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石井 英和の<<書評>>
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「月魚」
評価:C
このような形の男と男の怪しい関係とか、その種の物語を書く女性作家がイメ−ジするところの「色っぽい男」の表現等は、もはやその種の小説や少女マンガで見慣れた、と言うか読み飽きてさえいるパタ−ンで、特にスリリングなものは感じない。で、定番の「傷ついた心」とか「込み入った人間関係」の物語が始まるのだが、それら一連のものが、ここでは古書店やその業界を舞台に展開されている。そこに新鮮味があるとも違和感があるとも言えようが、まあ、この種の物語のいろいろなバリェ−ションをこちらも読んできているので免疫ができており、そういうパタ−ンもありかと思いつつ読み流せてしまう。そして、それら作品群の中で、この小説が特に傑出したキラメキを感じさせるとも、私には思えないのだ。まあ、その種のものがお好きな方はどうぞ、ということで。
【角川書店】
三浦しをん
本体 1,800円
2001/5
ISBN-4048732889
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「長い腕」
評価:C
映画の世界では、もう当たり前に実写部分と組み合わせてコンピュ−タ−・グラフィックスが使われるようになっているが、その動作の具合を見ていると、どうも重みがないヒラヒラした動きばかりで、アニメの一種でしかないとの感が強い。この小説の手触りも、それに近いものがある。スト−リ−もあれこれ工夫は凝らしてあるが、軽く流れてゆくばかりで、あまり心に引っかかって来ない。登場人物も深みの感じられない、しかも同じような性格の者たちばかりだ。ただ雑多なものを詰め込んではしゃぎ廻る、著者の自己満足の姿勢ばかりが目についてしまう。また、前半で詳細に描かれるゲ−ムソフト制作現場の記述は、小説全体にとってどんな意味を持つのかが、よく分からず。いずれにせよコンピュ−タ−関連の話は、もう小説の風景としては見飽きたものになってしまった。
【角川書店】
川崎草志
本体 1,500円
2001/5
ISBN-4048732986
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「一の富」
評価:A
採点員を拝命する以前は無縁のものと感じていた時代小説だが、採点対象本の何冊かに接するうち、それが、手の内の知識を基に虚構世界を構築してみせる一種のSFであることを知り、一挙に親しいものとなった。この作品は、ソフトなファンタジィ系列にでも位置しようか。妙な表現ではあるが、読み進むうち、巨大な銭湯に浸かっている気分になって来た。著者の描き出す、江戸の庶民文化という心地よい浸かり具合の湯船の中で、ゆったりと寛ぐ気分に。壁に描かれた富士の絵は、良く見れば絢爛たる芝居絵である。作中で起こる事件は、物語の提示というよりは、構築された江戸世界で生きる人々に魂を吹き込み、その内から「人情」を醸し出すための装置として機能しているようだ。そして描かれる季節ごとの日差しの変化。ゆったりと流れ行く日々の移ろい。いい湯加減だ。
【角川春樹事務所】
松井今朝子
本体 1,800円
2001/5
ISBN-4894569256
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「黄金の島」
評価:A
読了後、残った印象は鮮烈なベトナムの人と風土、その「南の熱い鼓動」とでも言うべきものだった。別に「そこには日本人が忘れてしまった真実の人生がある」などと、間抜けなバックパッカ−本のような事を言うつもりはないが。そこは、今日の経済構造が全世界的に展開成熟する過程で振りまいていった幻想としての「欠落意識」を抱え込まされてしまった者が、熱い渇きに引き回される無限地獄なのだ。見てしまった夢なのだから、叶えずに解脱はない。そして、黄金の島は幻想にすぎないのだから、そこには絶対に至れない。が故に人は永遠に足掻く。そして「黄金の島」の住民たる我々日本人の見たバブルを代表とする繁栄の夢も、ベトナムの黄金幻想と相似形と著者は解く。我々の足元から競り上がってくる南の「熱さ」は、渇望と現実との落差のリアルさだ。我々の側の苛立ちは、それと変わらぬ渇望を抱え込まされながら、その落差が巧妙に隠蔽され、あるいはすり替えられている事実からやって来る。交錯する地獄の2つの階層が散らす火花が鮮烈だ。
【講談社】
真保裕一
本体 2,000円
2001/5
ISBN-4062106566
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「文壇挽歌物語」
評価:B
帯に「小説家が奇妙な存在であることを強く感じる」との吉村昭氏の言葉が記されているが、紹介される各エピソ−ドに、さほど奇矯な感じは受けない。なにしろ、普通のオッサンやオバハンが、とてつもない行動に走るご時世なんで。何のケレンもなしに淡々と出来事を述べて行く著者の筆致は、有能な実務家のメモ帳開陳の感がある。描かれているのは石原慎太郎の時代から五木寛之のデビュ−あたりまでだが、読んで行くうちに、これは確かに何らかの「青春」記なのだな、という気がしてきた。この時代には生きていて、が、今は失われてしまっている「何か」が、空気のなかに流れている。「文壇」なる言葉に何の思い入れもない、その定義も実はよく分からない私は、著者の感慨を共有するまでは行けなかったが。読み物としては、地味ながら興味深く、楽しめるものになっている。
【筑摩書房】
大村彦次郎
本体 2,900円
2001/5
ISBN-448082345X
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「新宿・夏の死」
評価:D
タイトル通り、アクション作家御用達の街としての「新宿」の今を象徴するような人物や事象を中心に据えた短編が集められている。立派な力量を感じさせる作品群なのだけれど、あまり面白みはない。この状況をテ−マにこの人がそれを書けばこうなるでしょう、という出来上がりの作品ばかりで意外性がなく、スリルが感じられないのだ。また、どれも、短編というより長編小説の一場面みたいな印象をうけた。それとは別の、いずれ書かれる長編の発端部となりそうなタイプの作品も2、3含まれる。こちらの方は、食べかけた料理を途中で下げられた感じで物足りない。「一場面」であったり「発端部」であったり・・・いずれにせよ、ついにどの作品からも、「短編小説独特の、短編であるが故の面白さ」を感じられなかった。結局、長編で本領を発揮する作家なのであろう。
【文藝春秋】
船戸与一
本体 1,905円
2001/5
ISBN-4163200207
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「赤い月」
評価:B
ドキュメンタリ−としては価値あるだろうが、小説の構成としてはどうか?と思われる部分もあれば、メロドラマ的に演出過多と感じる部分もある。それらが、優れた歌謡曲の作詞家たる著者ならではの、民衆の生活の底流を読み取る嗅覚のごときもの、「歌謡曲の魂」とでも名付けるべき「歌心」によって存在感を付与されている。結果、「国家」という巨大なものと「個々人の魂」という極めてパ−ソナルなものとが出会う瞬間が、鮮烈な血の流れるものとして描き出されて、希有な書となった。だからこそ、終盤に至って、著者が「論をなす」部分が生で出てくるのが、全体の流れを乱していて、残念だ。それは著者がせずにはおれない主張だったろうが、しかし、作品を成立せしめている「歌謡曲の肌触り」とは異質のものなのだ。また、最終章「夜咄」は、蛇足と感じた。
【新潮社】
なかにし礼
本体 各1,500円
2001/5
ISBN-4104451010
ISBN-4104451029
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「超・殺人事件」
評価:B
ミステリ−を様々な角度からおちょくってみせたパロディ集。例えば冒頭の「税金対策もの」は、必要経費を成立させるために書きかけの小説の内容を改変する羽目になる話だが、そんな事情説明は省いて、その小細工の結果、出来上がった小説のみを提示し、その歪み具合から裏事情を想像させて笑いを誘う形だったら凄かったろう、とか、「超理系」の話は、地の文をも疑似超理系の文章にした方が・・・などとあれこれ文句を付けつつ読んでいったのだが・・・軽く流した作品が多く、ちょっともったいなかったな、という気がしてきた。「超長編」に窺える「業界の風潮」への哄笑とか、「読書機械」における「本という装置に関する考察」などのテ−マ、風刺小説として真っ正面から取り組む価値があったと思うのだが。
【新潮社】
東野圭吾
本体 1,400円
2001/6
ISBN-410602649X
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「野性の正義」
評価:C
冒頭の数ペ−ジを読んだ段階では、「これは第1級の作品だな」との手触りを持ったのだが・・・スト−リ−運び、各登場人物の設定、巻き起こされる猟奇的事件、キビキビしたその語り口等々、どれもキリッと引き締まってこちらの興味をそらさない、見事な立ち上がりだった。闇の中で、鞭のようにしなう強靱な律動がずっと続いて行くような、妖しげな魅力にあふれる物語に思えた。が・・・法廷シ−ンが始まると、なんだか急に失速してしまうのだ。これは本来、登場人物たちが激しく動き回り、織りなしてゆくべき物語だったのだと信ずる。重箱の隅をほじくり合うような法廷での言い合いのシ−ンなど似合いではなかったし、組み込むべきではなかった。そして、どんでん返しのためのどんでん返し、とでも言うべき場面が繰り返される終幕も、なんだか興ざめ。期待したんだがなあ。
【早川書房】
フィリップ・マーゴリン
本体 2,000円
2001/6
ISBN-4152083514
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「ビューティフル・ボーイ」
評価:E
10ペ−ジほど読み進んだ時点でぼくはもう、この本に何も期待ができない、そんな気になってしまったんだ。なぜってその訳文が、あの「ライ麦畑でつかまえて」から「赤頭巾ちゃん気をつけて」に至る例の調子、そう、ぼくが今真似をしているこんな文体だったからさ。今更それはないんじゃないかなあ。「荒ぶる世の中を前に立ちすくむ、一人ナイーヴなこのぼく。でも、やさしさとしなやかさだけは失いたくないよね」かい?もうすっかりオジサンになってしまったぼくだけど、若い連中が、そんな事を言って勝手に悦に入ってる奴をどう呼ぶか知ってる。キショイって言うんだ、キショイってね。気色悪いって意味だよ、言うまでもないけど。そして、こんな微温的な世界でいい人ごっこをしていたら、確かにそう言われても仕方ないだろうなって、ぼくには思えるんだ。

【河出書房新社】
トニー・パーソンズ
本体 1,600円
2001/5
ISBN-4309203493
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