貼り続けるジェシカから、礼儀正しく目を背けるようになった。そうした不幸が存在したこと自体を否定するかのように。

 ハリーの不在によって精神の均衡を失い破滅的な生活を送るジェシカ・モンローとその他の住民とが、日常生活の描写によって対比されていく。今やハリーは初めからこの世に存在しなかったようにさえ見える。定期的にジム・ヤングのもとをジェシカが訪れ、事件当夜のことについて話し合いを持つことが、唯一の現実とのつながりなのだ。実はジムは、ジェシカとはトールオークス高校の同級生であり、当時から恋心を抱いていた。その彼の眼前でジェシカは次第に崩れていく。

 彼女とその息子の不幸に気を配る者は、今やジム・ヤングのみだ。なぜならば、他の住民は自分の生活で手一杯だからである。もっと正確に言えば、自分自身の不幸に向き合うだけでも大変で、よそに目を向けている余裕がないのである。

 この小説の優れている点はそこにある。物語は初め、一人の不幸な女とそれ以外の平和な生活を送る人々という構図を読者に呈示する。ジェシカのそれ以外の日常は、あまりにものどかである。トールオークスの住民を描くとき、作者はときに誇張された笑いさえ用いて深刻さを否定し、平和さを強調しようとする。

 たとえば、英国からやってきたロジャー。彼の妻ヘンリエッタはジェシカの叔母で、故郷の町トールオークスで生活をしたいと、夫を説得して英国からこの地に戻ってきた。ロジャーは自分がトールオークスの異邦人であり、場違いな人間であることを強く意識している。そして「気取った英国人」風の自分を改めようとして、肉体改造にも乗り出すのである。昔穿いていた競泳パンツが小さすぎて裸同然に見えるのに困惑しているところに建築業者がやってきて、彼は仕方なくプールに飛び込む。肉体を誇示するマッチョどもに水着からはみ出した尻を笑われる屈辱たるや。

 こうした笑いが、すべて何かの裏返しであることに気づかされるのは物語の後半に入ってからだ。どの家の中にもそれなりの不幸がある。もちろん、それなりの幸福も。幼児失踪という大きな悲劇を描くだけではなく、そうした群像も浮かび上がらせる「町の小説」なのだということがわかると、それまでは見えなかったものに意識が向くようになってくる。町の見え方が変わるからだ。事件の真相につながる手がかりも、錯綜した人間関係を整理した後ならば置き場所の察しがつくはずである。

 群像小説であることが謎解きの興趣を掻き立てるために抜群の効果を上げている。『消えた子供 トールオークスの秘密』とはそういう作品である。小さな町の秘密を描いた小説が好きな方にはぜひお薦めしたいし、何気ない叙述の中に伏線が貼られているような記述に感銘を受ける人にもきっと満足してもらえるはずだ。登場人物の個性が際立っているので、そうした興味で読んでいただいてもいい。

 ここまで書く機会がなかったが、本書の解説は私が担当している。普段は解説本の書評は避けるようにしているのだが、どうしても言いたいことがあるので、今回はあえて禁を破った次第だ。解説では余裕がなくて触れられなかったが、本書の中に一人、気になって仕方ない登場人物がいるのである。

 トールオークス高校三年生のマニー・ロメロだ。間もなく卒業予定の彼は、何を思ったのか高校生活最後の夏をイタリアン・マフィアのような衣装に身を包み、街のやつらをしめて、みかじめ料を回収することに捧げようと決意する。あんたはメキシコ系なんだからマフィアになれるわけがないだろう、という母親のもっともすぎる忠告にも耳を貸さずに。なんというぼんくら。いわゆる中二病である。いや、治さなくていいので、ずっと中二病でいてもらいたいと思う。

 マニーの可愛いところはけっこうな努力家であることで、以前は『ロッキー』に感化されてボクシングに打ち込んでいた時期もあった。彼によれば世界最高の映画は『ロッキー2』だ。隣家に越してきた少女、フラットにマニーはこんなことを打ち明ける。

「俺もああいう瞬間を味わってみたい(中略)もちろん、"勝って、ロッキー、勝って"の瞬間だ。誰かが自分を心から信頼してくれて、自分の中に可能性を見出してくれて、"結果なんてどうでもいいからやってみろ"って言ってくれる瞬間。"愛してる"より心のこもった台詞だって俺は思う」

「勝って、ロッキー、勝って」がエイドリアンの台詞だというのは説明不要だろう。マニーはこのフラットを、高校生活最後の晴れ舞台、プロムに誘うのだ。その首尾が果たしてどうなるか。永遠の中二病男は可愛い彼女の心をとらえることができるのか。そんなイタリアマフィアみたいなかっこうをしている男が。事件の真相と同じぐらい私は気になって仕方なかったのである。こういう登場人物がいっぱいいる小説、それが『消えた子供 トールオークスの秘密』なのだ。彼らがみんな、幸せになれればいいのにね。

(杉江松恋)

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