第105回:平山瑞穂さん

作家の読書道 第105回:平山瑞穂さん

ファンタジー、SF、ミステリ。さまざまな要素のつまった作品を発表し続け、作家生活6年間の集大成ともいえる『マザー』を上梓したばかりの平山瑞穂さん。実は若い頃はずっと純文学志向だったのだとか。おそらくそれは、ご家族の影響も大きかったのでは。意外なバックグランド、多感な10代の頃の読書、そして長い応募生活など、作家・平山瑞穂ができるまでがようく分かります。

その3「不条理を描いた小説が好き」 (3/6)

  • レベッカ〈上〉 (新潮文庫)
  • 『レベッカ〈上〉 (新潮文庫)』
    ダフネ・デュ・モーリア
    新潮社
    767円(税込)
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  • 大いなる遺産 (上巻) (新潮文庫)
  • 『大いなる遺産 (上巻) (新潮文庫)』
    ディケンズ
    新潮社
    767円(税込)
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  • ユリシーズ〈1〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
  • 『ユリシーズ〈1〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)』
    ジェイムズ・ジョイス
    集英社
    1,242円(税込)
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  • 杳子・妻隠(つまごみ) (新潮文庫)
  • 『杳子・妻隠(つまごみ) (新潮文庫)』
    古井 由吉
    新潮社
    562円(税込)
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――読む本はどうやって選んでいたんですか。

平山:親にまずオススメを訊いて、読んでいいと思ったらこれの次は何がいい、と訊いていきましたね。親も高1の僕に読書経験がないことを考慮して、おさえるべきところを教えてくれたように思います。デュ・モーリアの『レベッカ』やディケンズの『大いなる遺産』なんかが面白かった。カフカは自分で勝手に読んだんですが、これも運命的な出合いでした。最初は薄くて読みやすそうなので『変身』を読んで、それはヘンな話を書く人だな、というくらいの印象。でも次に『城』を読んで、夢中になったんですね。未完と分かっていても、ストーリーがどうというより、場面場面の妙みたいなものがあって読ませる。だから僕はカフカは絶対長編のほうが面白いと思っているんです。そのなかでもやはり『城』は魅力的でしたね。

――カフカといえば、不条理ですが。

平山:そこですよね。あの雰囲気がたまらない。それと連動するように、高2の頃に家にあったベケットの3部作『モロイ』『マウロンは死ぬ』『名付けえぬもの』を熱心に読みました。カフカとちょっと似ているところがあって、不条理で実験的な感じ。『モロイ』は長いのに段落が数えるほどしかしかないんですよね。特に、3つめくらいの段落は、150ページくらいにわたった延々続いていて、ページをめくっても下に余白がない。その見かけに圧倒されました。

――自分で書くことはしなかったのですか。

平山:読書を意識的にするようになったのとほぼ同時に書き始めました。当時は完全に純文学志向で、実験的なものを書いていましたね。ベケット的なものを書いてみたりして。作家になろうとはすごく思っていました。その頃のことは自分の中で"前史"と名付けています。その後断絶があって、今につながるものを書き始めたのは社会人になってからなので。でもこの高校時代にもかなりいっぱい書いているんです。ただ、ある時点ですごく恥ずかしくなって、ノート30冊分くらい燃やしちゃったんです。実は2、3冊は残してあって、それは今読むと作品の出来とは別として、日記を読み返すような面白さがあります。ベケットみたいに改行なしで、量的には原稿用紙150枚分くらい、びっしり改行なしで鉛筆で書かれてあったりする。当時、あとはコテコテで恥ずかしい恋愛小説なんかも書きましたが、これは燃やしてしまいました。

――思い立って燃やしてしまうとは、また大胆な決断を。

平山:燃やしたのは高校3年生の6月16日だったと思います。ジョイスの『ユリシーズ』の「ブルームズデイ」と同じ日だなと思ったので憶えているんです。文学が自分を駄目にしたと思っていたんですね。先立って自分が駄目人間だという認識があったわけですが。神経症風のどうしようもない状態に陥っていて、これは文学のせいだと思ったんです。正しくはないですよね。しいていえば、病んだものがあった自分が文学に反応しただけで、文学が原因ではない。でも、自分を変えるためには、何かしらを断罪する、血祭りにあげることをしないといけないと思ったんです。それで、決別しようと思って、缶のようなものに入れて燃やしました。しばらくは小説も読まなかった。まあ、すぐに決意は揺らいで、1、2か月くらいで我慢できなくてまた読み始めました(笑)。執筆に関しても、何かしら書いていました。なので決別も何もない(笑)。ただ、そういうアクションが大事だったんですよね。行動を起したことで、もう少し距離をおいて文学と接することができるようになったと思います。

――その頃はどんなものを読んだのでしょう。

平山:古井由吉さんがすごく好きだったんです。当時出ているものはひと通り読みました。親に「瑞穂は絶対に「杳子」が好きなはずだ」と言われて自分で買って読んで、ドバマリでした。「杳子」に書かれている病理的な感覚みたいなものが、すごくよく分かったんです。こういう文体でこういう風に表現できるんだと思い、模倣したりしていました。高校3年生の頃は古井さんをずっと読んでいました。

――好きな作家ができると、その人の作品を追い続けますか。

平山:そうですね。サリンジャーも高校に入ってからグラース・サーガなどひと通り読みましたから。

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