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今井 義男の<<書評>>

「娼年」
評価:A
百人百様の快楽があっても、なにも不思議ではない。正常とはいったいなんであるのか、誰のための正常なのか。夏のビーチで千人が正装している真中に一人水着で放り出されたとしたら? この場合、水着の方が自然な恰好であるが、冷静さを保つのはかなり難しい。物事の線引きは結局多数決なのだ。男娼となったリョウが規格外の女性たちを受け入れるさまこそ、我々が見失って久しい<正常な感情>に他ならない。自らを『神経が混線した』と分析するもう一人の男娼・アズマのつぶやきには、蒸留水のように不純物がない。その彼を異常と誰がいえるだろう。性の売買を肯定している部分を、硬直した社会通念で語るのはお門違いである。性を描いて淫靡に陥らず、生を描いて隠微に済まさぬ、ストレートな切り口が鮮やかである。無論、深読みなどせずともこの小説は楽しめる。
娼年 【集英社】
石田衣良
本体 1,400円
2001/7
ISBN-408775278X
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「センセイの鞄」
評価:A
なんでもかんでも自分に照らし合わせて考えるのはよくないとは思うが、このセンセイはえらい。私が辿るであろう末路とは完全に正反対である。老いてなお、女性に好かれるというのは並大抵ではない。知性、人柄、言葉遣い、生活態度と、どこを取っても非の打ち所がない。なんせ私の理想は死んだら身内が総出で赤飯を炊きかねないようなイヤな爺なのだ。いまさら方向転換はしにくいし、困ったことである。なぜに私が困らなければならぬのか。答えは簡単、ただただ羨ましいのである。やはり宗旨を変えるべきなのか。このように朴念仁の私が心乱すほど、ツキコさんとセンセイの恋は素敵である。地味な場面ひとつひとつに、大人だけが分かる滋味が隠されている。二人が肩を並べて酒を飲み、肴に箸をのばす場面はそこいら辺に転がっている情痴小説よりよほど官能的だ。
センセイの鞄 【平凡社】
川上弘美
本体 1,400円
2001/6
ISBN-4582829619
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「ため息の時間」
評価:AAA
恋愛は音楽でいうコードのようなものだ。相性が合ったときの心地よさといったらとても言葉ではいい表せない。いつの間にか、すっかり恋愛小説アレルギーを克服した私の乏しい読書経験では、女性の描く男に見るべきものが多かったように思う。唯川恵もそんな作家の一人である。『終の季節』ではリストラされ、妻と娘に愛想をつかされた男の無聊をかこつ姿が痛ましく、最後の携帯電話の会話では不覚にも落涙した。三十年ぶりに父と息子が会う『父が帰る日』もたまらない。なんで男はこんなに世話が焼けるのだ、まったく。予想外の収穫『分身』は<その気>で読んでいなかったのでとても驚いた。これは、どこぞのアンソロジーに収録されても遜色ない●●●●●●●●テーマの優れた変形である。唯川恵は<そっち方面>の才能にも長けている。詳しく説明できないので●●●マニアはとにかくお読み願いたい。といってもこれではなんのことかさっぱり分からないだろうな。
ため息の時間 【新潮社】
唯川恵
本体 1,400円
2001/6
ISBN-4104469017
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「薔薇窓」
評価:A
残酷な描写も、アクロバティックなトリックもなければ、派手なアクションシーンもない。それでいてこの厚みをじっくりと読ませるのだから、大した小説である。ていねいな人物描写と翻訳ものと見紛うばかりの時代考証が奥行きのある小説空間を形成している。馬車とガス灯から、自動車と電灯へと移りゆく時代のパリが舞台である。時代が時代であるから、話の流れもゆったりとして、ミステリであることをつい忘れそうになる。いや、なにも無理にミステリとして読む必要はない。精神科医ラセーグと東洋の美少女・音奴との<ボーイ・ミーツ・ガール>の行く末を見守っているだけで、わずらわしい世事からしばし逃れることができるのだ。御者ジェラールや《噴泉亭》のおかみ、下宿人たちとのやりとりも微笑ましい。<小説>を読み終えたという満足感にひたれること請け合いである。
薔薇窓 【新潮社】
帚木蓮生
本体 2,400円
2001/6
ISBN-4103314109
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「ルー=ガルー」
評価:B
近未来、管理社会、端末による個人の識別。いまや目新しくもなんともない設定だが、これらは完成されたスコアと捉えればよい。奏でる旋律は指揮者次第である。指揮者だけでは音楽にならない。優れた演奏者が必要だ。本書では個性的な少女たちがそれにあたる。京極作品の一番の魅力はなんといってもキャラクターの妙味にある。工学系にめっぽう強くやたら行動的な美緒、巫女のごとく霊性を帯びた雛子、非登録住民で拳法の達人麗猫、冷めた感情に秘密めいた翳りが垣間見える歩未、無気力だが友達思いの葉月。このメンバーならもっと面白くできたはずだ。実際のところ彼女たちがいなければ、この作品はただのC級冒険小説に過ぎない。好きな作家の一人でもあり、期待の大きさが裏目にでた感もある。アナクロな中年刑事の橡、喧嘩は弱いが性格はまんま木場修だ。ちなみに少女の順列は私の好みが基準である。
ルー=ガルー 【徳間書店】
京極夏彦
本体 1,800円
2001/6
ISBN-4198613648
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「インコは戻って きたか」
評価:C
そうか、女性誌の読者はファッションやリゾートやグルメにしか興味がないと編集者に思われているのか。もし本当なら、世の女性たちはそろそろ考えを改めるか、腹を立てるかしないといけない。だが、真に憂慮すべきは情報を発信する側がその程度の世界認識しか持ち合わせていないということである。このほとんど思考停止状態と思しき業界で、糊口を凌ぐベテラン女性編集者が取材で赴いたリゾート地で、思わぬ民族紛争に巻き込まれるわけだが、それにしても<思わぬ>というところがあきれる。我が国は情報が満ち溢れていて、その気になれば事前に大抵のことは調べられる。彼女はその努力を初手から放棄しているのだ。ほとほと能天気なことであるが、帰国後の彼女が変に目覚めたりしなかった点だけは評価できる。人間がそんなに簡単に変われたら誰も苦労はしないのである。
インコは戻ってきたか 【集英社】
篠田節子
本体 1,800円
2001/6
ISBN-4087745392
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「お鳥見女房」
評価:AA
代々御鳥見役を勤める矢島家で、二人の居候が出会い連作集の幕が開く。一人は妙齢の身ながら父の仇を追う多津、いま一人はその追われる当人の見るからにさえない中年脱藩浪人・源太夫である。人のよい矢島家の家族とこの訳ありの居候、プラス源太夫の可愛らしい子供たちが一つ屋根の下で暮らす大変に賑やかで面白いホームドラマである。食い意地の張った源太夫一家に目を細める珠世や娘の君枝、生真面目な二人の息子、珠世の父・久右衛門もそれぞれいい色合いを出している。恋や小さな事件をからめながら、全体にほのぼのとした作風の中に、御鳥見役の裏の任務で出立を命じられた当主・伴之助の消息や、多津の仇討ちの顛末など、興味の尽きない場面が随所に用意されていて、きりっと締まった時代小説に仕上がっている。大鷹狩のさなか、伴之助の苛酷な運命をさりげなく暗示した一節には、冷やりとした刃先を突きつけられたような緊張が走った。ところで続編は書かれるのだろうか。
お鳥見女房 【新潮社】
諸田玲子
本体 各1,600円
2001/6
ISBN-4104235040
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「夏の滴」
評価:E
前にも書いたが、私はホラーやミステリにリアリティなど不要だと思っている。嘘を嘘と感じる隙を与えなければそれでいいのである。従って、読んでいる最中に何度も違和感を覚えるような作品は失格と断定せざるを得ない。本書はなんと小学四年生の児童の視点で語られたホラーである。私は十歳の子供の日常をよく知らない。それを割り引いても、この小説はひっかかることが多すぎる。いかにも昨今の子供を象徴するアイテムを組み込んではいるが、それらは観察眼によって培われたものではなく、上っ面な情報を元にしたつぎはぎの産物としか思えない。さらに、致命的な欠点はストーリーそのものにある。ホラーに不可欠な要素は、読み手に得体の知れない不安を与えることである。本書にはそれが皆無だ。いっそ、主人公を含めた不愉快な子供の群像を主題にした方が、少しはナスティー・ホラーらしくなったことだろう。
夏の滴 【角川書店】
桐生祐狩
本体 1,500円
2001/6
ISBN-4048733095
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「ホワイト・ティース」
評価:D
宗教上のしきたりとか、その民族固有の習慣から生まれた価値観を、我々の尺度で量ることは不可能というより無意味である。シナゴーグやラビを知らなければユダヤのジョークを楽しめないのと同様に、コーランに縁がない人間には、ムスリムの悩みも喜びも伝わらないし、原理主義者が少々羽目を外したからといってさほど滑稽ではない。さて、ジャマイカとイギリスとバングラデシュとインドをシャッフルした結果、発生する不協和音が極東の読者にどれほどの効果を与えることができたのか。作者はそんなこと端から念頭にないのだろうが、少なくとも私は、この小説の面白さを理解するまでには至らなかった。ときおり、はっとする瞬間もあるにはあるのだが、インパクトはすぐに雲散霧消する。ことに後半の散らかりようは、あたかも当方の忍耐力を試すがごとくであった。
ホワイト・ティース 【新潮社】
ゼイディー・スミス
本体 各2,200円
2001/6
ISBN-4105900234
ISBN-4105900242
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「マンモス/反逆のシルヴァーへア」
評価:C
奇跡的に生き残ったマンモスのファミリーが辿る逃避行である。なにからの逃避かといえば滅びの足音であり、滅びをもたらすものは、いわずもがなの我ら人類である。いくら巨大だといっても、マンモスは鼻から高熱の放射能を吐いたりできないので、こすっからい罠や武器には勝てない。かくして一歩、また一歩と追い詰められていく。これはSFと銘打たれているが、動物小説だ。結末に関してはいまだしっくりこない。個体数がここまで減ってしまったら、早晩<そのとき>はやってくるのだ。まして、人間と野生の闘いに、安っぽい善意はそぐわない。ロボとブランカの物語から、子供なりに無常観を味わった身としては、ちょっと生ぬるい気がする。ただし、見ることのできないマンモスの詳しい生態を窺えるのだから、それはそれで価値ある小説だと、キルプークの腐葉土でつまった毛穴にかけて宣言できる。
マンモス/反逆のシルヴァーヘア 【早川書房】
スティーヴン・バクスター
本体 2,400円
2001/7
ISBN-4152083581
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