第216回:青山七恵さん

作家の読書道 第216回:青山七恵さん

大学在学中に書いて応募した『窓の灯』で文藝賞を受賞してデビュー、その2年後には『ひとり日和』で芥川賞を受賞。その後「かけら」で川端康成賞を受賞し、短篇から長篇までさまざまな作品を発表している青山七恵さん。衝撃を受けた作品、好きな作家について丁寧に語ってくださいました。

その7「小説家デビューした頃」 (7/9)

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――大学時代にいろいろ旅行はされたのですか。

青山:海外に5、6回くらいでしょうか。大学4年生のとき、初めての一人旅でアルバイトでお金を貯めてニューカレドニアに行きました。周りには「一人旅でニューカレドニアっておかしい」って言われましたが(笑)。

――ハネムーナーも多い、天国に一番近い島ですからね(笑)。

青山:そうなんですよ。勉強していたフランス語がどれくらい通じるか試してみたくて。

――フランス領ですものね。そして、卒業して就職してほどなくして受賞が決まったんですか。

青山:そうです。文藝賞の締切は3月だったので、大学4年生の春から『窓の灯』を1年かけて書きました。この4年間で見たり感じたりしたものを残しておきたいと思って始めたんですが、それをポストに投函した時点でものすごい達成感がありました。よし、私はここでやるべきことをやったぞ、と。すっかり頭は東京での新生活に切り替わっていたので、働き始めて4ヶ月後くらいに「文藝賞の候補になっている」と電話がかかってきた時には、夢の世界と現実が一瞬で入れ替わっちゃった感じがして、すごくびっくりしましたね。

――そして受賞が決まって。でも会社勤務は続けたんですよね。

青山:そうです。書きながら4年くらい働きました。

――ああ、デビューして2年後に「ひとり日和」で芥川賞受賞された時の記事に旅行会社に勤務とあったのを思い出しました。本当に、デビューしてからあっという間に芥川賞受賞されましたよね。

青山:思い出すのは、やっぱりここでも恐怖ですね。芥川賞発表の日は、会社を早退して河出書房新社の会議室で待たせてもらっていたのですが、待っているだけでもう怖い、早く済ませて帰りたい、と内心震え上がっていました。受賞の一報が来ると、記者会見場の東京會舘まで車で移動するんですが、会場に近づくにつれて外堀沿いの街灯の色がどんどん濃いオレンジ色になってきて、なんかもう、魔界に連れて行かれるような気がして(笑)。私、どうなっちゃうのかと、とにかく怖かったです。

――勝手に、青山さんには淡々と着実にやってらっしゃる印象がありました。

青山:そうでもないんです。デビューした時も、次を書かないとすぐに忘れられちゃうという焦りがありましたね。せっかく書くことの入り口に立たせてもらったんだから、はやく次を書かなきゃっていう気持ちがすごく強かった。芥川賞を受賞をした後も焦りましたが、できるだけ普段通りに会社に行って普通の生活をして書くということだけを考えていたので、それほど大きな変化はありませんでした。

――では、会社を辞めることを決めたきっかけは。

青山:そもそも旅行会社に就職したときから、5年間働いてお金を貯めたら、ワーキングホリデーか何かを使ってフランスに行くということを考えていました。ところが作家としてデビューできて、ある程度原稿の依頼もいただけるようになっていたので、このままずるずる会社員を続けていると結局機会を失ってしまいそうだなと思ったんです。

――そこまでフランスに憧れていたのはどうしてですか。サガンとの出合いは大きかったと思いますが。

青山:サガン以前に、フランス菓子のレシピ本が大好きだったんです。フランス菓子のお菓子教室で、ケーキをつくった後にみんなで『風車小屋だより』を原書で読む、みたいな光景に漠然と憧れていて......大学に入って、語学としてのフランス語に出合って、この言語の音にもすごく魅了されました。図書館の勉強にはそれほど興味を持てなかったのですが、フランス語の勉強にだけは熱意を燃やしてました。

――発音も難しいし、男性名詞女性名詞とか活用形など、複雑なイメージが......。

青山:若気の至りで、どうにかやりました。隣の大学からフランス人の留学生を見つけてきて、フランス語で書いた添削してもらったりとか。

――素晴らしい。それで、会社を辞めて。フランスのどこですか?

青山:3ヶ月だけですが、南仏のモンペリエというところで、私立の語学学校に通いました。楽しかったですね。フランス語はたいして進歩しませんでしたが、この調子で私はどうにかやっていける、と根拠のない自信が持てて、それでだいぶ気がすみました。

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