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小園江 和之の<<書評>>

「娼年」
評価:B
主人公のリョウは二十歳の大学生で、バイト先のバーに友人の客としてやってきた中年女性と知りあい、実は彼女は女性をターゲットにしたコールボーイ倶楽部を経営していて…とまあ、ほほう、というお話でした。で、当然いろんなお客さんとの絡み場面が出てくるんですが、これが表現はけっこうきつめなのに妙にさらっとした感じでした。たぶんリョウの視点が相手の女性そのものに向いているのではなく、その向こう側にあるセックスというものの広がりと深さに向けられているせいじゃないかと思います。何のかのと言っても人間はセックスのために持ち時間の多くを費やしているわけで、そのややこしさを借り物ではない自分自身の目で見届けようとする主人公は、求道的ですらあります。それと七十代? の「手をにぎっただけで気をやれる」お客が出てくるんですが、こりゃちょっと凄いです。
娼年 【集英社】
石田衣良
本体 1,400円
2001/7
ISBN-408775278X
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「センセイの鞄」
評価:AAA
私にとって川上弘美は苦手な作家さんで、いつも挫折してましたんで、今回のもちょっと心配だったんですがまさかこうくるとは。三十七歳の独身OLツキコさんが、三十歳年上の元高校教師のセンセイに魅かれていくんですが、このセンセイが実にいいんですね。枯れているというのでもなく、彼女の気持ちに気付きながらも、漂然と微妙な間を取り続けている様子が面白い。当然ツキコさんは意地を焼いたり怒ったりするんですが、それでもやっぱりセンセイが好きでたまらない。その様子が淡々とした筆致で描かれていくんで、生臭さがない分その辺が不満だという方もいらっしゃるかもしれません。でもこのトーンだからこそラストに違和感がないとも言えましょう。凝縮された時間を共にできるなら、残り時間なんて関係ないし、幸せの深度は当事者にしか分からないですよね。だから、嬉しいあまりに涙が出ちゃうなんてこと、若い男女の話だったら「けっ」とか思うところですが、こういう組み合わせなら、あぁそういうのもあるよなあ、なんて考えちゃいました。ふやけた不倫・色恋ものとは一線を画す小説です。無意識にさがし続けてた相手と出会えることもあるって信じたくなります。
センセイの鞄 【平凡社】
川上弘美
本体 1,400円
2001/6
ISBN-4582829619
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「ため息の時間」
評価:A
九篇の短編からなる恋愛小説ですが、すべて男の視点から描かれており、これは以前から著者がやってみたかったスタイルとのことです。さて、それで登場する男たちのリアリティがどうかというところに大いに興味を引かれたのですが、まあそのなんとはなし、どの主人公もいまいち間抜けっぽいんでした。いくらなんでもここまで考え無しじゃあないぞ、なんてイキってはみたものの、まてよ、小説ゆえの強調がなされているだけで、おれにしたって実は五十歩百歩かもしれんなあ、なんぞと思い直したりしました。「口紅」では主人公の浮気相手の「女は男の気持ちがわからないんじゃなくて、わざとわからないようにしてあげてる」ちゅう台詞を読んで、ああ男はやっぱし女にはかなわんよなあ、と観念しちまいましたし。それと「僕の愛しい人」は一見荒唐無稽のようですが、こういう愛のかたちって実際にあっても不思議じゃないと思うんですよ。まあ実体験できるかどうかは別ですけどね。
ため息の時間 【新潮社】
唯川恵
本体 1,400円
2001/6
ISBN-4104469017
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「薔薇窓」
評価:C
舞台は100年前のパリで、主人公である独身の精神科医が連続外国人女性誘拐事件を解明していく話です、おしまい。これじゃ小学生の読書感想文よりひどいな。でも、そう言いたくなるほど展開がかったるいんですよ。パリの情景描写がてんこ盛りなんですが、行ったことはないし、さほど興味もないもんですから、ちっとも頭の中でイメージを結ばないんですね。でもそういう読み手のためにでしょうか、林という日本人古美術商やどっかから逃げ出してきて保護された謎の日本人少女がからむようになってるんで、なんとか挫折はまぬがれました。章分けが細かいのもよかったみたいです。それにしても長いわりにゃ、主人公にストーキングしてた貴婦人の始末が曖昧なままなのはどうして?
薔薇窓 【新潮社】
帚木蓮生
本体 2,400円
2001/6
ISBN-4103314109
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「ルー=ガルー」
評価:C
今から30年後の近未来社会で起きた、連続殺人事件の顛末が描かれているんですが、この社会設定について読者から設定を応募したってところがウリのひとつなんだそうです。読者からの応募を小説に反映させるってのは以前に筒井康隆さんが同様の試みをしていましたんで、本邦初ってことではないでしょう。で、読み味はどうかというと、その応募した設定の説明のために地の文がくど〜くなってしまって、読むのが辛かったんですね。士郎正宗さんの作品(功殻機動隊2、買いはぐっちゃいましたよう)みたいに欄外に設定に関する解説を配置するというコミック形態ならば、かったるさが軽減されたんでしょうけど。まあ、ラス前からの展開はクールな痛快さがあるんですが、それもなんかコミック的であります。最初からもうちょっとスピード感とノリの良さがあったらなあ、って思います。
ルー=ガルー 【徳間書店】
京極夏彦
本体 1,800円
2001/6
ISBN-4198613648
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「インコは戻って きたか」
評価:B
こっぱずかしくなるような帯のコピーです。冒険小説という言葉に期待し過ぎると外れですが、男女間のシンクロする部分とそうでない部分のあわいがさり気なく書かれていて悪い感じはしません。相手役のカメラマンが主役のように見えちゃいますが、そんなことはなくて、やはり主人公の女性の心情を投影させるための配役であります。このカメラマンてのが「達成感も終息感もなく繰り返されていく日常に対する倦怠」に耐えられず戦場に向かったそうなんですが、そんなら結婚なんかしなきゃいいんですよね。だって大多数のお父さんはその倦怠に耐えて日々を送ってるわけでしょ(ま、勇気がないとも言えますが)。それで、帰ってきたら娘がグレてた、なんて愚痴ったってしょうがないです。こういう人はさっさと離婚して、孤独に耐えながら人生を送らなきゃいけません。
インコは戻ってきたか 【集英社】
篠田節子
本体 1,800円
2001/6
ISBN-4087745392
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「お鳥見女房」
評価:C
将軍家の鷹の餌となる鳥の生息状況を調べる役職で、実は隠密行動もすることもある、「お鳥見役」。その一家に浪人(五人の子持ち)と彼を親の仇と狙う女剣士が同時に転がり込んで居候となる、って書くといくらなんでも無茶っぽいつかみですが、この一家のお内儀・珠世さんの天真爛漫さがそれを不自然と思わせない仕掛けです。この後一年間、居候同居状態が続く間にいろんなことが起こるわけですが、珠世さんはのんびり屋のようで、実は細やかな心遣いをする人ですし、居候している人達も不器用ながら相手の心情を思いやる。まあ要するに真っ直ぐな心根の持ち主ばっかしなんですね。でもそれが不満というのではなく、そこはかとない温かみを味わえばそれでいいのだと思います。
お鳥見女房 【新潮社】
諸田玲子
本体 各1,600円
2001/6
ISBN-4104235040
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「夏の滴」
評価:C
まず最初の十頁くらいで、読むのやめよかな、って思ったんですが気を取り直して先へ進むとまあまあ面白かったんでした。ただですね、八重垣さんという少女を除いて、ほかのクソガキ全員が胸くそ悪いっていうか、こんな奴等なら殺されてもしゃーないかなって思っちゃうんですよね。だから、主人公の少年が追いつめられても、全然はらはらしないもんで、わたしゃ自分が案外冷血漢なのかと思っちまいました。そんでまあ、筋立ての核である『秘薬』に関する考証というのがあんまりにも安易なんで、そのあたりも不満でしたね。それと江戸時代のやくざさんが「こんな研究」なんて言いますかいな。文句ばっかしみたいですが、この胸くそ悪い読後感が著者の意図ならば大したものです。 
夏の滴 【角川書店】
桐生祐狩
本体 1,500円
2001/6
ISBN-4048733095
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「ホワイト・ティース」
評価:E
ロンドンの下町育ちの心優しい優柔不断男アーチーとバングラデシュ出身の男サマードとの腐れ縁から始まる、互いの家族間に生じた関係に振り回され、あたふたと動き回る人々の行状がだらだらと書かれてありました。たしかにアーチーの言うところの「みんなが何となく仲良くいっしょに暮らせればいいのに」って言葉は、イギリス人である自分と移民であるサマードとの半世紀にもわたる友情に根ざしたものなのでしょうが、彼等以外の人々においてはそうもいかないところが辛そうです。善良な人達同士なのに、拠って立つ所の違いでうまくいかないのは何でだ? ってあたりが主題なんでしょうか。それにしても物語としてあまりにも退屈。しかも無駄に長いんで眠くて眠くて……。
ホワイト・ティース 【新潮社】
ゼイディー・スミス
本体 各2,200円
2001/6
ISBN-4105900234
ISBN-4105900242
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「マンモス/反逆のシルヴァーへア」
評価:B
現代に生き残ったマンモスの視点から描かれた冒険ファンタジー小説、ってことになるんでしょうか。でも生きて歩いているマンモスについての記録は無いはずですから、彼等の日常生活の描写はほとんど創作ってことになるわけで、それだけでも感心するというか呆れるというか。いくら優れた研究書が参考文献として存在していても、ここまで「見てきた」ように書くのは容易なことではありません。まるで『マンモスの暮らしの手帖』のようです(パクってすみません)。ストーリィ自体はそうそう目を剥くほどではないですが、随所にマンモス関連の伝説を折り込んだりしてあり、退屈ではありません。
マンモス/反逆のシルヴァーヘア 【早川書房】
スティーヴン・バクスター
本体 2,400円
2001/7
ISBN-4152083581
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