【今週はこれを読め! ミステリー編】日本とアメリカを股にかけた痛快活劇小説『ジャパンタウン』

文=杉江松恋

  • ジャパンタウン
  • 『ジャパンタウン』
    バリー・ランセット,白石 朗
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    3,520円(税込)
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 日本とアメリカを股にかけた活劇小説。

 というのを、日本人が書いたのであれば特に珍しい話ではない。古くは大藪春彦『野獣死すべし』の主人公・伊達邦彦だって渡米しているし。でも、サンフランシスコで古美術商を営むかたわら、私立探偵としても活躍する、ジム・ブローディの生みの親はオハイオ州シンシナティ生まれでアメリカ国籍を持つ人物、バリー・ランセットだ。彼は編集者時代の25年間、日本で暮らしていた。アメリカに帰国後、ジム・ブローディものの第一作『ジャパンタウン』で作家デビューを果たしたのだ。この作品でバリー賞最優秀新人賞を授与されている。

『ジャパンタウン』は500ページ超の大作だが、その長さはほとんど気にならないはずである。全篇が活劇、活劇、活劇で、刺激に満ちており、特に全体の三分の一が過ぎたあたりで姿を現してくる敵の正体がなんとも不気味で、いったいどんなやつらなんだろうか、という興味だけでもページを繰るのを止められなくなってしまう。読者の興を削がないように書くが、敵は巨大な悪の組織である。しかも本拠地と思われる場所は日本の某所にある。相手の正体をつきとめるため、主人公はその地へと潜入していくのである。「YOUは何しに日本へ?」というテレビ番組があるが、探偵だからだよ、悪いやつが日本にいるから来たんだよ。

 ブローディが善良な住民の中に紛れ込んでいる敵の影に気づくのが村祭りの盆踊り会場、というのが憎い演出だ。たぶんアメリカのミステリーで盆踊りが正しく描写されたのは、初めてのことなのではないだろうか。日本に関する記述は全般的に正確なので、フジヤマ・ゲイシャ・スシ的な違和感を覚えることはないはずだ。アメリカのアクション小説にはニンジャものの系譜があって、荒唐無稽なニッポンが相当数描かれているが、そうした作品とは一線を画している。いや、日本人だってかなり無茶苦茶な海外を描いてきたのだからあいこだけど。これ以上虚構のほうに触れたら現実感がなくなる、というすれすれのところで作者は大風呂敷を広げてくるのである。その嘘の吐き方には感心させられた。

 むしろ間違ってなくて正確な日本が描かれていることに、ちょっと驚いたくらいである。たとえばこんな箇所がある。1995年の阪神・淡路大震災で政府の初動が遅れたことについて。


----なぜそんなことになったのか? 自身のキャリアを守りたい一心の公人たちが、そろいもそろって保身に走ったからだ。善行が期待される国----しかし称揚されはしない国----においては、なにか失態をしでかせばすぐさま敵に噛みつかれる。そのため政治家も官僚もそろって、この自然災害の周辺をとりまく些事ばかりにかまけていた。出世したけりゃ働くな----とは、ある日本人の情報協力者の言葉だ。なにかのきっかけをつくる仕事を避けていれば、あとでなんらかの責任を問われることはない。


 官僚機構にこういう側面があるのは日本ばかりではないだろうが、思いあたる節が多すぎ、かつ、自国の欠点を見事に指摘されて恥ずかしいったらありゃしないのである。こうした記述や細部のディテールに、観察眼の見事さが現れている。

 物語はサンフランシスコのジャパンタウンと呼ばれる一角で起きる。ブローディはサンフランシスコ市警から日本に絡む事件のアドバイザーとしてしばしば呼び出しを受けてきた。しかしこの日、友人でもあるフランク・レンナ警部補に見せられた現場は、それまで見たこともないような凄惨なものだったのである。死体が五つ。大人が三人に、子供が二人。犯人はわずか数秒の間に、何のためらいもなく五つの命を奪っていったのである。単なる強盗からヘイト・クライムまでさまざまな動機が考えられた。だがブローディは、現場に残されたしるしを見逃さなかった。血まみれの和紙に、一文字の漢字が記されていたのである。かつていかなる辞典にも載ったことがない文字であるが、彼はそれに見覚えがあった。かつてブローディの妻・美恵子が不審火によって命を落とした際、周りの落書きに混じっていた文字と、それはまったく同じだったのである。二つの事件には共通項がある。そう信じて捜査を始めたブローディは、やがて必然として日本を訪れることになる。

 前述した通り、序破急の序にあたる部分は、闇の中に潜む敵の姿を掴むことに費やされる。曖昧ながらもその輪郭が見え始めたところで舞台は日本に移り、ブローディは敵がいかに強大であるかを思い知らされることになる。それが序破急の破。ここで物語の定石通り、悪が勝って正義が負けるに違いないと思わされるどん底の展開になる。だって敵が巨大すぎるんだもの。こんなの絶対勝てるわけないよ、と読者が弱音を吐いたところで序破急の急。そこからは百ページ近くひたすら活劇が続く。

 昨今の人気作家ではマーク・グリーニイがいちばん近いだろうか。理屈ではなくて、とにかく力押しの展開で、これがデビュー作だからか、正直なことを言えばご都合主義に感じる部分もある。敵はなんであの人から先に片付けないの、とか、主人公に早くとどめを刺せばいいのにやらないから逆転されちゃったじゃないか、とか、いろいろ言いたいことはあるのだが、そういう瑕があっても、まあいいか、と黙らせてしまうほどの力がある。リー・チャイルドをさらにストレートにしたようなというか、正直なことを言えば私は、昔懐かしいドン・ペンドルトンの〈死刑執行人〉マック・ボランであるとか、1970年代型のヒーロー小説を連想した。こういうものがまた書かれて翻訳されるようになったのだな、との感慨がある。とにかくすかっとしたい人にはお薦めだ。第二作以降も派手な道具立ての物語らしい。続けて翻訳されるといいのだけど。

(杉江松恋)

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