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山田 岳の<<書評>>
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Queen

「旅涯ての地」
評価:A
13世紀、マルコ・ポーロのころのイタリアに興味を抱く人は、そうはいてへん。け’ど、著者は、日本人の血をひく奴隷、夏桂を主人公にすることで、読者をあっというまに物語の世界にひきずりこんでしまいます。この夏桂、めっちゃ現代的なものの見方・考え方をしていて、彼のヴェネチアの町に対するおどろきは、たちまち読者のもんとなります。「聖杯」をめぐる冒険譚のおもしろさに上巻はあっという間。一転して、下巻には、物語りの形をとった「信仰への批評」が待ってた。クリスト教徒がクリスト教徒を火炙りにする「異端」問題。「信じることは、考えないことと同じではないのか」「優しい言葉は他人を騙し、自分も騙す」等、夏桂の言葉に、現代人の読者は「そうやそうや」と思いがち。け’ど、「危険をおかしてまで『異端』の教義を信じるのはなんでやの?」という大事な問題に、著者はこたえてへんのと違ゃうかな。
旅涯ての地 【角川文庫】
坂東眞砂子
本体 各571円
2001/6
ISBN-4041932068
ISBN-4041932068
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「Twelve Y.O.」
評価:D
男による、男のための、男のミステリー。理沙とか、夏生由梨というスーパー・ガールも登場するが、カバーガールみたいなもので、女性は共感するまい。江戸川乱歩賞選考委員も全員男なのか? 小林よしのりの言いそうな文言が、あちこちに、やたら散りばめられているのも気になる。これがアメリカを舞台にしたペンタゴン対CIAの戦いだったら、もっとお気楽に読めたのに。日米関係を対等なものにするためと称する、脱走自衛官VS自衛隊・沖縄駐留アメリカ軍の戦い。ミステリーがプロパガンダの道具に使われたかんじ。「開発途上で放棄された臨海副都心の夜はゴーストタウンも同然」と書かれてしまった、幕張臨海地区の人たちから不買運動がおこってもふしぎではない。
Twelve Y.O. 【講談社文庫 】
福井晴敏
本体 648円
2001/6
ISBN-4062731665
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「双頭の鷲」
評価:C
フランス中世の歴史に関心のある人やったら、ええねんけどな。『傭兵ピエール』の佐藤賢一やさかい期待したんどすえ。軽井沢の別荘で、ほかになーんも読む本がおへんような状況やったら、この本読ましてもろて、そのままうとうとお昼寝さしてもらうのも、よろしおすなあ。東京よりあ’つい京都にいてて、時間に追われて読まなあかんのんは、ちょっと堪忍しておくれやす。主人公ベルトラン・デュ・ゲクランが出てきはるのんが55ページ。それだけでも、長い長いお話とわかりますやろ。老後の楽しみにとっときます。
双頭の鷲 【新潮文庫】
佐藤賢一
本体 各781円
2001/7
ISBN-4101125317
ISBN-4101125325
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「小説中華そば「江ぐち」」
評価:B
京都のラーメンはな、「天一」こと天下一品に代表される「こってりラーメン」で、スープがどろどろに濁って麺が見えへんねんで、と思わず「ふるさとラーメン自慢」がしたなります。本書の魅力、その一。底本の原題「秘境としての近所」にあるように、近所のラーメン屋「江ぐち」の謎を、徹底的に追求してはることです。仲間うちで、ああでもない、こうでもない、と。店員への取材は、してまへん(笑)。その二。タカシさん、ワカ、ウチヤマ、ムタさんと、その仲間をイラストつきで紹介してはること。彼らとの会話がなかなか笑ける。さながら「江ぐち」をめぐる青春物語。その三。話が脱線すること。「ハリガミ館」こと化学成分無添加の石鹸屋さん、小学校のときにランドセル忘れて学校に行ってもうたこと等、字数かせぎやと、わかってても読んでしまいます。「匂(にお)ってごらん」言わはる正体不明のオバサンは、おそらくは、京都出身。本にまとめはっても、「江ぐち」には持っていけへん著者の小心者ぶりが、いちばん笑けます。
小説中華そば「江ぐち」 【新潮0H!文庫】
久住昌之
本体 486円
2001/6
ISBN-4102901027
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「バルタザールの遍歴」
評価:A
ヨーロッパの「あかんたれ」は、日米のんとは、ちと違ゃいました。美意識がある。け’ど、前半はおうじょうしました。ひとつのからだを共有する双子の兄弟が話しはんのやけど、バルタザールはんが話してるのか、メルヒオールはんが話してはるのんか、わからんようになってもうて、ああ、もう、どうでもよろし、と思うのもしばしば。君主制の崩壊とナチスの台頭のなか、酒で没落するオーストリア貴族。太宰治の叙情性を排して、没落貴族を描こ思うたら、やはり舞台はヨーロッパになりますのやろか。国を追われて、スイス、そしてアフリカ北部のハーウィアへ。ハーウィアの描写はベルトルリッチ監督の映画「シェルタリング・スカイ」を思い出させます。ここで終わらへんのが本書の魅力。アフリカで拷問を受けたことから、メルヒオールはんが幽体離脱。自分たちを没落させたもんへ、復讐の闘いをはじめはりますのや。船のうえの決闘は、ハンフリー・ボガードの映画を見ているようやった。
バルタザールの遍歴 【文春文庫】
佐藤亜紀
本体 600円
2001/6
ISBN-4167647028
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「ああ言えばこう食う」
評価:B
エッセイストいうのんは当世知的女性のあこがれの職業のようで、評者のような者のところにも時おり「どないしたらなれますやろか?」と相談しに来はる人がいてます。これからは「この本を読んでみ」言うことにしました。「これだけ自分の恥をさらけ出せますか?ここまで友だちの恥をさらして訴えられることおへんか?」言うて。そのくらいに、檀ふみはんの「永遠の清純派女優」的イメージが、読んでるあいだ、どんどん落ちていきます。そやのに、読み終わったら、もとにもどってますねん。ふしぎやわ、思うたら、巻末の鼎談で五木寛之センセが「読んだあとに何も残らない」「胃にもたれない」と絶賛してはります。そやさかい、じつに書評家泣かせの対話エッセイ集です。まあ、たまには、ええのんと違ゃいますか?素直に「おもろかった」言わしてもろても。
ああ言えばこう食う 【集英社文庫】
阿川佐和子・檀ふみ
本体 514円
2001/6
ISBN-4087473317
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「夜のフロスト」
評価:B
フロスト警部をはじめ登場人物のキャラがたってます。フロストはうだつのあがらない風貌で、笑えないギャグを連発しては周囲のヒンシュクを買いまくっている。1日に2回も容疑者を取り逃がし、殺人事件でしょっぴいた容疑者はよその管区の輸出たばこ強奪事件の犯人だったというおマヌケぶり。証拠品の輸出たばこをちょろまかし、担当刑事にも吸わせてしまうしたたかさ。こんなんで事件が解決できるのかとおもうのだが、流感で他の刑事はみんなダウンしているのだから仕方がない。と思いきや、文官に与えられる最高章のジョージ十字勲章をもっていたりする。こんな設定をしておいて次々と事件を引き起こしていく著者もかなりのくわせものと見た。はじめ部下のギルモア刑事の視点から書き始めて、フロスト、署長、被害者、容疑者とつぎつぎ視点を変えていく。それでいて物語が破綻しないのだからかなりの手だれ。イッキ読みするほどではないが、とちゅうでやめるのも惜しくなる困った一冊。
夜のフロスト 【創元推理文庫】
R・D・ウィングフィールド
本体 1300円
2001/6
ISBN-4488291031
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「赦されざる罪」
評価:A
646ページの大作をわずか3日間で読みきったとは、じぶんでも信じられへん。最初の130ページは全くのホームドラマ。け’ど、主人公のデッカー巡査部長(刑事)と彼の家族にとっては、妻の出産とそのあとの異常出血・緊急手術いうのんは大事件やねんな。おなじ病院でおこった赤ん坊の誘拐・看護婦の失踪事件。デッカーの捜査を大学生の娘が手伝いたがる、いうのんも、心温まる話やおまへんか。「犯人の方にも家族愛があった」という結末に、茶○さんは大泣きしはったんと違ゃうか?女性には、とっても身近で、翻訳もこなれて、読みやすい1冊。け’ど、膨大なストーリーにもかかわらず、タネあかしのページがあまりに短く、ご都合主義のかんじがせんこともないなあ。
赦されざる罪 【創元推理文庫】
フェイ・ケラーマン
本体 1260円
2001/6
ISBN-4488282091
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「エンデュアランス号漂流」
評価:A
43ページまでが死ぬほど退屈で、この本の面白さにたどり着くことなく、南氷洋の氷のなかにとじこめられてしまう読者がいったい何人でるのか心配になる。迷わず、第一部第三章から読もう。南極近くの海で遭難した船の乗員28人全員がたすかってしまう、信じられないお話。まず、南極探検に行くのに木造の船に乗っていくというのが信じられない。船が氷にとじこめられたまま、9ヶ月、けっこう快適に漂流していたというのも、にわかには信じがたい。船が氷の圧力でつぶされてしまったというのは、さもありなん。そのあと2ヶ月、犬ゾリで移動したあとまた3ヶ月、氷の上でキャンプをはったというのも信じられない。エレファント島への、サウスジョージア島へのボートでの航海で、波をもろにかぶっていながら、凍死する者がいないというのも信じられない。信じられないことのオン・パレード。扉のまえに、彼らの軌跡を記した地図がついているのだが、だんだん「あと何日したら助かるのか」と地図をひっきりなしに見る自分がいた。「陸だ!」「みんな無事か?」の言葉に、素直に感動しました。
エンデュアランス号漂流 【新潮文庫】
アルフレッド・ランシング
本体 781円
2001/7
ISBN-4102222219
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「クリスタル」
評価:A
何もすることのない夏休みが、この1冊を読むだけで充実したものになります。はじめは、その分厚さにたじろくかもしれへんけど、ページを追うごとに加速度がついていきます。映画のように短いカットを丁寧につみ重ねてはんのと、会話のシーンがめっちゃ多いさかい。細かいところはようわからへんでも、なんとのう勢いで読みとばしてしまいます。探偵小説のスタイルを借りたアウトロー小説。本を閉じてから、はたと、疑問が浮かびます。こないな結末でええのん? 依頼人の約束を果たしてへんのと違ゃうのん? と。それにしても、インターネットで犯人と接触できるとは、便利な世の中になったもんやね。
クリスタル 【ハヤカワ・ミステリ文庫】
アンドリュー・ヴァクス
本体 980円
2001/6
ISBN-4150796106
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