【今週はこれを読め! ミステリー編】恐怖の飛行機アンソロジー『死んだら飛べる』

文=杉江松恋

 高いのこわい、狭いのこわい。

 と、『うる星やつら』の面堂終太郎風に書いてみた。実は高いところと狭い場所が苦手なのだ(暗いのは別に怖くない)。

 そんな恐怖症持ちの読者を恐怖のどん底に突き落とすような本が出ていた。スティーヴン・キング&ペヴ・ヴィンセント編『死んだら飛べる』(竹書房文庫)である。これは飛行機、もしくは空を飛ぶことを題材にしたアンソロジーなのである。ホラー・ファンにはもちろんお薦めだし、多彩な短篇が収められていてお得感も高い。

 序文でキングは書いている。「金属とプラスティックのチューブ」に閉じ込められて一旦空中に舞い上がったら、確実にいえるのはひとつだけだと。つまり「いずれは地表に降りるということ」「理想をいうなら、体がひとつのパーツのままが望ましい」。なるほど、もっともである。

 それにしても巻末に置かれているのがジェイムズ・L・ディッキーの詩「落ちてゆく」だというのがなんとも剣呑だ。ディッキーは映画『脱出』の原作になった『救い出される』(新潮文庫)の作者だが、本作は1972年に実際に起きた、爆破されたDC−9から落下した客室乗務員が奇跡的に生き延びたという出来事から着想を得ているのだという。

 飛行機小説といえば真っ先に思い浮かぶのがロアルド・ダール『飛行士たちの話』(ハヤカワ・ミステリ文庫)だが、そこから「彼らは歳を取るまい」が採られている。もう一つ、古典的名作としてはアーサー・コナン・ドイル「大空の恐怖」についても言及しておきたい。飛行士が雲の上で見た怪異を描いた作品で、手記小説の形式をとっている。終わり近くに出てくる「主よ、お力を」の一言の絶望感は凄まじいものがある。

 レイ・ブラッドベリ「空飛ぶ機械」は、『太陽の黄金の林檎』(ハヤカワ文庫SF)にも入っていた短篇だが、今回は新訳である。空を飛ぶという行為が夢のまた夢だった時代の物語で、この一篇があることでアンソロジーの奥行きがぐっと広がっている。また、リチャード・マシスン「高度二万フィートの恐怖」は、TVドラマ「トワイライト・ゾーン」の放送話にもなっている短篇で、旅客機の窓から外を見ていた男が、主翼の上に立ってそれを破壊している怪物に気づいてしまうというのが恐ろしい。客室乗務員を呼ぶと怪物は消え、狼少年扱いにされた男が次第に常軌を逸していくのである。1983年のリバイバル映画「トワイライト・ゾーン/超次元の体験」は四話を収めたオムニバス形式で、ジョージ・ミラーが監督した第4話の原作がこの短篇だった。

 17編が収録されており、うち10編が本邦初訳である。その中で注目したいのが、編者キングの実息であるジョー・ヒル(『怪奇日和』他)の中篇「解放」だ。本書のための書き下ろし作品である。

 ボストンへ向けて航行中の旅客機で、突如機内放送が流れる。グアムで閃光が目撃され、そのあと現地の関連機関と一切連絡がとれなくなっているらしいというのだ。さらに朝鮮半島でも何事かが起ったことが明らかにされ、最悪の事態になっているらしいとだんだんわかってくる。作者は乗客や乗務員たちの雑談を次々に切り取り、不安が高まっていく様子を描き出すのだ。以下は操縦席における会話である。


 ----つづいてウォーターズ機長がこういい添える。「ただ、こいつを駐機させたら、すぐにでもきんきんに冷えたドスエキス・ビールを飲みたいね」


「飛行機で空を飛ぶことのうち、わたしがいちばん好きなのはなんだかわかる?」ブロンソンがたずねる。「これぐらい高いところまであがると、いつも晴れて日ざしが降りそそいでいること。こんなに晴れわたっているんだから、忌まわしいことなんてぜったいに起こりっこないと思えるほどにね」


 だがこの直後、機内のひとびとはとんでもない情景を目撃することになるのだ。

 本書でもっとも重視されていることは、高度だろう。雲の上という高みにいて、地上からは遠く隔てられている。その孤絶感だ。空にいるという非日常性によって身体感覚は変容をきたし、精神もそれによって影響を受ける。そうした舞台ゆえの作品といえるのがダン・シモンズ「二分四十五秒」だ。題名の、2分45秒という長さが何を表しているかを読者に体感させるのが目的のような短篇でもある。2分45秒あれば何ができるだろうか、と考えてみていただきたい。

 また、機内という閉ざされた空間についての短篇も多い。ミステリー・ファン向けに入れられたと思しいのはピーター・トレメイン「プライベートな殺人」で、機内のトイレで起きた密室殺人を扱った作品だ。だが、密室の恐怖という意味では巻頭のE・マイケル・ルイス「貨物」のほうがぐっとくる。ある凄惨な事件が起きた場所から飛ぶことになった機上輸送係の話で、積荷になるものが運び込まれてからの緊張感の高まり方が半端ではない。さらにコーディ・グッドフェロー「仮面の悪魔」は、金のため密輸に手を染めた男が主人公で、後ろ暗いことのある人間が逃げ場のないところに閉じ込められるのはこんなに怖いものなのか、と痛感させられる。いや、悪いことはすまいよ。高いのこわい、狭いのこわい。

(杉江松恋)

« 前の記事杉江松恋TOPバックナンバー次の記事 »