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石井 英和の<<書評>>

「娼年」
評価:E
どうやらこの作品の「売り」と見える、手を替え品を替え展開されるセックス綺談は、意味ありげでいて、実質、スポ根マンガにおける「魔球」の各種バリエ−ション開示と何も変わらない、という気がする。冷静に読めば、大リ−グボ−ル1号2号みたいで滑稽じゃないか。意味ありげでいて実はカラッポといえば、この種の作品においては、もはやお定まりの登場人物である「今日風ナイ−ブな青年像」もご同様。結局、雰囲気だけ、恰好だけのものでしょ?甘ったるいだけのム−ドミュ−ジックみたいなもので。その上、締めくくりが古臭い人情噺と来ては、評価のしようも無し。また、プラトンの話やクラシック好きの客を出すあたり、「時代の子」みたいに扱われている著者の内にある、カビの生えたような古臭い権威主義がうかがわれ、これもつまらない話だ。

娼年 【集英社】
石田衣良
本体 1,400円
2001/7
ISBN-408775278X
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「センセイの鞄」
評価:D
冒頭の数章を読んだ時点では、評価はAだったのだ。それが、読み進むうちBになりCになり、遂にはEまで下降した。平均を取ればこんなところか。始まりは、なかなか快適な読み心地だったのだ。春の夜の、朧ろ月を見上げながらのそぞろ歩きみたいな、ポヤンとした雰囲気が良かったし、人と人との間の置きかたも快かったし、主人公たちの飲む酒も肴も旨そうだった。が、話の進行とともに、その世界にそぐわない妙に生臭いものが物語の底から沸き上がってきて、雰囲気ぶち壊しとなってしまう。描かれた世界の裏に、それとは逆のベクトルの衝動が潜んでいるような違和感。自ら気付いてはいないだろうが、著者の感性と、作り上げた小説の作風とは、実は相反するものがあるのではないか?内面はドロドロなのに、精一杯「渋め」を気取る不自然さ。基本的な部分に無理があるのだ。
センセイの鞄 【平凡社】
川上弘美
本体 1,400円
2001/6
ISBN-4582829619
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「ため息の時間」
評価:B
そんな話は小説やテレビドラマで何万回も聞かされたぜ、といいたくなる冒頭の作や、援助交際にリストラと、恥ずかしくなる様な組み合わせの時事ネタの作品などが並ぶ前半部分を読み、困ったものだと思っていたのだが、奇妙なドタバタ劇「言い分」あたりから、がぜん面白くなってきた。恋愛小説、という触れ込みから外れて、いわゆる「奇妙な味の小説」の域に逸脱しはじめるのだ。例えば「濡れ羽色」のカラスの使い方が気持ち悪くて良い。「分身」の、あっちの世界まで行ってしまうラストが良い。しかし、あと書きを読むと、著者はこれらをあくまでも恋愛小説として書いたようだ。う−ん、本当に?例えば「バス・ストップ」を、こちらは人間そのものの奇怪さと受け止めるのだが、著者は恋愛の奇怪さとして書いた訳だ・・・
ため息の時間 【新潮社】
唯川恵
本体 1,400円
2001/6
ISBN-4104469017
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「薔薇窓」
評価:C
このような小説の帯に、「貴婦人スト−カ−」とか「猟奇犯罪の煉獄」などといった、えげつない惹句が記されてしまうのが、現実というものだろうな。これは、1900年、万博開催当時の風物を克明に描き出すことによって著者が行った、パリ讃歌、フランス文化讃歌なのだろう。あるいは、それに仮託して、著者の想定する理想郷を描こうと試み、人間讃歌を奏でようとしている。丁寧に書き込まれている作品であるし、上品な出来上がりとなっている。がしかし、残念ながら私は、著者のようにはフランスという国や文化に思い入れや崇拝する心がない。つい、「良い面ばかり見ていませんか?」と突っ込みたくなってしまうのだ。そもそもその豊穣は何を犠牲にして築かれたものなのか?なんて疑問が、つい湧いて出て、物語に酔おうとする気持ちを白けさせるのだ。
薔薇窓 【新潮社】
帚木蓮生
本体 2,400円
2001/6
ISBN-4103314109
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「ルー=ガルー」
評価:C
アイディア公募によって作り上げたという近未来の情景を描いているのだが、その情景自体、すでに古いような、見飽きたような感覚がある。私がコンピュ−タ−等が大活躍の小説を、すでに読み飽きているせいか。あまりにも舞台にされ過ぎ、弄ばれ過ぎて、来もしないうちに手垢の付いてしまった「近未来」は、今、最も取り扱いの危ぶまれる素材かと思う。しかも後半、著者本来の調子で物語が展開しはじめると、公募によって作り上げられた「近未来世界」は「ま、それはそれとして」と置き忘れられる。何のための公募?また、物語の90%は、座り込んだ登場人物たちの対話によってのみ成立する、「お座談小説」である。帯に記された「武侠」に相応しいアクション場面は、終わり近くの実質数ペ−ジのみ。期待した分、読んでいてフラストレ−ションが溜まった。
ルー=ガルー 【徳間書店】
京極夏彦
本体 1,800円
2001/6
ISBN-4198613648
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「インコは戻って きたか」
評価:C
冒頭、語られる「家庭を持ちつつ働く女の苦悩」は、もはや「正調・篠田節を謡う」の感あり。その後は全編にわたって、キプロスを巡る国際情勢に関するウンチクが、「という事なのだそうです」「実は・・・だったのです」といった、説明調の長台詞によって延々と開示される御座談小説。他に登場人物の身の上話やら、戦争絡みの様々な「論」の開示等々が、これも登場人物AとBが座り込んでの長台詞にて。それらを取り去った後に残る動画系の風景としては、「車であちこち回っているうちに危険な状況に巻き込まれてしまいました」といったところで、しかも「車であちこち」が話の四分の三強を占めるのだから、小説としての面白味は見つけ難い。そもそも、「女の側から書かれた冒険小説!」と著者が意気込んだ作品が、実質、ただ男に付いて歩くだけのスト−リ−とは悲しいよ。
インコは戻ってきたか 【集英社】
篠田節子
本体 1,800円
2001/6
ISBN-4087745392
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「お鳥見女房」
評価:D
ホ−ムドラマ系の時代小説とでも言うべきか。ひょんな事から大家族(しかも色々と訳あり)となってしまった下級武士一家の生活が語られて行くのだが・・・テレビ化されるとしたら、膳を囲んだ家族がワイワイやりながら食事をするシ−ンなどが毎回の見せ場となるのであろう。各話において、毎回、事件らしきものも起こりはするのだが、それらもそんな「家族の風景」の中を吹きすぎるそよ風、程度の重さしか持たない。著者の最大の関心事はドラマを演出するよりも、移り行く時を共に過ごしながら心を触れ合わせる大家族たちの、日々の有り様を描く事なのだろう。そんな訳で・・・ごめんなさい、私には退屈でたまらなかった。が、まあ、これを読んで心温まる方もおられるでしょう。
お鳥見女房 【新潮社】
諸田玲子
本体 各1,600円
2001/6
ISBN-4104235040
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「夏の滴」
評価:C
やや話を広げすぎたせいで焦点がぼけ、ホラ−よりもむしろSFの方向に物語がはみ出てしまい、その分、恐怖味が薄れてしまった。気色悪くはあるが、怖い、という性質の話ではない。また、終幕にいたっての、「これはどういう物語だったのか」に関する説明的な長話の連発にはウンザリさせられてしまった。さらに、その長話の中に、著者の「論」が生な形で混じり込むのも興ざめだ。エンタ−ティメントを読もうとして、生硬な演説を聞かされるのはやり切れない。違和感を呼ぶのは、主人公たちは小学生という設定なのだがとてもそうは思えないあたり。完全に「中身はオヤジ」が、小学生という設定を成立させるために無理やりランドセルを背負ってみせている感じだ。さらに言えば、メインのアイディアは昔、梶尾真司が小説化しているのだが・・・
夏の滴 【角川書店】
桐生祐狩
本体 1,500円
2001/6
ISBN-4048733095
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「ホワイト・ティース」
評価:A
帯に「21世紀のディケンズ!?」とあり、「!?」が、出版側の戸惑いを物語っている。この「!?」を翻訳すれば「ディケンズ・・・と思って読んでいただけませんかねえ。そうでもしないと、ちょっと辛いものがあるかも知れないんスけど」となるのではないかと思われるのだが、な−に、「せ−かいはみんなアホなのら−。たりらりらん」で良いんじゃないですか、先生がた!インテリのヒトは、コケンにかかわるだろうけど。かっての「日の沈まぬ帝国」に回ってきたツケとしての、様々な民族やら文化やらが入り乱れる、めったくた状態のロンドン。著者は、時間空間を自在に飛び回りながら、その混沌を奔放にぶった切り、世界のすべてを笑いのめす。この「笑い」の提示がなければ、よくある「状況を鋭く切る」なる、実は単なる写生屋で終わってしまったところだろうが。
ホワイト・ティース 【新潮社】
ゼイディー・スミス
本体 各2,200円
2001/6
ISBN-4105900234
ISBN-4105900242
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「マンモス/反逆のシルヴァーへア」
評価:B
マンモスという魅力的な「失われた生物」の冒険行を、動物自身の視点で語らせた物語。詳細に書き込まれたマンモスの生態に関する描写が素晴らしく、血の騒ぎを禁じえず。一方スト−リ−は、なんだこりゃ?の部分もありだが。また、マンモスたちの名が「シルバ−ヘア」等の英語名の片仮名書きであるあたりや、挿入される彼らの神話や独特の警句の類の漂わせるニュアンスが、映画等で描かれる出来合いの「アメリカ・インディアン」のイメ−ジを連想させるものであるのは、やや残念な気がした。せめてマンモスたちの名を漢字表記にでもすれば、ずいぶん違った印象になったのではないか。また、ことあるごとにマンモスたちの「精神性」が強調されつつ物語が展開してゆくのだが、それもまた人間の勝手な動物の擬人化の結果の妄想に過ぎないのであって、これはいかがなものか。
マンモス/反逆のシルヴァーヘア 【早川書房】
スティーヴン・バクスター
本体 2,400円
2001/7
ISBN-4152083581
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