【今週はこれを読め! ミステリー編】無敵の100歳が大暴れ!『世界を救う100歳老人』

文=杉江松恋

 あれ、もしかしてこれ、ものすごくタイムリーな小説なのでは。

 テロ対策のためにトイレのサニタリーボックスまで撤去されるという念の入れようで迎えたG20であったが、直後にドナルド・トランプと金正恩の板門店会談が実現して、聞いてないよ、と全日本国民がずっこけたことは記憶に新しい。

 何が起きるかわからない、外交の奥深さを感じた次第である。我が国の首相も事前に聞かされていたなら、大阪名物の塩昆布くらい大統領に手土産を託したであろうに。

 その合衆国大統領と北朝鮮の最高指導者が主役級の扱いで登場するのが、ヨナス・ヨナソン『世界を救う100歳老人』だ。2009年に発表されたベストセラー、『窓から逃げた100歳老人』の続篇にあたる作品である。主人公のアラン・カールソンは、間もなく101歳の誕生日を迎えようという超後期高齢者だが、本書の中ではバリ島のリゾートホテルを振り出しに、北朝鮮から作者の出身地スウェーデン、果てはアフリカ大陸のタンザニア、ケニアと文字通り世界を股にかけて大暴れする。

『窓から逃げた100歳老人』は、アランが融通のきかない老人ホーム暮らしに嫌気がさして脱走し、うっかりギャング団から大金入りのスーツケースを奪ってしまうことから始まるスラップスティック・コメディだった。映画化作品の『100歳の華麗なる冒険』(フェリックス・ハーングレン監督)も日本で公開されている。映画は長大な原作をぎゅっと濃縮した内容で、もともとの黒い笑いはやや薄まっているが、小説でも重要な役割を果たす登場する象のソニアが登場してとても愛らしく描かれているのでご覧になることをお薦めしたい。

 アランは無学だがダイナマイトの扱いは天下一品という設定で、その技能ゆえにあちこちで重宝されるのである。『窓から逃げた100歳老人』は、実はあの事件にもアランが絡んでいて、という歴史改変小説であり、毛沢東をはじめ、さまざまな実在の人物が顔を出していた。その趣向は続篇である『世界を救う100歳老人』にも、もちろん引き継がれている。

 とあることから親友のユーリウス・ヨンソンと共にインド洋上を漂流することになったアランは、北朝鮮に向けて航海中の船に救われる。適当なところで下ろしてくれと頼むも、とある理由から寄港を望まない船長は、故国への同行を命じるのである。しかし、それくらいで動じるアランではない。


「[......]おかしな真似さえしなければ、あんた達はわれわれといっしょに朝鮮民主主義人民共和国へ行くことになる」
「おかしな真似さえしなければ?」
「そうだ。われわれの最高指導者様がもっとも適した方法でもてなして下さる」
「少し前に、自分のお兄さんにしたのと同じ方法で?」アランが尋ねた。


 最高指導者様といっても怖くなんてないのである。なにしろ彼のおじいさんとその「怒りっぽい息子」(金正日)とだって会ったことがあるのだから。この物怖じしないというか、どこかねじが外れてしまったような傍若無人さがアランの武器である。続篇の本書ではその人を人とも思わない態度に拍車がかかっている。バリのリゾートホテルでタブレット端末を手に入れ、大はまりしているからだ。検索してニュースを見るのに忙しいから他人の話しなんて聞いちゃいないし、ネットから獲得した知識をすぐに広めたいから会話の流れなんてぶった切って割り込んでくる。フォロー外から失礼します、とも言わない、いわばクソリプの権化のようになったアランに作中人物だけではなく、読者も大いに困惑させられるはずだ。まさに無敵の100歳老人である。

 そのアランが金正恩最高指導者にどのような悪影響を及ぼすか、そしてドナルド・トランプをいかにいらいらさせるかは読んでのお楽しみである。本書における大統領は、ツイッターで自国民を侮辱するのが何よりも楽しみという、まさに「ぼくらの知っているあのトランプ」で、ゴルフに招待したアランが言うことを聞かないので怒り出すというご機嫌な場面もある。安倍晋三君は楽しくプレイしたのに、もうっ。

 金正恩とドナルド・トランプに対抗するのがドイツ連邦共和国のアンゲラ・メルケル首相、そしてその対立図式を裏で操っているのがロシア連邦のウラジーミル・プーチン大統領と役者はほぼ揃った観がある。そこに日本の首相が登場しないのは国民としては淋しいところだが、ヨーロッパの人であるヨナソンの視点ではそうなのだ、とご理解いただきたい。本書の発表年は2018年、ちょうどイギリスのEU離脱で世界が大いに揺れていた時期である。そのブレクジット問題もまだ全然解決していないし、メルケルは近い将来の党首辞任を表明するし、現在の国際情勢を濃縮して詰め込んだ内容になっている。普段海外小説はあまり読まない、という人でもこれなら楽しめるのではないだろうか。

 あ、前作に引き続き動物も出ます。今度はライオン。あと、全篇にわたってなぜかアスパラガスの話を登場人物たちがしています。アスパラガス好きの人にもお薦めだ。

(杉江松恋)

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