第105回:平山瑞穂さん

作家の読書道 第105回:平山瑞穂さん

ファンタジー、SF、ミステリ。さまざまな要素のつまった作品を発表し続け、作家生活6年間の集大成ともいえる『マザー』を上梓したばかりの平山瑞穂さん。実は若い頃はずっと純文学志向だったのだとか。おそらくそれは、ご家族の影響も大きかったのでは。意外なバックグランド、多感な10代の頃の読書、そして長い応募生活など、作家・平山瑞穂ができるまでがようく分かります。

その5「ファンタジーを書いたつもりじゃなかった」 (5/6)

――そこから2004年まで、ずっと応募を続けていたわけですね。

平山:純文学系の新人賞、つまり『群像』と『文藝』と『文學界』と『新潮』の4つは毎年必ず応募していました。制限枚数も応募時期も違うので。でも使いまわしもしていて、ある賞で駄目だったものが違う賞に応募したら一次予選を通ったりもしましたね。一次だけなら11回通ったんです。そこで期待を持ってしまうんですよね。でも一進一退で、だんだん予選も通らなくなる。作品の質が落ちているというより、選考の人に悪い意味で名前を覚えられていたんじゃないかなと思うくらい。10年くらい続けていましたから。でも今さらひっこみがつかなくなって、それからは『公募ガイド』を見て、応募先の範囲を広げていこうと思い、それで日本ファンタジーノベル大賞に応募したんです。10数年やっていたのに基礎知識もなく、自分は純文だと思い込んでいて、エンタメの賞は眼中になかったんですね。日本ファンタジーノベル大賞からデビューしている酒見賢一さんとかも読んでいるのに、どの賞から出ているのか考えていなかった。

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――では、デビュー作となった『ラス・マンチャス通信』は、日本ファンタジーノベル大賞を意識して書かれたものではなかったのですか。

平山:違ったんです。同じ世界体系で書いた連作短編のような5編ですが、別々の短編として書いたものだったんです。それぞれ違う賞に応募しているんですよ。第二章、第四章は『新潮』に応募して一次も通っている。各章は100枚前後で、5編が揃ったら400数十枚。それで日本ファンタジー大賞の規定枚数にちょうどいいし、内容もファンタジーといえなくはないから、とやぶれかぶれで応募したら大賞を受賞してしまって(笑)。期待も何もしていなかったし、応募に対して誠意もなかった。そうしたら受賞してしまうんですから、そういうものなんですね。満を持して出しても一次も通らないし、期待しないとそうなる。もっと最初から自分の作風を『公募ガイド』を見ながら照らし合わせていけばよかったと思います。

――応募していた時期というのは、本は読んでいましたか。

平山:これは今も変わらないんですが、通勤時間と昼休みはほぼ読書。家では家でしかできないことを優先する、それはつまり原稿を書くこと。読書の時間はとりづらいんですが、電車に乗っている間は他に何もできませんし、昼休みも人とつるんで食べるということをしませんから。今考えてみると、高校生の昼休みにすぐ文庫本を開いていたように、今も昼休みになると本をかかえて席を立つ。やってることは同じですね(笑)。最初のうちは小説のネタ本が中心でした。楽しみのために読むことは減っていました。でも01年から03年くらい、デビュー直前の数年は自分でも行き詰まっていて、今まで書いてきたものと何か別の道はないかと思って、それでSFを読み始めました。それまでほとんど読んでいなかったんですが、SFが自分に向いているんじゃないかと考えたんですよね。その過程で出合ったのが、ル=グウィンの『ゲド戦記』です。びっくりしました。あれはファンタジーともいえますが、もっと子供向けの話かと思っていたら実際は大人向けで、いや、大人でこそ味わえるような話なんですね。特に老いたゲドが描かれるのには驚きました。ヒーローの老残の姿を描いたものってあっただろうか、って。それには賛否両論あるようですが、僕はあれがあってこそ『ゲド戦記』は完結すると思っています。ル=グウィンはSF作家というよりも、本質は純文学で、SF的道具立てはガジェットとして使っている人だと思うんですね。純文学系SFにすごく自分が反応することにも気付きました。スタフスワフ・レムとかシオドア・スタージョンとか。でも一番はル=グウィンですね。何を読んでもびっくりする。さきほど挙げた松浦理英子さんも奥泉光さんも、純文の中でSFよりのものを書いている。そういうのが面白いと思っていたんですね。今売れているものの中には、SFというジャンルじゃなくても、そういう要素が普通に入っていたりする。三崎亜記さんなんかもそうですよね。あれはほぼSFだと僕は思っているんですけれど。

――平山さんの作品もSFに分類されることがありますよね。

平山:現実原則的に反した内容のものばかり書いているとは限らないんですけれど。ただ、デビュー前の何年かはSFしか読まなかった。決めてしまうと極端なんですね。デビューした後は、自分自身がその世界に参入することになったのに、今の現役作家がどういうものを書いているのか知識がないなと思って、3年間ぐらいはいわゆる売れ線の日本作家の本ばかり読んでいました。ここ3年くらいはまた海外文学に戻っています。アゴタ・クリストフとか、あとイスラエルの作家、アハロン・アッペルフェルドの『バーデンハイム1939』がよかったですね。小さな避暑地での淡々とした日常が描かれる心象小説のような作品ですが、背後にナチスが迫り来ている。でもそれを直接表現していない。読み終わった後に背筋が冷たくなるんです。何も起きていないように見えて起きている、ということを分からせる書き方がすごくうまいと思いました。不条理なことが起きているわけでもないのに、カフカ的なものを感じさせる不思議な小説。最近読んだ中で、一番オススメです。

――本はどうやって選んでいるのですか。

平山:昔は本屋に行って文芸コーナーや海外小説のコーナーから適当に選んでいたんですが、今はネット書店を使うことも多いですね。アマゾンで「これを読んでいる人は、この作品も...」とオススメされますよね。あれは意外とハズレがないので、時々は買ってみます。『バーデンハイム1939』は、ミシェル・トゥルニエの『魔王』に興味を持って読んだ時、本に挟まれている投げ込み広告にあったんです。それであてずっぽうに買ってみたらすごくよかった。みすず書房だし、ある意味信用おけるかなとは思ったんですが、そういう風に適当に選ぶことも多いですね。

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