第97回:越谷オサムさん

作家の読書道 第97回:越谷オサムさん

一作ごとにまったく異なる設定で、キュートで爽やかなお話を発表している越谷オサムさん。新作『空色メモリ』は、地味だけど愛らしくて憎めない高校生の男の子2人が探偵役として活躍。そんな発想はどこから生まれるのか。辿ってきた読書道は、まさに男の子っぽいラインナップ。そして小説の執筆に至るまでの、意外な遍歴とは?

その4「素浪人→バイト生活→小説執筆へ」 (4/6)

――ところで、大学は途中でやめたのですか。

越谷:ええ。経済学部に入ってしまったんですけれど、1年生の前期の授業でこれはいかんと思ったんです。マクロ経済といわれたところで、私にどうしろと(笑)。本当は某大学の社会学部にも受かっていて、そちらに行きたかったんですが、就職のつぶしのきくところなどを考えてこちらに入ってしまって、大失敗でしたね。結局、籍は4年間おいていたんですが、通わなくなったんです。大学に行かずに散歩してました(笑)。本を読んでいたのもこの頃です。別の道に進む気力もなかったんですね、当時は。

――この先どうしようかなあ、とは考えなかったんですか。

越谷:そうした考えはキレイになかったですね。将来について心配する性格だったら、今作家をやってないです(笑)。

――では、その後は。

越谷:大学の籍が抜けてから1年間くらいは引きこもり...といっても、週2回くらいは出かけてましたね。朝9時くらいには起きていたし、ご飯も家族と食べていた。浪人というと格好いいかな。素浪人(笑)。

――週2回のお出かけでは、どんなところに行っていたのでしょう。

越谷:本屋さん。あとは映画館に一人でいってもいいのだ、ということを知ったんです。お金がなかったので、映画はせいぜい月に一度くらいでした。ハリウッド大作から日本の低予算のもの、アニメまで、何でも観ました。

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――読書はどんなものを。

越谷:岩波文庫の『グリム童話集』を読んだのはこの頃だったかな。どの童話もパターンは似たようなものなんですが、たまにヒットするものがあって、それを見つけ出すのが面白かったですね。ドイツの人ですから、日本なら山の中に迷いこむところを、彼らは森の中に迷いこむ。そんな違いが面白かった。たまにブラックなものがあるんですよ。「熊の皮を着た男」なんていうのは、幸せに暮らしましためでたしめでたし、というよくあるパターンなんですが、最後の最後に悪魔が出てきて毒のあるセリフを言ってうまいこと落としてくれるという。

――素浪人時代の後はどうしていたのでしょう。

越谷:1日8時間、週5日、規則正しく某マクドナルドに通っていました。読書量は素浪人時代にくらべたら量は減っていましたね。その生活は29歳まで。30歳になってもマックでアルバイトはまずいだろう、という気持ちがありまして。

――となると、次の行動は。

越谷:日本ファンタジーノベル大賞に応募しまして。最終までいったんですけれど、その年が畠中恵さんが『しゃばけ』を書いた年だったんです。

――なぜ日本ファンタジーノベル大賞に応募しようと思ったのでしょう。

越谷:銀林みのるさんの『鉄塔 武蔵野線』をたまたま読みまして。自分の好きなことを書いていい賞なんだと思ったんです。当時は公募の文学賞もあまりなくて、あってもミステリー系が多くて。僕はミステリーっ子ではなかったので、書けん、と思っていました。あとは、椎名さんの本を読んでいると、「ファンタジーノベル大賞の選考会が来週あるけれど今自分はアラスカにいる」みたいなことがよく書かれてあったんです。それで、この賞のことはなんとなく頭にあったんですね。酒見賢一さんの『墨攻』も、ファンタジーノベル出身者と知らずに読んで、めちゃめちゃ面白いなと思っていましたし。あまり傾向と対策も知らずに応募したんです。歴代のファンタジーの人たちは、マジックリアリズムのあたりから入っていったのかもしれませんが、僕のファンタジーの定義は、スピルバーグや宮崎駿。これもファンタジーじゃね? くらいのノリでした。でも、それがかえってよかったのかもしれません。

――畠中さんが『しゃばけ』で優秀賞を受賞したのが01年の第13回。越谷さんが『ボーナス・トラック』で優秀賞を受賞したのは第16回ですよね。その間は。

越谷:応募しなかったんです。具体的な目標として日本ファンタジーノベル大賞が見えてしまったので、逆にどう書いたらいいのか分からなくなってしまって。書いては止まり、書いては止まり、でした。その頃の、最後まで書けなかった小説の屑みたいなものは1000枚くらいあると思います。

――おお。とってあるんですか。

越谷:いいえ。封印です。フロッピーも消しました。

――もったいない...。その後『ボーナス・トラック』が書けたというのは、なにか火がついたといいますか。

越谷:今年あたり1本くらい形にしないと、人としてまずいぞ、と思って。このままバイトくんで終わってしまうぞ、と。4月30日が締め切りだったんですが、最後の2週間で200枚くらい書いて、30日ギリギリに出しに行きました。あの頃の集中力は今はないですね(笑)。

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