第216回:青山七恵さん

作家の読書道 第216回:青山七恵さん

大学在学中に書いて応募した『窓の灯』で文藝賞を受賞してデビュー、その2年後には『ひとり日和』で芥川賞を受賞。その後「かけら」で川端康成賞を受賞し、短篇から長篇までさまざまな作品を発表している青山七恵さん。衝撃を受けた作品、好きな作家について丁寧に語ってくださいました。

その9「完璧だと思った小説」 (9/9)

  • あなたの自伝、お書きします
  • 『あなたの自伝、お書きします』
    スパーク,ミュリエル,Spark,Muriel,政則, 木村
    河出書房新社
    2,640円(税込)
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  • パリの家
  • 『パリの家』
    エリザベス・ボウエン,太田 良子
    晶文社
    2,530円(税込)
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  • 氷 (ちくま文庫)
  • 『氷 (ちくま文庫)』
    アンナ カヴァン,Kavan,Anna,和子, 山田
    筑摩書房
    990円(税込)
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  • リラとわたし (ナポリの物語(1))
  • 『リラとわたし (ナポリの物語(1))』
    エレナ フェッランテ,Elena Ferrante,飯田 亮介
    早川書房
    2,310円(税込)
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  • 煙が目にしみる : 火葬場が教えてくれたこと
  • 『煙が目にしみる : 火葬場が教えてくれたこと』
    ケイトリン・ドーティ,池田真紀子
    国書刊行会
    2,640円(税込)
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  • 私が虫を食べるわけ
  • 『私が虫を食べるわけ』
    ダニエラ・マーティン,梶山あゆみ
    飛鳥新社
    1,486円(税込)
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――古典のほか、現代作家は吉田修一さんのほかにどういう方を読んできましたか?

青山:大道珠貴さんも大好きでした。大道さんの作品はもちろん扱っている内容も面白いんですけれど、とにかく文章が面白くて。もっともっとこの人の文章が読みたいっていう、身体的なレベルの渇望を感じるんです。特に作家に成り立ての頃に愛読していましたが、これがいわゆる、文体ってものなのかと圧倒されました。書かれていることも、人と人との名づけ難い関係とか、女性の身体のあり方とか、一筋縄でいかない内容ですごく惹かれるんですけれど、やっぱり文章自体の持つ魅力に強く惹かれます。

――大道さんといえば、『しょっぱいドライブ』とか。

青山:『しょっぱいドライブ』は完璧な小説だと思います。相性もあるのでしょうが、ここまで身体にしっくりくる文章っていうのがあるんだなあと感じました。

――そういえば話は変わりますが、少し前に、誰かの自伝を読んでいる話をされていましたよね......。

青山:それはベンヴェヌート・チェッリーニの自伝です。長いのでまだ読み切れていないのですが、ルネサンス期のイタリアを生きた彫金師の自伝なんです。自伝や評伝についての小説を書く心づもりがあったので読んでいたんです。

――ああ、自伝についての小説を。

青山:そもそも、イギリスの作家ミュリエル・スパークの『あなたの自伝、お書きします』という作品を読んだのがきっかけだったのですが、それは自伝の代筆を頼まれる女の子の話なんです。彼女が代筆する自伝というのはだいたい滅茶苦茶なんですけれど、これがあなたの自伝ですと差し出されると、不思議と依頼者はそれが自分の人生だと思っちゃうんですよね。「書く」ことにまつわるいかがわしさと、怖さと、マジックにあふれた作品なので、読んだあとは、すごく小説が書きたくなるんです(笑)。
 イギリスの作家では、エリザベス・ボウエンも好きです。最初に読んだのは『パリの家』でしたが、〈この奇怪に捩れた小説が気になってしかたがない〉という松浦理英子さんの帯に惹かれて手に取りました。イギリスから来た女の子がパリの家に一時的に預けられるという導入部なのですが、やっぱり私は『おちゃめなふたご』の記憶があるので、イギリス人の女の子というだけで反応してしまうんですね。この小説は一見、リアリズムで書かれた小説のようなのですが、急に回想が入り込んできたり、その過去から現在への呼びかけがあったりと、小説としての佇まいが何か不思議で心惹かれるんです。
 アンナ・カヴァンも好きですね。短篇集に収録されている「あざ」という作品が印象的です。『氷』という、原因不明ながらどんどん気温が下がっていって世界が氷に変わっていく、SFのような作品も夢中で読みました。

――本はどのように選んでいますか。

青山:新聞や文芸誌の書評は参考にします。読んで面白かったらその著者の他の本を読んでみるとか。読売新聞の読書委員になった時にはすごい量の本を読まなければいけなくて大変でしたが、いろんな作家を知ることができて楽しい2年間でした。委員会でたまたま手に取ったイタリアのエレナ・フェッランテの『リラとわたし』という、女の子2人の物語のシリーズは、「おちゃめなふたご」シリーズで女の子の友情物語が魂に染み付いている自分にはすごく響きました。
 それまでは小説ばかり読んでいましたが、面白いノンフィクションもたくさん読みました。ケイトリン・ドーティの『煙が目にしみる』はアメリカの葬儀業界に飛び込んだ若い女性の著書。亡くなった方をエンバーミングしたり、孤独死した人のところに行って遺体を回収したり、葬儀にまつわることを体験して書かれた本です。どう生き、どう死ぬかを考えざるをえない本で、書評には、「等身大の死を見つけたい」ということを書いた記憶があります。他にもダニエラ・マーティンの『私が虫を食べるわけ』という昆虫食についての本、生き別れになった双子の女の子が偶然インターネット経由で出会う「他人のふたご」という本もすごく面白かったですね。

――そういえば青山さん、一時期小説を書く際に、「裏世界文学」を設定されていましたよね。執筆の際にそれを意識して書かれた作品が。

青山:そうですね、『ハッチとマーロウ』は当然ブライトンの『おちゃめなふたご』、『めぐり糸』はブロンテの『嵐が丘』、『快楽』は大岡昇平の『武蔵野夫人』でした。今刊行目指して改稿中のものは、さきほど言ったように、『チェッリーニ自伝』と『あなたの自伝、お書きします』に刺激を受けていますね。

――現時点での最新刊となる『私の家』はご自身の実家の家がモデルですから、「裏世界文学」はないですよね。

青山:そうですね。小説のなかの家と私の実家は別の家ですが、だいたいの土地柄は生まれ育った町を思い出しながら書いていました。

――家というものを舞台に、そこに住む家族たちの姿が描かれる。同じ家に住んで仲は良いけど、それぞれ見ている方向が違うことが分かったり、過去の話も出てくるので時代によって家と家族のあり方が違うんだと実感させられたり。登場人物もみんな個性的で、いろんな読み方ができますよね。

青山:家について書こうと思ったのは連載が始まる1年くらい前でした。連載開始の直前から、ライター・イン・レジデンスのプログラムで2か月フランス西部のサン・ナゼールという街に行くことになっていたのですが、この滞在中に、小説全体の方向性が定まった気がします。

――あ、あれはフランスで書いたのですか。

青山:1話の改稿をして、2話、3話と書き進めていったのがサン・ナゼールにいた時です。
 その時、書くことを後押ししてくれたのがプルーストの『失われた時を求めて』でした。実はさきほどの、20代でちゃんと古典文学を読み通そうとしていた時期に、プルーストにもチャンレンジしていたんです。でもその時はしっくりこなくて、100ページもいかないうちに挫折してしまいました。以来、ちょっとしたトラウマのような状態になっていたのですが、ちょうどサン・ナゼール滞在のころ、仕事の関係で吉川一義先生による岩波文庫の新訳を読み始めたら、すっかり心を持っていかれちゃったんです。眠れない夜、主人公が今まで眠った部屋のことを思い出すという場面から始まるんですけれど、それがその時の、旅先で寄る辺ない感情にパッとはまったんですね。そこからはもう、小説の言葉がどんどん染み入ってきて、夢中になって読みました。『失われた時を求めて』は記憶についての小説ですが、家についての小説でもあると思うんです。田舎のコンブレーの家だとか、パリの家とか、おばあちゃんと一緒に行った海辺のホテルとか、いろんな家が記憶を作ったり、記憶に作られたりしている。そうして記憶の中でいろんな家が乱立している感じが、今自分が書こうとしていることと重なる気がして、心強かったです。
 それから、『失われた時を求めて』を読んでいて、自分がいかに飢餓状態にあったかということがわかりました。本をたくさん読んでいても、自分はすごく渇いていたんだということが。

――読んでいたけれど渇いていた、というのは。

青山:作家になってからの読書は、書評を書いたりする必要がなくても、最終的には何かしらのかたちでアウトプットをすることを前提に読んでいる気がしてしまうんです。自分のなかにある、書くシステムを動かすための、栄養補給をしている感じです。それはやっぱり、『おちゃめなふたご』を読んでいた頃の読書とは違いますよね。二度目のプルーストは仕事の必要性があって読み始めたというものの、途中からは『おちゃめなふたご』を読んでいたころの、ただ本が好き、という自分に戻った気がしていました。それは、書くシステムよりももっと根源的なところを満たしてくれる「読書」です。いまはプルーストを恩人のように感じています。

――普段はどのように生活していますか。執筆時間などは決まっていますか。

青山:どちらかというと夜型なんですけれど、執筆時間は決まってないですね。でも、加齢とともに集中力を保てる時間が少なくなっているように感じるので、「集中できそう」と思ったら、その予兆を取り逃がさないで、すぐに仕事に取り掛かれるような状態にしています。予兆がなかなか来てくれないときには、つい本を読んでしまいますね。

――そして今は、自伝についての話を改稿中、と。

青山:そうです。面白い話になると思うんですが、改稿中なので、まだ細かいことは言えないです(笑)。今年の秋ぐらいに出せればいいなと思っています。

(了)

  • おちゃめなふたご (ポプラポケット文庫 (412-1))
  • 『おちゃめなふたご (ポプラポケット文庫 (412-1))』
    エニド ブライトン,田村 セツコ,佐伯 紀美子
    ポプラ社
    627円(税込)
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  • 嵐が丘 (新潮文庫)
  • 『嵐が丘 (新潮文庫)』
    エミリー・ブロンテ,友季子, 鴻巣
    新潮社
    990円(税込)
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  • 失われた時を求めて(1)――スワン家のほうへI (岩波文庫)
  • 『失われた時を求めて(1)――スワン家のほうへI (岩波文庫)』
    プルースト,吉川 一義
    岩波書店
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