第85回:佐藤賢一さん

作家の読書道 第85回:佐藤賢一さん

中世や近世のヨーロッパを舞台にした歴史小説を中心に発表、歴史的人物を活き活きと描写し、史実の意外な裏側を見せて楽しませてくれる佐藤賢一さん。カエサルやアル・カポネ、さらには織田信長など、時代や場所を広げて執筆する一方、今月からいよいよフランス革命を真っ向から描く大作の刊行がスタート。そんな歴史のエキスパートの読書歴には、驚きがつまっていました。

その5「30代での挑戦」 (5/6)

女信長
『女信長』
佐藤 賢一
毎日新聞社
1,944円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS

――幅広い視野を持った時、どう題材を選んでいるのですか。資料を見ていてひっかかりがある、とかですか。

佐藤 : 編集者に「こういう話はどうか」と言われて「ならこういう題材があります」と提案したり。題材自体はあまり困らないんです。ストックがあるというか。ヨーロッパとかアメリカの歴史って、日本の読者には未開拓のところが多いので、題材としてはやろうと思えばいくらでもあるんです。

――そんななか『女信長』も発表されましたよね。日本史の、超・有名人物です。しかも女性だった、という。

佐藤 : 30代で視野を広げる一環として、日本史もやろうと思って。やるならホットなところを、と思うと戦国か幕末。それで戦国の信長をやろう、と。書き尽くされたテーマで、どれだけ新しいことをできるか自分に課したところはありました。信長を書いた歴史小説はほとんど読んで、誰も女だとは言っていないことを確認して(笑)。

――他に新聞連載で幕末を舞台にした『新徴組』という作品も書かれていました。自分とはかけ離れたヨーロッパ中世の小説を書くのと、日本の歴史を書くのでは違いはありましたか。

佐藤 : もっと違いがあるのかなと思ったんですけれど、意外になかったというのが正直なところ。ただ、圧倒的にラクではありました。織田信長が誰だ、ということを説明しなくてもいいんですから。ヨーロッパの歴史だと、ミラボーとは誰だ、という話から始めないとほとんどの人が分からない。日本人なら日本史を知っていて当たり前ですが、誰もかれもが歴史好きな訳でもないのにこれだけのイメージがあるのは、歴史小説がそれだけ書かれてきたということですよね。

――今後も日本の歴史をベースにした小説は書いていく予定ですか。

佐藤 : メインではないと思っていますが、死ぬまでに各時代一作ずつ作って、日本の流れを書ければいいなとは思っているところです。

――メインはやはり、フランスですか。

佐藤 : そうなってくると思います。日本史に関する共通認識のようなものが、西洋史に関しては圧倒的に少ないですよね、日本では。西洋史について書かれたものもあるけれど、やっぱり断片的なんですよね。系統立てて書こうという人はまだいない。僕が作家として恵まれた状況で仕事をさせてもらっている中で何をやるべきかといったら、やっぱり柱を立てていくことがひとつの使命なのかなと勝手に思っていて。僕がある程度柱を立てれば、後に続く作家が例えば「フランス革命とは何か」から書かなくても細かい物語が作っていけるようになる。僕は第一世代だと思うので、流れが分かるような塊を作るのがメインの仕事だと、勝手に思っています。

――恵まれた状況、というのは。

佐藤 : これまでにも西洋史を書きたいと思った人もいただろうし、書いた人もいたと思う。でも、時代状況がそこに追いついていなかったのかなと思うんです。ジャンルとして考えられていなかったのかもしれない。なかなか出にくいところがあったんです。僕が出てきた時は状況に助けられたし、出版社の方々にも応援してもらえた。これが当たり前ではないんだろうなという気が、つねづねしているんです。だからただでいい目は見られないぞと思っている。やらなきゃいけない仕事があるから、こういう状況があるんだろうなと思っているんです。

» その6「いよいよ大作を刊行開始」へ