【今週はこれを読め! ミステリー編】『IQ2』が拓くフェアネスの物語

文=杉江松恋

  • IQ2 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『IQ2 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    ジョー イデ
    早川書房
    1,145円(税込)
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 犯罪小説の新しい潮流が来ている。

 ジョー・イデ『IQ2』を読みながら呟いた。そうだ、確かに来ているぞ。

 かつて一人称の私立探偵小説が盛況だったころのそれとは違う波である。

 強く生きようとするあまり、自意識と現実との食い違いから目を背けてしまい、世間に居づらさを感じてしまう男たち。彼らが事件という局面によって否応なく現実を直視させられ、傷ついたり、内面を鍛えられたりして成長していく物語が人気を博した時期があった。

 または苛酷すぎる現実と闘う物語。いつの間にか芝が緑ではなくなっていることに気づいてしまった者が周囲から忍び寄ってくる変化と闘う。あるいは、気づいたら地獄の中に立っていた生まれながらの戦士が、身の回りを清浄にするというそれだけのために死力を尽くす話。

 そんな小説をたくさん読んできた。その内容に胸のすく思いもしてきた。でも、今書かれつつある犯罪小説、新しい主人公たちの活劇小説はどこかが違う気がする。

 一言で表すなら、新しい小説はフェアネスの物語なのではないかという気がする。

 フェアネス。公平さ。まだしっくりこないが、たぶん間違っていない。世の中が不公平にできていることには薄々気づきながらも、足元のでこぼこを均すことはできないか、と考える者の登場する小説だ。世の中には生まれつき歪んでしまった者がいる。そいつにも居場所があっていいはずだ。逆に他人の分までせしめようとする奴もいる。駄目だ、取り返せ。

 ここ数年でそうした物語をたくさん目にしてきたように思う。代表格がイデのデビュー作、『IQ』だった。

 IQというのは小説の主人公の名前だ。アイゼイア・クィンターベイのイニシャルであり、頭脳の切れ味の良さを賞賛する愛称でもある。『IQ』はそんな彼が暗殺者の影に怯えるブラック・ミュージックの大物の身辺警護を引き受けることから始まる話で、並行して彼がIQという呼び名にふさわしい存在になるまでの成長譚が語られていた。アイゼイアはもともと麻薬売人などをしていたフアネル・ドッドソンとかなり荒っぽいことをして汚い金を稼いでいた。その稼業から足を洗い、亡き兄が遺した教えに従って、民衆のための探偵になったのである。だから近隣住民からの依頼は金にならなくても引き受ける。たとえ報酬が焼いたパイ一枚であっても。ゲットーに留まって仕事を続ける探偵は、世の中の不公平を地均しし続ける存在なのだ。

 アイゼイアはもともと成績優秀で、大学進学も夢ではなかった。だが、彼を親代わりになって育ててくれた兄のマーカスが突然の交通事故で死んだために、すべてが狂ってしまった。ドッドソンのような男と組む羽目になったのもそのためだ。兄の事故は結局犯人が見つからずに終わったが、前作の終わりでアイゼイアは決定的な証拠を発見している。

『IQ2』はその場面につながるプロローグで幕を開けるのである。推理の結果、アイゼイアは、兄の死は偶発的な事故ではなく轢き逃げ、つまり故意の殺人だったという結論に達する。

 前作と同じで、マーカス殺しの犯人捜しと主筋の依頼とが並行する叙述形式になっている。今回アイゼイアに依頼を持ちかけるのは、亡き兄の恋人だったサリタ・ヴァンだ。彼女との再会にアイゼイアは我を失う。なぜならば、マーカスと付き合っていてどうにもならないと知りながら自身も燃えるような恋情を抱いた相手だったからである。サリタには母親が違うジャニーンという妹がいることをアイゼイアは知る。その彼女がラスベガスで厄介な事態に巻き込まれているので、助け出してもらいたいというのだ。無事に事件を解決して、感謝の涙にくれるサリタを抱きしめる。そんなことを夢想しながら、ドッドソンと共に現地に向かったアイゼイアを待ち受けていたのは、とんでもない事件だった。

 未読の方の興を削がないように書くと、今回のアイゼイアとドッドソンは中国系の巨大犯罪組織である〈三合会〉絡みの事件に巻き込まれてしまう。さらにアイゼイアはマーカス殺しの捜査でメキシコ系ギャング団とも揉めており、そのことがジャニーン保護の依頼にも影響を及ぼす。本書に登場する犯罪者たちはすべて非白人の組織に属しており、決して国が一つではなく、出身文化ごとの見えない境界によって細分化されているアメリカの実情をよく表した内容になっている。

 これも気になる人は前作に戻って確認していただきたいが、アイゼイアとドッドソンのコンビは、一時期同居をしていたという点も含めて、コナン・ドイルの産んだ世界一知名度の高い探偵、ホームズとワトスンのそれを模した部分がある。巨大な犬が襲ってくるという前作の構造は『バスカーヴィルの犬』だし、ドッドソンがもうすぐ出産する婚約者のためにアイゼイアと距離を置いて働いているという本作のエピソードも、結婚してホームズとの同居を解消したワトスン医師の行動を思わせる。ドイル作品との違いは、ワトスンがホームズに心酔していて、相棒を驚かせようとする子供っぽい振る舞いにもいちいち反応してやっているのに対して、ドッドソンが自分を下に見ようとするアイゼイアにカチンと来ていて、なんとかして見返してやろうと考えていることだ。この小さな不協和音は、案の定後で伏線として使われる。

 もう一点書いておきたいのは、『IQ2』がアイゼイア自身の事件であり、彼が真の意味で街の探偵になるまでの話であることだ。二本の柱の一つは兄マーカスを殺した犯人を捜すことであり、アイゼイアは本書の中でしばしば憎悪を制御できなくなる。当然だろう、最愛の肉親を殺した相手を捜しているのだから。同時に、彼にとっては幻の恋人といっていいサリタと再会したことによって、アイゼイアは自分と向き合うことを余儀なくされる。頭脳は切れるがこの主人公は「一度も女性を笑わせたことがない。笑わせ方がわからない」初心な青年なのである。事件解決によって彼は自分も幸せになることを夢見る。そうした態度をある登場人物からは「たくさんの穴をひと息で埋めようと」していると指摘されもする。超人的なヒーローならば、どんなに多くの人が頼ってきても動揺することはなく、すべてを背負ってしまえることだろう。しかしアイゼイアは人間なのだ。一人の若い黒人にすぎない男が、自分にできることの限界に気づき、そのぎりぎりまで努力するのが『IQ2』という物語なのである。

 人並に憎悪の感情を体験し、人間らしく葛藤したアイゼイアは小説の終わりにまた街へ戻ってくる。そのときに彼がどんな顔になっているのかは、ぜひ読んで確かめてもらいたい。本書のあとには2018年に発表された長篇第三作のWreckedが控えている。民衆のための探偵は溜息をつきつつ、でこぼこの街路にまた立つだろう。

(杉江松恋)

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