第105回:平山瑞穂さん

作家の読書道 第105回:平山瑞穂さん

ファンタジー、SF、ミステリ。さまざまな要素のつまった作品を発表し続け、作家生活6年間の集大成ともいえる『マザー』を上梓したばかりの平山瑞穂さん。実は若い頃はずっと純文学志向だったのだとか。おそらくそれは、ご家族の影響も大きかったのでは。意外なバックグランド、多感な10代の頃の読書、そして長い応募生活など、作家・平山瑞穂ができるまでがようく分かります。

その6「会社員生活との両立、新作について」 (6/6)

――電車に乗っている間と昼休みだけだと、なかなか進みませんね。

平山:3日で1冊のページです。でもみすず書房の本なんて2週間くらいかかる(笑)。せめて今の2倍は読みたいなと思うんですが、時間がなくて。

――執筆時間はどう確保されているのですか。

平山:家に帰って雑用をすませて、はやくて9時か10時半くらいから書き始め、2時か3時まで。毎朝7時に起きるのが相当きつい時もあります。会社に行っても物理的に存在しているのみ、ということも(笑)。でも応募している時からノルマを課してそのような生活を続けていたので、何も変わってないんです。デビューしてからは、どうにも疲れたといってパスすることはできなくなりましたが。

――でも専業作家になろうとは思わないんですよね。

平山:適度に圧力があったほうが頑張れるタイプの気がします。

――そんな生活の中で今回刊行された『マザー』は、デビューしてから6年間の集大成ともいえる一冊ですね。これは都市伝説を調べるサークルに所属している大学生が、妙な噂を調べていくうちに、携帯メールに添付されて広がっているエディターというソフトの存在を知る。このれは、理想の人間を作り出すという、一見好ましいけれど、実はとてもやっかいなソフトなんですよね。

平山:記憶や都市伝説といった自分の好きな題材を全部入れた一冊ですね。理想の人といっても、じゃあ理想って何なの、ということも突きつけてみたかった。例えば理想の彼氏がほしいと言っても、具体的にどういう人物なのかってみんな意外と曖昧。理想というのは、本当に望ましいものなのか、ということを考えてみたんです。

――もともと平山さんの作品はジャンル分けが難しいところがありますが、これもミステリやサスペンス、そしてSF的な要素も入っていますね。でも謎のソフトの秘密を追う、という軸があって。

平山:自分で言うのも何ですが、誰が読んでも面白いものがやっと書けた、という気がしています。今までは、フルコースに例えると、メインディッシュが先に出てくるような小説も書いていた。それが自分の好みでもあるし、作家は順番よりも、一皿一皿の味わいに腕をふるうものだと思っていましたし。でもこれはコースの順番通りに出してみました。書いている時も迷いがなかったんです。よく仏像を彫る人が、自分で仏をかたどっているのではなく、木の中に宿っている仏を彫りだしている、というようなことを言いますが、これも実は、こう書くと決まっているものがあって、書き進めていくうちにある時点で近づいて見えてくるものを文章にしていく、という作業だったような気がします。

――こうした作品を書き上げた今、今後はどういうものを書こうと思いますか。

平山:今回の小説は、むしろこれからエッジを利かせたものを書いていくための留め石みたいな位置づけになるのかな、と。分かりやすさばかりを考えたものではない小説も書いてみたいと思います。もうちょっと読者が多いといいなとは思うんですが(笑)。ただ、10月ごろに幻冬舎から刊行する予定のものは完全にミステリ。『偽憶(ぎおく)』というタイトルで、それこそ記憶が鍵となっているものです。その前に8月に、実業之日本社から、『プロトコル』のスピンオフとなる『有村ちさとによると世界は』が刊行されます。これは『プロトコル』に登場したちさとや、ちさとの父や妹、上司などのエピソードが入っています。

――おお、有村ちさとのカタブツな語り口調は最高ですよね。楽しみです!

(了)