第92回:誉田哲也さん

作家の読書道 第92回:誉田哲也さん

『ジウ』や『ストロベリーナイト』シリーズといった女性が主人公の警察小説が大ヒット、と同時に剣道に励む対照的な2人の女子高生を描く青春小説『武士道シックスティーン』シリーズでも人気を博している誉田哲也さん。バンド活動を続け、自分で作詞作曲もしていたという青年が、小説を書き始めたきっかけとは? ラジオで耳にし、その後の創作にも影響を与えた本とは? 意外なエピソードがたっぷりです。

その5「ホラー小説、警察小説との出会い」 (5/7)

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――社会人になってからの読書生活はいかがでしたか。

誉田 : 瀬名秀明さんの『パラサイト・イヴ』とか鈴木光司さんの『リング』なんかはすごいと思いましたね。『リング』は文庫化になった頃に読みました。ほら、格闘技が好きなので、それで「リング」ってだけでパッと手に取って(笑)。もちろんその場で、ああ怖い話かと気づきましたけれど。『らせん』も読みました。そこからどんどんホラーブームが盛り上がっていくんですよね。じゃあオレもホラーを書くか、といって女吸血鬼の小説が生まれることになるんです。その後、角川ホラー文庫は結構読みましたね。小池真理子さんの『墓地を見おろす家』は、『リング』以外だと一番好きかな。

――ホラーはどういうところがよかったんでしょうか。

誉田 : 最後のパズルのピースがパチッとはまったら、今まで見えていたものが違って見えてくる。そういう瞬間、全体像が見渡せる瞬間が楽しいというか。トリックとかそういうことではなくて、考え方であったり価値観であったり、動機であったりに関して、パッと目の前が開ける瞬間があるんですよね。まあ、ホラーの場合は目の前が真っ暗になったりしますけれど(笑)。『リング』だって、ダビングしたものを人に見せて助かるというのが、ああもうなんて嫌なことを考えるんだろう、と思いました。本当はそこが一番怖いんですよね、原作では。映画だと貞子がテレビから出てくるところがクライマックスですが、いやいやいや、そこじゃないでしょう! と思いましたね。

――ミステリーは読まなかったのですか。誉田さんというと『ストロベリーナイト』や『ジウ』など警察小説のイメージも強いのに。

誉田 : 読まなかったですねえ(笑)。警察に関してはデビュー作を書くときに、警察の知識が必要に迫られて。そもそも僕には七曲署レベルの知識しかない。でも、当時もう『踊る大捜査線』の再放送をやっていて、本庁と所轄のぶつかりあいなんかが、テレビドラマでも描かれている。これは小説でいい加減なことは書けないと思って、警察関係の書籍を買いあさるようになりました。それで、アスペクトの『ミステリーファンのための警察学入門』というのを見つけて、こんな便利な本があるのかと思って。それでひと通りの知識を得たし、警察小説のベストセレクションとして『マークスの山』や『新宿鮫』や『百舌の叫ぶ夜』などが紹介されていて。そこで警察小説という言葉を知ったんです。ああ、これらは組織を前提として書かれてあるものなのか、じゃあ警察小説を書いてみよう、と思って。試しにひとつ書いてみたのか、姫川玲子の最初の事件でした。『ストロベリーナイト』はその次の事件なんです。第一弾は今まで発表の場がなかったのですが、今まったく登場人物を変えて『J-NOVEL』に「主よ、永遠の休息を」というタイトルで書いています。もともとは玲子が担当した事件なんですが、それを新聞記者さんが追っていく。話が前後しますが、それで警察の知識を得て、吸血鬼の話に組み込んで小説を書いて応募したら、プロになれたというわけです。

――なるほど。そうして、その後警察小説が生まれていくんですね。

誉田 : 『ジウ』のノベルズが最初だったんですけれど、なんと逢坂先生に読売新聞の書評で取り上げていただいて。先生に花丸をもらったようで嬉しかったですね。警察小説は僕自身思い入れがありますし、書いていくなかでも、仕事の半分が警察小説、残りの半分がそれ以外、というのがいいなと思っているんです。残りの半分の中に、青春小説もホラーも入っているという。

――警察に取材することはあるのですか。

誉田 : 『警察学入門』で、大沢在昌さんが取材はほとんどしないって言っていたので、ああ、しなくていいんだ、って(笑)。でも最初は建物の内部を知りたかったので所轄署に行って、階段のところの何階に何係があるのかという表記を書き写していいですかと聞いたりしていました。いいですよ、という所轄と、ダメという所轄があるんですよね。その反応も見ていました。一度、内部がドロドロの所轄の舞台にするつもりで小金井署に取材に行ったら、丁寧に対応してくれて「いい作品を書いてくださいね」とまで言われて。これはもう、そんな風には書けなーい! と思った(笑)。

――ああ、取材してしまうと、悪い人には書けなくなってしまうと聞いたことがあります。

誉田 : 今でも心苦しく思っているのは、『武士道セブンティーン』で、九州の高校の取材をしたんですが、小説ではスポーツ偏重主義という設定にせざるを得なくて。本当はまったく、そんなことはないんです。でも場面として太宰府天満宮を出すと決めてしまっていたんです。その近所の高校というとあそこだろう、と思われそうですが、本当にそういう学校じゃないので。それだけは本当に申し訳なく思っています。

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――『武士道シックスティーン』『武士道セブンティーン』は、剣道に励む二人の対照的な少女のさわやかな成長物語ですよね。『ジウ』と同じ作者が書いたとは思えない(笑)。剣道の経験はあったんですか。

誉田 : 自分自身は小学校の頃に2、3年。今、子供に剣道をやらせているんです。小学生の男の子なんですけれど。小さい区の大会だと、中学生の部も一緒にやるんですね。それで、まさに物語にあるように、女の子が胴着をつけたままお財布を持ってアイスクリームを買いにきたりしている。その姿がりりしさと可愛さとがあいまって、非常にいいなあと思ったんです。それで女子剣道が頭にありました。それと、その年の「仮面ライダー」が...。

――「仮面ライダー」?

誉田 : そう、「仮面ライダー」に、人間の姿も持つ怪人が出てきたんです。仮面ライダーも普段は人間の姿ですよね。双方が変身すると火花を散らして戦いますが、人間同士のときにはまた違う関係性が生まれる。ちょっと友情みたいなものが生まれるんです。さっきまで分かり合えていた人同士が、姿を変えると殺しあう。その姿が切なくて、これを何か一般小説にできないかなと思っていたんです。面を被って、相手が誰かも分からないまま戦うということで、剣道はぴったりだったんです。

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