第91回:柴崎友香さん

作家の読書道 第91回:柴崎友香さん

ふと眼にした光景、すぐ忘れ去られそうな会話、ふと胸をよぎるかすかな違和感。街に、そして人々の記憶に刻まれていくさまざまな瞬間を、柔らかな大阪弁で描き出す柴崎友香さん。本と漫画とテレビを愛する大阪の少女が、小学校4年生で衝撃を受けたとある詩とは? 好きだなと思う作家に共通して見られる傾向とは? 何気ない部分に面白さを見出す鋭い嗅覚は、なんと幼い頃にすでに培われていた模様です。

その6「東京生活」 (6/6)

次の町まで、きみはどんな歌をうたうの? (河出文庫)
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ショートカット (河出文庫)
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フルタイムライフ (河出文庫)
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――東京に引っ越してこられて、どれくらいになりますか。

柴崎 : 3年半くらいです。ずっと大阪に住んでいたので、どこか違うところに住んでみたかった、というのが大きな理由です。違う場所にいくと、風景も違うし人の習慣や考えていることも違う。そこがすごくおもしろい。それで、違う経験をしてみたいなと思っていました。その前は、本当に沖縄に住もうかなと思っていたんです。生まれてから30年間住んでいた街がリトル沖縄のようなところで。沖縄の人が多くて、沖縄の食べ物も普通に売られている。勝手に身近に感じているので、いつか沖縄に行きたいなとは思っています。せっかくどこにいてもできる仕事をしているので、本当は47都道府県全部に住んでみたいとも思っています。一か月ごとに移動して。でもあんまり行動力がないので、ラクして東京に来ました。

――場所と移動というのも、『次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?』や『ショートカット』などからも分かるように、柴崎さんの作品の重要な要素です。

柴崎 : 本でも、場所の感覚があるものが好きです。そのときの、その場所でしか経験できない「感じ」。漱石や永井荷風でも、ヨーロッパや東京の街の感じがすごく面白い。東大に行ったとき、三四郎池に行ってみたら、自分が「三四郎」を読んで思っていた通りの場所で感動しました。人間の内側と外側の世界の関係のありように興味があるんです。

――さらにOLの毎日を丁寧に描きこんだ『フルタイムライフ』に代表されるように、日常の風景の描写にも、柴崎作品ならではの味わいがありますね。

柴崎 : あれは自分の経験もありますが、新入社員の人にも取材をさせてもらいました。話を聞いて、ああ、どこの会社でもそういうことがあるよなって思ったり、自分は会社を辞めてちょっと経っていたので、ああ、こういう初々しいところが私にはなくなったなと思ったり(笑)。

――何気ない風景を描いているけれど、でもだからといって「日常はこんなにドラマティックだ」と声高に主張しているわけではないんですよね。

柴崎 : 書いていることが特別「日常」だとは思っていないんです。本当に面白いと思うこと、普段から興味のあること、気になっていることを書いているので、それが事件のこともあれば、そうじゃないこともあって、そのあいだに区別がないと言ったほうが近いのかな。自分が面白いと思うことが、そういうことだという感じ。こんなに面白いことがいっぱいあるのに、書いておかないともったいないなっと思って書いているんです。電車で向かいに座ってる人を見ても、右の人にはこんな特徴があって、左の人にはこんな特徴があって、というだけですごいことだ思うし、いくらでも楽しめる。学者が調査してるみたいな視点かもしれないですが。

――現在の生活のサイクルはいかがですか。

柴崎 : 規則正しい生活は苦手で(笑)。すべて、そのときどきで変わっています。最近は仕事をする時間が増えてきたので、わりと真面目に家にはいるんですけれど。お正月になると毎回、今年は毎日決まった時間に仕事をしようと思うんですけれど、全然できていない(笑)。飽きっぽいので、続けて同じことをしていると、何か違うことをしたくなってしまうんです。一日家にいても、あっちやりかけて、こっち始めて、散らかり放題です(笑)

――相変わらず、テレビっ子ですか。

柴崎 : はい。東京に引っ越してきたのを機に4か月くらいテレビがない生活を送ってみて、それはそれでなんとかなったんですけど、まあいいかと思って復活しました。本当にテレビは自分にいろんなことを教えてくれる。遠くの違う場所を見せてくれるので『新世界紀行』なんて大好きでした。人が見ないようなところを見てしまいますね。各地のニュース映像の、後ろに映っている木を見て、この地域の木は大きいとか、蝉の声が違う、とか。「静岡はクマゼミやな!」って発見したり(笑)。役に立っています。今好きな番組は「世界ふれあい街歩き」と「着信!ケータイ大喜利」かなー。「タモリ倶楽部」の地図や坂道の特集に出るのが憧れです(笑)

ジーザス・サン (エクス・リブリス)
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主題歌
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――読書で、印象深かった本はありますか。

柴崎 : 最近だと、デニス・ジョンソンの『ジーザス・サン』。5年くらい前に、たまたま知り合った人に、好きそうだからと教えてもらって探したんですけれど見つからなくて。アメリカ帰りの人だったの原書で読んだらしくて、えーっ、日本語ないんやん、と思いながら探したら、短編をいくつかだけ柴田元幸さんや村上春樹さんが訳しているのを見つけてそれがすごく面白かった。タイトルはルー・リードの詩の一節だし、とにかくめちゃくちゃかっこいい文章で、絶対おもしろいに違いないと。どうしてもどうしても読みたくて、原書にチャレンジしてみてあらすじはわかるけどニュアンスが分からなくて。自分がお金を払ってもいいから誰か翻訳してくれないかと思っていたんです。

――翻訳が刊行されたの、最近ですよね。

柴崎 : そうなんです、本当にうれしかったです! 5年越しぐらいなので。「ジーザス・サン」は出てくる人はドラッグ中毒で、人がどんどん死ぬし、精神的にぎりぎりの状況が描かれているのが圧倒的なんですけど、でも本人は生き残ってるやん、っていうところも好きです。人殺しの場面でも、どこか間抜けで。「生き残る」っていうのは、自分の中でテーマかもしれないですね。出版記念のトークショーに呼んでいただけて、柴田さんとも対談できて。そうしたら柴田さんや編集者の人にこういうものも面白いよ、と教えていただけたので、役得だなあって。まだ日本で紹介されていない海外小説は、知っている人に聞かないとなかなかわからないですから。

――さて、今後の刊行予定はといいますと。

柴崎 : 8月に講談社から短篇集が出ます。これは夢と現実の境の時間をテーマにした、ちょっと怪談のような連作短編集です。それと『ウフ.』に連載していたエッセイ「アイドルたち、女の子たち」も秋に本になります。ここでは好きな女優たちについてどこがどのように好きなのかってことを語っています。連載にちょっとおまけをつけて1冊にしようかなと思っています。

――男の子たちがスポーツ選手の話を熱くするように、女の子も可愛い女の子の話が好きなんだ、ということが、このエッセイと『主題歌』を読むとよく分かって楽しい。そういえば、『その街の今は』の文庫版も出ましたね。

柴崎 : 川上弘美さんが解説を書いてくださって、すっっごく素晴らしい解説なんです! 単行本で読まれた方もまだ読まれていない方も、是非、文庫で解説付きで読んでみてください!

(了)