作家の読書道 第198回:久保寺健彦さん

7年ぶりの長篇『青少年のための小説入門』が話題となっている久保寺健彦さん。この新作小説にはさまざまな実在の名作が登場、久保寺さんご自身の読書遍歴も投影されているのでは? 聞けばやはり、幼い頃から本の虫だったようで――。

その1「同じ本を繰り返し読む子ども」 (1/6)

  • おおきなかぶ
  • 『おおきなかぶ』
    A.トルストイ,佐藤 忠良,内田 莉莎子
    福音館書店
    990円(税込)
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    久米正雄,しみじみ朗読文庫
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    菊池寛,しみじみ朗読文庫
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――久保寺さんの新作小説『青少年のための小説入門』はヤンキー青年と中学生の二人組が小説家を目指すお話で、小説を読むこと、書くことの楽しさに満ちた一冊です。作中には実在の名作がたくさん登場しますが、久保寺さんご自身が小さい頃からたくさん読まれていたのかな、と。一番古い読書の記憶というと何になりますか。

久保寺:たぶん、絵本の『おおきなかぶ』ですね。幼稚園の頃だったと思うんですけれど、あれがえらく好きで繰り返し読んでいました。でも、大人になって読み返したら、すごくあっさり抜けていてびっくりした憶えがありますね。

――大きなかぶを抜こうとしたら、おじいさんだけじゃ駄目で、おばあさんや孫、犬や猫まで連なって、一緒にかぶを抜こうとするんですよね。

久保寺:子どもの頃の印象だと、もっと、ずらーっと、世界規模で連なっているイメージだったんです(笑)。そうでもなかったので拍子抜けしました。たぶん、この絵本が憶えているなかでは一番古いかもしれません。小学校の低学年になると、「ひみつシリーズ」というのがあって。

――学研ですね。『宇宙のひみつ』とかあって、漫画でいろいろと解説してくれている。

久保寺:そうですそうです。あれをシリーズで揃えていたんですが、『からだのひみつ』が一番好きでした。あの本は小芝居的な物語が入っているんですよね。主人公の男の子が怪我したら血小板がわーっと傷口にやってきて、ばい菌と戦って死んじゃう奴が出てくる、とか。そういうところが好きで何度も読んでいました。子どもの頃はとにかく、同じ本を何度も繰り返し読んでいました。

――何度も繰り返せたということは、おうちにあった本ということですね。

久保寺:そうですね。僕は「鍵っ子」だったので、一人でいる時間がとにかく長く、そのせいか言えば本を買ってくれる家庭でした。たしかポプラ社と偕成社の、それぞれの子ども向けの日本文学全集みたいなものも家にあって。それで夏目漱石とか芥川龍之介とか太宰治を、これもまた繰り返して読んでいました。

――へえ。難しい言葉もありそうなのに、よく読めましたね。

久保寺:一応、読みやすいようにルビとかは振ってありました。で、よく憶えているのが、小5の時に作文か何かで「よこしまな」って書いたんです(笑)。担任の男性教師に「どこでこんな言葉を憶えたんだ」と言われ、「この本で」みたいな説明をして。そうしたら、「じゃあ、これ読んでみろ」って貸してくれたのが久米正雄の本でした。今ではかなりマイナーな作家ですよね。『学生時代』という短篇集だったんですけれど、読んだらまあ面白くて。その担任に感想を訊かれて話した記憶があります。

――全集の中で、この作家好きだな、と思う人はいましたか。

久保寺:当時は、なんかやたら菊池寛が好きでしたね。『半自叙伝』という自伝がすごく魅力的だったんです。彼って、文藝春秋の創設者じゃないですか。だから、実務能力がすごく高いんだけれど、作家としては二流だって自分のことを言うんです。自分はルックスもイケてないんだ、とも。同期の芥川に置いていかれているけれど、自分は違うところで頑張れているということを、客観的に、ドライに書いているんですよね。じめじめしていないメンタリティがいいなと思いました。これも何度も読んでいました。

――ああ、ウエットなものよりも、からっとしたもののほうが好きだったのでしょうか。

久保寺:たぶんそうでしょうね。どんよりした話を読むとどんよりした気分になるので。太宰治も、今ではすごい作家だと思いますが、小学生の頃は「走れメロス」もなんか胡散臭い、と思っていました。何か不穏なものを感じていたんですよね。細かく分析すれば文章からにじみ出る空々しさっていうか。

――「メロスは激怒した」で始まる、あの文章が、ですか。

久保寺:表面的な感じがしたんです。それに、全集の巻末に作家のプロフィールが載っているんですが、芥川や太宰のように自殺している人だと知ると、ちょっと身構えていましたね。この人自分で死を選んだんだ、とか。そういう先入観があったのかもしれません。

――おうかがいしていると、小さな頃から読書家だったようですね。

久保寺:本はすごく好きでした。親が共働きで兄弟もいなかったので、一人で過ごす時間が長かった。日曜日は、家族で居酒屋に行ったりしたんですよ。ハンバーグが出てくるわけじゃないし、両親は飲んでるから、子どもはつまらない。そういう時、必ず本を持っていっていました。うちの父方の祖父がアイヌの研究者だったんですが、よく隔世遺伝だって言われていましたね。自分でも、「おじいちゃんがああだから」みたいなことを意識していたかもしれないです。

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