第210回:町屋良平さん

作家の読書道 第210回:町屋良平さん

今年1月、ボクサーが主人公の『1R1分34秒』で芥川賞を受賞した町屋良平さん。少年時代から「自分は何か書くんじゃないか」と思っていたものの、実は、10代の頃はなかなか本の世界に入り込むことができなかったのだとか。そんな彼が、読書を楽しめるようになった経緯とは? スマホで執筆するなど独特の執筆スタイルにも意外な理由がありました。

その3「本が読めるようになった本」 (3/7)

  • 放課後の音符(キイノート) (新潮文庫)
  • 『放課後の音符(キイノート) (新潮文庫)』
    山田 詠美
    新潮社
    497円(税込)
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  • 冷静と情熱のあいだ Rosso (角川文庫)
  • 『冷静と情熱のあいだ Rosso (角川文庫)』
    江國 香織
    KADOKAWA
    562円(税込)
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  • ぼくは勉強ができない (新潮文庫)
  • 『ぼくは勉強ができない (新潮文庫)』
    山田 詠美
    新潮社
    464円(税込)
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  • 闇金ウシジマくん (46) (ビッグコミックス)
  • 『闇金ウシジマくん (46) (ビッグコミックス)』
    真鍋 昌平
    小学館
    638円(税込)
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――さて、高校時代はどのような本を読まれていたのですか。

町屋:高校時代は結構ブックオフとかに行っていたんです。それで山田詠美さんの『放課後の音符(キイノート)』を読んだ時に、「これなら読める」って。頭の中がそれでいっぱいになるぐらいの衝撃を受けて、それをきっかけに本が読めるようになったと言ってもいいくらいです。母親に山田詠美さんという人の本が面白かったという話をしたら、母親が会社の人から江國香織さんの文庫本をどっさり借りてきたんです。でもその時は読まなかったんですね。置いておいて。そうしたら、『冷静と情熱のあいだ』がむちゃくちゃ流行ったんです。

――江國香織さんと辻仁成さんが、一組の男女の女性側、男性側それぞれの視点から書いた恋愛小説ですね。

町屋:その江國さんのバージョンを高校の授業中とかに読んでいて(笑)。読んだ時はあまり何も思わなかったんです。でも、後で思い返した時に、あれめちゃめちゃ面白かったなって思ったんですよ。結構、いまだに本を読んでいる最中はよく分からなくて、後から思い返して「あれすごく面白かった」と気づくことがあります。その体験から、置きっぱなしになっていた江國さんの文庫とかを読んで、そのあたりから太宰治とか三島由紀夫が読めるようになってきたんですよね。わりと小説とか、文学的なものの原体験になっていると思います。

――『冷静と情熱のあいだ』以降に読んだ江國さん作品で面白かったものは。

町屋:いまだに読み返すんですけれど、『ホリー・ガーデン』が好きです。果歩と静枝という二人のねじれた友情と、二人の恋人たちとか、前の恋人への歪んだ執着とか。最初に読んだ時はたぶん、自分の知らない世界の話だからあんまりよく分かってなかったんだと思うんですけれど、分かってないなりに面白かったのがすごいなと。
あとがきで、江國さん自身が余分なものが好きでそういうものばっかりを書いたみたいなこと仰っていて、そうした余分な部分の繋がりがひとつの大きな小説になっていくところが面白かったです。30回以上読んでると思います。

――ちなみに山田詠美さんは『放課後の音符(キイノート)』以降、作家読みはされたのですか。

町屋:あ、読んでました。新刊が出たら読むという感じでしたね。自分がなかなか文学に入れなかったのはたぶん、本の中に違う風景があることを文字で認識するのがすごく苦手で、それに手間取っていたんだと思うんです。山田さんの『放課後の音符(キイノート)』や『僕は勉強ができない』とかは、自分と同じくらいの世代の心情をベースに、見知った風景のなか展開されている世界だったので、それでとても読みやすかったというのがありますね。
短篇集の『姫君』もすごく好きです。登場人物が格好いいんです。山田詠美さんや江國香織さんは基本的に能動的な哲学を持ったフロンティア・スピリットあふれている人たちを描いていて、特にこれは表題作の姫子や、「MENU」という短篇に顕著だったと思います。でも「姫君」に関しては、男性の摩周は受動的な哲学の持ち主で、それに衝撃を受けた思い出があります。姫子みたいな、姫的な奔放な女性と恋愛する男の人という感じで、言ってしまえばSとMみたいな関係なんですけれど、ある時その哲学というのが反転する瞬間がある。それって20歳足らずの自分からすると、めちゃめちゃドキドキしたんです。それと、『姫君』は、『闇金ウシジマくん』を描かれた真鍋昌平さんの表紙も格好よくて。あ、それと、高校時代は母の影響でエンターテインメント小説を結構読んでいたんですよ。母親がハードボイルドが好きで。

――へええ。どの作家さんたちでしょうか。

町屋:大沢在昌さん、桐野夏生さん、東野圭吾さん、宮部みゆきさんとか、ミステリー系の小説は読んでいました。とくに印象に残っていたのは大沢在昌さんの『心では重すぎる』っていう本で、これは最近突然読み返したくなって、再読したんですよ。むちゃくちゃ良かったですね。桐野夏生さんも『柔らかな頬』や『OUT』などを読み返してます。だから、エンターテインメント小説を読みながら、山田詠美さんと出会って、少しずつ日本文学的なものが読めるようになっていったという感じです。

――読めなかった太宰や三島が読めるようになったのは、トレーニングというかウォーミングアップができたから、という感覚なんでしょうかね。本好きな人でも、いきなりなんでもすらすら読めたわけではなくて、ある程度慣れが必要だったりするものですよね。

町屋:そうですね。自分はとくに慣れとか訓練みたいな助走期間が必要でした。慣れてしまってからはもう、本を読むことが当たり前になったんですけれど、そこに行くまでの苦しみがありました。読む順番も大事だなと思います。昔読んで駄目だったものでも、その後もう一回手に取ってみたら面白く読めたものが、自分の場合は多いので。

――太宰、三島はどの作品が好きですか。

町屋:太宰は結果的に「津軽」とかがすごく好きです。紀行的なものとか、どちらかというと体調が良さそうなものが好きです。太宰のその時々の情緒的な波ってまるごと結構好きなんですけれど、僕は、比較的元気そうな太宰治がわりと好きです。三島由紀夫も当時すごく好きで、内容はまったく憶えていないんですけれど繰り返し読んでいるんですよね。このへんになると時系列があやふやなんですけれど、いわゆる現代作家のものもわりと読めるようになってきて。当時から活躍していた村上春樹さんも読みましたし、人気の方の作品は結構。保坂和志さんとか町田康さんを読んで、インターネットなどを見ていると、いろんな好きな作家たちの系譜として古井由吉さんや小島信夫さんなどがいるのが分かってきて、それでふたりの小説を読んだりもして。大江健三郎さんも。その後で夏目漱石も読めるようになって、今すごく好きだと思う日本の近代小説の人というと夏目漱石なんです。

――それがいくつくらいの頃ですか。

町屋:高校を卒業して、20代、フリーターから会社員になったくらいですね。高校時代でもフリーター時代でも、本を読んでいる友達が全然いなくて、世の中のいわゆる読書家って知らなかったんですけれど、会社に入社した時に友達の本棚にブコウスキーとかフアン・ルルフォとか、海外文学がいっぱい刺さっているのを見て、「本当に本を読んでいる人が世の中にいるんだ!」って。その友達にブコウスキーとルルフォを借りて、海外小説も少しずつ読めるようになっていきました。最初、23歳くらいではまだ小学生時代の文学コンプレックスと近い感じで海外小説コンプレックスがあって、「こんな難しいの、どうせ誰も読んでないだろう。嘘だろう」とか思っていたんですが、友達が読んでいたから「やっぱり読めるものなんだ」と思えた部分が大きかった。その友達と出会わなかったら、危なかったです。

――読んでみたら面白かったんですか。

町屋:その時は背伸びしようとしたと思うんですけれど、読み始めたらすごく面白くて好きになりました。僕は大学に行かなかったんで、文学教育みたいなものとか、読書体験の共有をまったくしてこなかったんで、すごくカルチャーショックでした。

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