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佐久間 素子の<<書評>>
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時には懺悔を
時には懺悔を
【角川文庫】
打海文三
本体 590円
2001/9
ISBN-4043615019
評価:C
ミステリなんだってことが途中でどうでもよくなってしまう。いけすかないハードボイルド風の主人公・佐竹も、どんどん影がうすくなって、もう本当にどうだっていい。調査を通じて盗みぎきされる、重度の障害をもつ新と、さえない父親の生活を書くために、この小説は生まれたのだろう。そして、「みんなが、新に励まされてるんだ」という父親の言葉を書くために。この言葉をうすっぺらにしない迫力と優しさをもつ父子の生活の前では、佐竹の主義主張がかすむのも無理もない。もっとも、佐竹の情けなさがはがゆいのは、読み手もまた情けないからだ。新の人生を想像することで、この情けなさが少しは解消されるといいな、と思う。

鉄鼠の檻
鉄鼠の檻
【講談社文庫 】
京極夏彦
本体 1295円
2001/9
ISBN-4062732475
評価:A
私は京極堂シリーズの熱心な読者なので、今更という感じなのだが、それでも呆れるこのボリューム。この採点文を書くために、ばらばらめくっていたのだが、結局ひきこまれて丁寧に再読してしまった。そんな自分にも呆れる。それだけ面白いってことだ。独特の雰囲気、クセも愛嬌もある登場人物たち、妖怪というモチーフ、謎のとっちらかり具合のものすごさ、ありえない真相とおさまるはずのない事件に収集をつけてしまう拝み屋・京極堂の手腕、なぜかさわやかな読後感、どれをとっても魅力たっぷりなのである。このシリーズは毎回、途中で泣きそうになるくらい怖いのだが、本作のオカルト色は薄い。禅寺が舞台とあって、蘊蓄がいつもに増して難解だが、シリーズ中最もスマートともいえる構造を堪能するためにも、読み飛ばさずがんばってほしい。もちろん、本作だけでも楽しめるが、どうせ読むなら腹をくくって、シリーズのはじめから挑戦することをおすすめする。はまるよ。

『Shall we ダンス?』アメリカを行く
『Shall we ダンス?』アメリカを行く
【文春文庫】
周防正行
本体 638円
2001/9
ISBN-416765606X
評価:C
大ヒット邦画の『Shall we ダンス?』全米公開までのドキュメント。配給会社ミラマックスとの交渉は、ほとんど戦いだし、全米十八都市を回るキャンペーンは、大げさにいっちゃえば、異文化との遭遇だ。たかだか5年前の話だよ?しかもアメリカ。最初は笑える勘違いや偏見も、度重なると段々不気味になってくる。映画そのものが受け入れられていく様子に、本気で安心してしまった。邦画が珍しいもんだから、日本を背負って立つ映画というような理解をされてしまって、著者(監督)は何度もうんざりしているが、誇るだけの功績はあると思う。読み物としては、キャンペーン日記が長すぎて、ちょっとつらかった。悪口が下手なのも不愉快なようなほほえましいような。

笑うふたり
笑うふたり
【中央公論新社】
高田文夫
本体 667円
2001/9
ISBN-4122038928
評価:B
上方びいきというわけではないと思うのだが、対談相手の9人はビッグネームながらも、私のお笑い体験からすると、ちょっとなじみが薄い人選である。というわけで、特に期待もせず読み始めたのだが、とても気持ちのよい対談集であった。自分の好きでたまらない世界に、才能と努力をありったけかたむける姿を味わうのは気持ちいいもんだ。芸談の醍醐味だと思う。本書は芸談と言うほど、語り手に気負わせていないのだが、十分気持ちよい。それは、聞き手・高田文夫の、語り手への敬意と、好きで好きでたまらない笑いへの思いに寄るところが大きいのだろう。どの章も読みごたえがあるが、伊藤四朗と、谷啓の語りは必読(笑)。談志師匠のわかんなさ加減もある意味すごいぞ。

老人力
老人力
【ちくま文庫】
赤瀬川源平
本体 680円
2001/9
ISBN-4480036717
評価:D
何といっても流行語大賞。「老人力」という言葉自体は、新鮮でキャッチーでおもしろいなって思ってた。帯の「ますますパワーダウン。」も、かなりポイントが高い。どうでもいいことを、ひたすら真面目に考察するという姿勢も好きだ。で、何でDかっていうと、本体が全然おもしろくなかったのだ、これが。トマソンのときも路上観察学会のときも似たような思いを抱いたっけ。結局、半分くらい(単行本にして1冊目)で、読むのをやめた。若気のいたりということで許して下さい。挿し絵代わりの写真は楽しかった、念のため。

24時間
24時間
【講談社文庫】
グレッグ・アイルズ
本体 1086円
2001/9
ISBN-4062732440
評価:A
読み出したら止まらないジェットコースター本。ラストはちょっとあっけないものの、これだけ楽しませてもらえるのだ。文句をいうのは贅沢というものだろう。良くも悪くもハリウッド映画的なできばえなので、楽しむためだけに読んで正解。裕福な医者の家庭を狙う常習の誘拐犯。誘拐を成功させる秘訣は、家族を分断させ、翌朝には身代金を回収することにある。かくして、父ウィルは出張先のホテルで美女に軟禁され、五歳のアビーは少々足りない大男につれさられ、妻のカレンは家で主犯のヒッキーと一夜をすごすことになる。離ればなれにさせられて、限られた状況で、それでもあきらめない三人の姿に勇気づけられる。

神は銃弾
神は銃弾
【文春文庫】
ボストン・テラン
本体 829円
2001/9
ISBN-4167527855
評価:B
カルト教団に娘を誘拐された警官ボブが、元メンバーのケイスを相棒に追跡するという、シンプルなストーリーなのだが、ストーリーをおさえたところで、本書の雰囲気が伝えられるわけではない。想像以上にヘビーな小説。覚悟せよ。誰も都合よく救われたりしない。情けも容赦もない。徹底的に荒らされて、泣いて苦しんで、体も心も傷ついて、それでも走る。ひりひりするほど痛いのは、ボブの苦しみが、教団に与えられたものばかりではないからだ。やむをえず自らとった行動にも苦しむボブの姿にこそ、リアルを感じる。そして、それを見守るケイスの優しさとあきらめに、怒りと哀しみがわきおこる。読了後、ぐったり疲れた。読むにはエネルギーが必要である。

心の砕ける音
心の砕ける音
【文春文庫】
トマス・H・クック
本体 581円
2001/9
ISBN-4167527847
評価:C
どうも「謎めいた女」という設定が苦手なようだ。たいていは、どこが魅力的なんだかさっぱりわからないまま終わる。本書もまた「謎めいた女」がらみで、やっぱりヒロインは気にくわない。しかも、本書はミステリの顔をしているくせして、べたべたの恋愛小説(赤面)。読み終わって冷静になってみると、かなり陳腐なおはなしですらある。にもかかわらず、読んでいる最中は、かなりめろめろ。わからないものだ。過去と現在をいったりきたりするスタイルは、弟の死の真相はもちろん、兄の弟への思いさえ煙にまいて、実に読ませる。宿命の恋よりも切ない、おひさまのような弟と屈折気味の兄との関係にやられたか。ラストシーン、兄の平凡な一言が胸をうつ。

愛しき者はすべて去りゆく
愛しき者はすべて去りゆく
【角川文庫】
デニス・レヘイン
本体 952円
2001/9
ISBN-4042791042
評価:A
パトリック&アンジーの4作目。今回は幼児虐待がからむ。最近は題材としても多くて、何だか麻痺してしまいそうなのだが、エンターテイメントであっても、いや、あるからこそ、軽々しく扱って欲しくない。強くあるのは当たり前、優しいだけじゃ生ぬるい。彼らの繊細さに、はじめてハードボイルドの意義を見たね。関わった他人の事件に、これだけ傷つく主人公なら信用できる。それなのに、善と悪、理性と感情の交錯するラストで、パトリックの下す決断はあまりにも非情で泣ける。犯人を切って、返す刃でより深く傷ついて、みんなが不幸になって。あんまりだ。どうすんだ、5作目?

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