第91回:柴崎友香さん

作家の読書道 第91回:柴崎友香さん

ふと眼にした光景、すぐ忘れ去られそうな会話、ふと胸をよぎるかすかな違和感。街に、そして人々の記憶に刻まれていくさまざまな瞬間を、柔らかな大阪弁で描き出す柴崎友香さん。本と漫画とテレビを愛する大阪の少女が、小学校4年生で衝撃を受けたとある詩とは? 好きだなと思う作家に共通して見られる傾向とは? 何気ない部分に面白さを見出す鋭い嗅覚は、なんと幼い頃にすでに培われていた模様です。

その3「充実の高校生活」 (3/6)

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)
『ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)』
夢野 久作
角川書店
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それから (新潮文庫)
『それから (新潮文庫)』
夏目 漱石
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変身 (新潮文庫)
『変身 (新潮文庫)』
フランツ・カフカ
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反橋・しぐれ・たまゆら (講談社文芸文庫)
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川端 康成
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生の短さについて 他2篇 (岩波文庫)
『生の短さについて 他2篇 (岩波文庫)』
セネカ
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白河夜船 (新潮文庫)
『白河夜船 (新潮文庫)』
吉本 ばなな
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――中学校以降の読書生活はいかがでしたか。

柴崎 : 中学生のときはそれほど本を読まない時期でした。漫画家になりたいって思ってましたが、絵がすごく下手だったので、高校行くころにはあきらめました。ルパンやホームズの延長か、クリスティーやクイーンは図書館で借りて読みましたが、それ以外はあんまり記憶にないんです。中学の終わりごろから一人で映画に行くようになったんですけど、どうしても見たくて初めて一人で見た映画が「ドグラ・マグラ」なので、夢野久作の「ドグラ・マグラ」は読みました。それはすごく心に残ってます。学校生活通じて教科書は好きで。今授業で教えているのではないところばっかり読んでました(笑)。高校に行くと、教科書にいろんなものが載っていて、面白いものがたくさんありました。2年のときの夏休み、夏目漱石の『それから』を読んで感想文を書くことが宿題で、それが面白かったので漱石を読むようになりました。今でも好きですね。教科書つながりで、芥川龍之介や川端康成、安部公房も読みました。カフカの『変身』も載っていたので、他の短篇集も読んでみたらすごく面白くて。「雑種」や「父の気がかり」なんかは友だちに薦めた記憶があります。

――教科書をきっかけに視野を広げていく...。理想的な活用の仕方ですね。

柴崎 : 教科書はありがたい。結構いっぱい載っているし、長編でも冒頭の部分だけ載っていると、続きが読みたくなる。それと、模試などの問題文にちょこっとだけ出てくる抜粋も、どういう話なのか気になって探しに行ったりしていました。川端康成の「反橋」もそれがきっかけでしたね。倫理、現代社会の先生が面白くて、現代思想も興味を持ちましたが、好きだったのはギリシャ哲学のソクラテスやセネカの『人生の短さについて』。すごく簡単な言葉で、語りかけるような口調で書かれているからわかりやすい。人間ってたいして変わらないんだな、自分が考えるようなことは2000年以上前の人も考えていたんだなって思うと、勇気づけられるというか。萩原朔太郎の詩も教科書で知って、好きになりました。音楽も詞が好きだったんです。中2か中3の頃からいわゆる歌謡曲ではないものも聴くようになったんですけれど、井上陽水やブルーハーツの詞に感動してました。60年代や70年代のロックが好きだったんですが、CD買っても歌詞を熟読して、歌詞集なんかも読みました。ルー・リードの詩集を友達が持っていて、真っ黒ですごく格好いい本だったんです。装丁も中身も黒くて、文字が白い。2、3000円だったのかな、お金のない高校生だったから高くて買えなくて、図書館に行って好きな部分をコピーしてずっと持っていて。いざ買えるようになったときにはもう売っていなくて、五年前にやっと古本屋さんで買いました。今でもだいじにしている本。高校に入るか入らないかぐらいのときに吉本ばななさんが大ブームだったので『キッチン』や『TSUGUMI』なども読みましたよ。『白河夜船』が好きだったかな。

――小説を書き始めたのは、高校生の頃からですか。

柴崎 : ちゃんとしたものをきっちり書いたのが、高校2年の夏の終わりか秋くらい。それまで、漫画でも何ページか描いて終わっていて、ちゃんと完結したものがなかったんです。でもその時期に、初めて完結させた小説を書きました。もうすぐ17歳になる高校生の男の子がバンドをやっているけれど、ちょっとつまらないなって思い始めていて。自分もちょうどその年だったんですね。もっと若い頃は17歳になると楽しいこととか、友達と熱くケンカをすることとか、ドラマティックなことがあると思っていた。でも何もないな、と思っている話。最終的にはそれでも自分は何かを作りたい、音楽をやりたいな、と思うような話です。それは50枚くらい。友達に見せただけで、まだこれでは全然足りないからと思って応募しようとは思わなかったんですけれど。

――作家になりたい、とは思っていませんでしたか。

柴崎 : それは子供の頃からずっと思っていました。思い込みで(笑)。見たり読んだりが好きだったので、自分も作るほうになるつもりだった。自分にとっては、それがいちばん現実的だったんです。

――ちなみに音楽が好きということで、ご自身でバンドなどは。

柴崎 : 一応やっていたというか、やったとは言えないというか。1回も練習しなかったバンドがひとつあります(笑)。楽器もできないし。友達のバンドでボーカルがいなくなったから文化祭に出るときだけやってくれといわれて、1回出たことがあります。でも私、歌が下手なんです。なんで私に言ったんだろうって今でも不思議です(笑)。あとは友達がやっているバンドの練習を横で見ていたりして。それは楽しかった。先日、忌野清志郎さんが亡くなって曲がテレビでたくさん流れていたから、「雨上がりの夜空に」や「ドカドカうるさいR&Rバンド」なんかを演奏していたなーと思って、いろんなことを思い出しました。

――柴崎さんの高校生活、すごく楽しそう。

柴崎 : 高校は大好きでした。すごく楽しかった。高校はギリギリまで1日も休んでいない。卒業する寸前に風邪をひいて休んだんですけれど、ほかは遅刻もしなかった。することがないから夏休みが嫌いでした。先生も楽しい人が多かったし、共学で自由な校風ということになっていて、制服も着ても着なくてもよくて、好きなことできたからわたしも映画作ったりできましたし。だからみんな浪人するんです(笑)。私も1年予備校通いをしました。おととしくらいにその高校で講演をしたんです。700人くらいの前でしゃべって、それが一番、大人数の前で喋った経験ですね。関心を持ってくれてるとは限らない700人に向かって話すのは大変でしたが(笑)、高校時代は楽しかった、好きなことをしていましたっていう話をしました。後で10人くらい、女の子たちがサインをもらいに来てくれてうれしかったです。

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