第104回:星野智幸さん

作家の読書道 第104回:星野智幸さん

植物や水をモチーフにした作品や、政治や社会の問題を問いかけるような作品。幻想と現実を融合させた小説を発表し続けている星野智幸さん。少年時代に受けたカルチャーショック、20代の頃、新聞社を辞めてメキシコへと移り住んだ経験、影響を受けたラテンアメリカ文学、そして今の日本社会に対して感じていることとは。その来し方、そして新作『俺俺』についてもおうかがいしました。

その5「小説家としてデビューした頃」 (5/6)

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――帰国してからは、字幕翻訳のお仕事をされていたんですよね。スペイン語ですか。

星野:帰ってきたときはもうバブルがはじけていて、仕事を探していたときに字幕翻訳家の太田直子さんと知り合って、お世話になりました。スペイン語だけではそれほど仕事がある訳ではないので、字幕で食べていくなら英語もできないと、と言われて両方やりましたね。CSやテレビドラマの字幕が多かったです。

――本格的に小説を書き始めたのはいつですか。

星野:一度目の留学を終えて、日本で二年間待たされている時期ですね。このままでは人生ヤバイと思ったし、文学をやるんだと思ったことが会社を辞める理由でもあったので、もし留学が駄目だったらどうやって文学に辿り着けるんだろうと考えると、もう才能があるとかでなく、小説を書くしかない。背水の陣で書いて応募するようになったんです。一年に一本書いて応募していくつもりだったんですね。それで、三本目か四本目で賞を取りました。

――97年に『最後の吐息』で文藝賞を受賞されたわけですよね。その後も字幕翻訳は続けたのですか。

星野:自分はエンタメ小説をやっていくわけでもないので、どうせ小説では食べられないと思っていましたから。実際、当時『文藝』の編集長だった阿部さんに「受賞した人には必ず言うんだけれど、就職してね」と言われ「字幕翻訳の仕事をしています」と言ったら「それならいいや」って(笑)。収入は字幕で、小説はお金のこととは別にして書いていこうと思っていたんですが、『目覚めよと人魚は歌う』で三島由紀夫賞を受賞したら急に仕事量が増えたんですよね。迷ったけれど、これは小説を書くだけのほうに賭けるほうがいいかなと思って、そこで字幕を断念したんです。

――自分が小説を書く上でも、ラテンアメリカ文学の影響は強いと思いますか。

星野:それはもう、やっぱり。ラテンアメリカ文学にハマったときって、この先に小説の可能性があるのか、と考えていた時期だったんです。ヌーボーロマン以降は行き止まりでそれ以上はないと感じていたときにラテンアメリカ文学を読んで、こんな風に突破してしまうのか、と。自分もその延長上で小説を書くことができるなら、小説の未来はあるんじゃないかと思っていて。そこから書き始めたんです。

――すごく好きな作品というと何になりますか。

星野:レイナルド・アレナスの『めくるめく世界』は、『ほら男爵の冒険』みたいな話で好きですね。マヌエル・プイグはやはり『蜘蛛女のキス』。それとSFで『天使の恥部』という作品もあります。あとは作品は好きではないけれど小説を書く上で読まずに通ることができないのがボルヘスですね。

――前に女性誌でお薦めの本をおうかがいしたときも、エレナ・ガーロの『未来の記憶』やホルヘ・フランコの『ロサリオの鋏』、マリーズ・コンデの『わたしはティチューバ』を挙げてらっしゃったので、新作もどんどん読まれているなあと思いました。

星野:新作は最近滞りがちなんです。知り合いがラテンアメリカ文学の研究者になって、そういう事情に詳しいんですよ。僕なんかは翻訳で出てもまだ読んでいないものがあったりするので遅れている。でも、やはり日本でも広めたいという気持ちはありますね。

――作家になってからは、本の読み方、選び方は変わりましたか。

星野:やはりどうしても同時代の書き手のものは虚心坦懐に読めないですね。その人物を知ってしまうとなかなか......読むのに勢いがいるというか。だからなんとなく外国の小説を読むということはあるのかもしれません。もともとそれが自分の原点ではあるけれど。それと、かつて以上にノンフィクションも読むようになりました。

――字幕翻訳をおやめになった後でも、早稲田大学の客員助教授などをされていて、完全な専業生活ではなかったように思いますが。

星野:そうですね、07年まではなんらかの形で教えることに携わっていましたね。完全に毎日まるまる小説家、というのは07年以降。でもそうなるとだらけますね(笑)。日々軟体動物のようです。1週間が4日とか5日になる感覚。

――フットサルだけは週1回、続けているんですよね。

星野:あれがなくなったら週もなくなる(笑)。ただ、できるだけ夜は執筆はしないようにしています。書き続けていると冴えてきて夜型になってしまうから、夜はゆっくり読書をして、寝不足になることなく普通に起きられた場合、その瞬間からしばらくがいちばん頭が働くんじゃないかと思っていて、この1年間くらいは生活を変える努力をしています。ワールドカップの期間は生活が崩れるけれど(笑)。

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