第92回:誉田哲也さん

作家の読書道 第92回:誉田哲也さん

『ジウ』や『ストロベリーナイト』シリーズといった女性が主人公の警察小説が大ヒット、と同時に剣道に励む対照的な2人の女子高生を描く青春小説『武士道シックスティーン』シリーズでも人気を博している誉田哲也さん。バンド活動を続け、自分で作詞作曲もしていたという青年が、小説を書き始めたきっかけとは? ラジオで耳にし、その後の創作にも影響を与えた本とは? 意外なエピソードがたっぷりです。

その3「歌詞づくりから小説執筆へ」 (3/7)

疾風ガール
『疾風ガール』
誉田 哲也
新潮社
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C・N25―C・NOVELS創刊25周年アンソロジー
『C・N25―C・NOVELS創刊25周年アンソロジー』
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ダークサイド・エンジェル紅鈴 妖の華(あやかしのはな) (ウルフ・ノベルス)
『ダークサイド・エンジェル紅鈴 妖の華(あやかしのはな) (ウルフ・ノベルス)』
誉田 哲也
学習研究社
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――そういえば、曲を作っていたということは、歌詞もご自身で作られていたんですか。英語でした?

誉田 : ある時期まで英語で作っていましたが、分かってもらえないので日本語で書くようになりました。『疾風ガール』に載っているのはほとんど自分のバンドの歌詞です。

――歌詞づくりと小説を書き始めたことと、何か関連はあったのでしょうか。

誉田 : 僕は30まで音楽をやっていたんです。それが椎名林檎さんにショックを受けてやめるんですね。かなわない、ということを前提にしつつ言いますと、ミスチルやGLAYもすごいとは思うけれど、こういうところはオレが考えていることのほうがいいんじゃないか、と言い訳ができる。だけど椎名さんだけは何も言い訳ができなくて。絶対に何をやっても、何一つかなわないんだろうなと思いました。曲にせよサウンドにせよアーティストとしてのキャラクターにせよ、自分の作ったサウンドとジャンルの距離感にせよ。自分よりもちょうど10歳年下なんです。こんな子が、10歳下で出てくるようならオレにお声がかかるわけがない、と30歳のときに辞める決心をしました。

――『疾風ガール』の祐司が、島崎ルイの曲を聴いてショックを受け、バンドを諦めて裏方にまわるようになったというエピソードと重なりますね。

誉田 : 僕の場合、パソコンでインターネットをいじるようになっていたので、格闘技のレポートを書いたりしていたんです。格闘技も好きだったので。その作業をしてみたら、なんと文章を書くことって面白いんだ、と気づく。そこからいきなり小説を書き始めたんです。格闘技レポートからいきなり小説。そのときに書いたのが『疾風ガール』の雛形です。そのときはスタジオのお嬢さんという設定だったんです。しかも小さい頃から始めちゃった。小学校の運動会の話が終わらないんですよ(笑)。運動会の本番を迎える前でもう長くなってしまって、いつこの子はギターを持つんだろうと思って、ハタと自分には起承転結をつける能力がないんだと気づく。でも、自分の書いた詞には起承転結があるんですよ。ちょっと物語仕立ての詞が多かったので。じゃあそれを流用して、起承転結をつける練習をしようと思って、自分の詞をノベライズするという作業を始めました。最初に書いたものが中央公論新社の『C・N C・NOVEL創刊25周年アンソロジー』という分厚いノベルズ本に入っている「最後の街」というものです。2つ目はプチ不倫ものを書いたんですが、これはひねってひとつの事件ととらえることができるなと思っていて、近々どこかで書こうと思っています。3つ目に書いたのが、江戸時代の吸血鬼の話。ネタもとは2つあって、ひとつは『ポーの一族』。ヨーロッパだと100年200年さかのぼっても町並みに大きな変化はないけれど、日本だと江戸時代になるのでみんな着物を着ていてちょんまげを結っている。それなのに吸血鬼、というのは面白いかなと思って。『ダークサイド・エンジェル』の紅鈴がそこで生まれました。デビューにつながるキャラクターを作ることができたのはよかったですね。最初は同じキャラクターで江戸時代の話、戦国時代の話、現代の話を書いて応募したんですが何もなくて、反省したんです。どんなに同じ名前でも、時代が違うとキャラが違って読めてしまう。なら現代版が書きやすかったから、そこだけ膨らませようと思ったんです。

――江戸の話を書いたときのもうひとつのネタもとは。

誉田 : 石川英輔さんという『大江戸神仙伝』から始まる「大江戸」シリーズを何冊も出している方がいるんです。江戸の生活を研究されていて、20世紀の文明を全部遮断して、釜でご飯を炊き、日時計を作り、ゴミが出たら穴を掘って埋めるといった、江戸と同じ生活を実際に体験してみてた方なんです。そこから江戸のエコな生活をなんとか伝えたいと考え、でも単に江戸時代の人の目線で小説を書いても面白くない。それで、現代人が江戸にタイムスリップという小説を書かれたそうです。僕はそういう江戸を背景にして、吸血鬼が動いたら面白いだろうなと思ったんです。

大江戸神仙伝 (講談社文庫)
『大江戸神仙伝 (講談社文庫)』
石川 英輔
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――石川さんの本は偶然読まれたものだったんですか。

誉田 : 当時は車で仕事をしていて、移動中にラジオを聴いていたら紹介されていたんですよね。でも途中から聴いているので石川さんの名前が分からない。重要な部分になるとクラクションの音が邪魔をしたりして。「ナントカえいすけさん」「大江戸ナントカ」「どうもタイムスリップするらしい」というだけの情報しかなくて。池袋の旭屋さんに行って書店員さんに「こういう本ありますか」と訊いたら、調べてくれてモニターを僕に向けて「この中にありますか」。「これかなあ」と言ったら棚に案内してくれて、手にとって裏を読んで「これだ!」。

――書店員さんってすごいですよねえ。誉田さんも、なんとしてでも読みたいと思ったんですね。

誉田 : 面白そうだって思いましたから。でもそこから時代小説を読むようになったわけではなくて、江戸の資料を読むようになりました。暮らしやモノの名称などが分かる本。

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