|
石井 英和の<<書評>> |
|
|
未確認家族
【新潮社】
戸梶圭太
本体 1,500円
2001/10
ISBN-4106027690 |
|
評価:A
今日の末世的な状況を象徴するような呆れ果てた性格設定の登場人物たちが、自ら招き寄せたグロテスクな破滅へ向かって転げ落ちて行く、救いも何もない話。なのに、読み進む事の、この妙な心地よさは何だろう?車をヤケクソで疾走させているような、捨て鉢な快感のトリコとなり、一気に読みおえてしまった。「悪い偶然の積み重ね」というドタバタ・コメディの手法を駆使した展開なのだが、提示されるのは哄笑の向こうの暗い絶望ばかり。それをこんな風に面白がってしまうのは、私も十分、今日風に病んでいることの証明なのだろうか。もし私が、もう少しマシな良心を持ち合わせていたら、「世界への呪詛ばかりで塗り固められた不愉快な作品である」とでもコメントしたのだろうか。などといっても、楽しんで読みおえてしまった今となっては、もう遅いのだが。 |
|
誘拐ラプソディー
【双葉社】
荻原浩
本体 2,000円
2001/10
ISBN-4575234249 |
|
評価:A
帯に、「不覚にも涙する」とか「しみじみ泣ける」とか書かれていたので、ネトネトした湿気の多い作品を読まされるのかと嫌な予感がしたのだが、クライム・ノベルというよりはシュチュエ−ション・コメディの定石を踏まえた軽快な作品だったので、救われた思い。いやむしろ、帯で謳われている「涙系」とは逆と呼びたいくらいの作品じゃないか。読む者の気をそらさぬ巧妙な筋立てといい、ハ−ドな現実を描いても決して重くならない筆運びといい、最後まで途切れない緊張感といい、所々に差し挟まれる適切なギャグといい、実にいい感じ。人間の下らなさや崇高さが、良質のエンタ−ティメントに編み上げられているのだ。にもかかわらずその作品が、「ぼろぼろ泣ける」なんてつまらない売り方をされてしまうのは、なんだか情けないなあ。 |
|
あかね空
【文藝春秋】
山本一力
本体 1,762円
2001/10
ISBN-416320430X |
|
評価:B
この作品、要するにお年寄り向きのトレンディドラマなのではあるまいか?良くできた作品だとは思う。時代物の人情噺の定石をピタリと押さえていて、心憎いほど。読後、この種のものにさほど興味のない私のような者の心の内にも、ある種ウエットな状態を喚起した。見事なものだな、と感心はさせられた。が、しかし、だからどうしたというのだ?この先に何が生まれる?との、非常にひねくれているかもしれない疑問もまた、心の底に沸いて来るのだ。泣かせる装置、感動させる装置、等々を要所要所に配置し、効果的に作動させる。そりゃ、人は泣くでしょう。けど、それって所詮、桐の箱に入った伝統芸能ではないのか?もちろん、「泣かせる」という方向のエンタ−ティメントもあり得ようが、どうも、読んでいて心が小さく小さくなって行くようで、面白くない。
|
|
おぅねぇすてぃ
【祥伝社】
宇江佐真理
本体 1,600円
2001/11
ISBN-4396632002 |
|
評価:D
この作品で著者は一体、何を描きたかったのだろう?明治初期に英語習得を志した男の青春の日々と、その恋の顛末を描いてはいるのだが、「志」は、初期のエピソ−ドをなぞっただけのしり切れとんぼで終わってしまい、スケッチ以上のものになっていない。恋の顛末に関しても、二人がそれぞれに抱える「都合」が、まるで響きあっていないし、そもそもこの二人が牽かれ合う理由もよく分からないので、その恋の行方にさっぱり興味が沸かないのだ。小説の末尾で著者は、明治の先人に比して今日の日本人の英語能力がウンヌンといった指摘をしているが、そのような演説を末尾に置く資格が生まれるほどの「英語関連人物伝」になっているであろうか、これは?まるで大河小説を書きおえたかのような口調が、なんだか笑える。 |
|
太閤の復活祭
【ハルキノベルス】
中見利男
本体 1,905円
2001/10
ISBN-4894562995 |
|
評価:D
「豊臣秀吉の辞世歌の謎の解読」をキイに、戦国を舞台にした陰謀の影は海外にまでおよび、さらに聖書の裏読みまでをも取り込み、ポンポンとテンポのよい語り口で奇想天外なスト−リ−が開示される。これで面白くならないはずがない・・・と思うのだが、読んでみたらさっぱり面白くなかったのは何故だろう。まず、スト−リ−の提示の仕方が「予告編」のそれなのだ。著者は大向こうに見栄を切り「これはすごい物語なのだぞ!」と宣言し宣言し宣言し・・・そればかりが延々と続く。「見せ場」ばかりで、ドラマの構造というものが見えてこないのだ。そして、最後に「すごい物語」の全貌が明かされてみれば、大山鳴動して鼠一匹というのか、たいして驚くような秘密が待っているわけでもない。自分の思いつきに酔った著者が自己満足の空騒ぎに終始した作品、といったところか。 |
|
曼荼羅道
【文藝春秋】
坂東眞砂子
本体 1,857円
2001/11
ISBN-4163205209 |
|
評価:D
自分を捨てて「帰国」してしまった「夫」を追い、マレ−半島から終戦直後の日本にやって来た「現地妻」、そして、山中深くに続く怪しげな曼荼羅道・・・なかなかに期待させられるオ−プニングだったのだが、読み進み、作品の全容が明らかになるにつれ、すっかり脱力させられてしまった。結局これは、著者自身の戦争やら女性を巡る問題やら、に関する生のままの見解の単なる絵解きを、恋愛絡みで脈絡なく並べ立てたに過ぎない話だ。意味ありげだった曼荼羅道も、それら各エピソ−ドを無理やりつなぎ合わせるための「安易な異次元」を提供する場でしかなかった。前半部と「山中の怪異」はさっぱり噛み合っていないし、幻想小説の看板を発想垂れ流しの免罪符に使われてはたまらない。また、終盤は、「出来合いの感動的らしき場面」の連発で、これにもがっかりさせられた。 |
|
パイロットフィッシュ
【角川書店】
大崎善生
本体 1,400円
2001/10
ISBN-4048733281 |
|
評価:E
まあ、公開オナニ−みたいなものですな。著者は、現実世界では「なに青臭いガキみたいな事言ってんのよ」と鼻も引っかけられない、そんなタイプのウンチクをあれこれ並べ立てる。スェ−デンのロックバンドの運命がどうの、バイカル湖がどうのこうの、と。そして小説内は、なにしろすべてが著者の自由になる妄想世界なので、その話に心を込めてあいずちを打ってくれる美しい女性などという現実にはありえないものをあしらうのも可能だ。著者は築き上げたその理想郷で、自己陶酔のかぎりをつくす。ああ、人生の断片を鋭く切り取ったよなあ。いい恋愛話を思いついたよなあ。ああ、このセリフ、カッコいいよなあ。言われた女は、たまんないだろうなあ・・・まあ、勝手にやっていてください。あなたの自己満足に付き合ってくれる奇特な人もいるでしょう、どこかにきっと。 |
|
ダーク・ムーン
【集英社】
馳星周
本体 1,900円
2001/11
ISBN-4087745589 |
|
評価:C
なにしろ辞書の厚みのある本であり、日頃から小説の異常な長大化現象に不満を抱いてきた私としては、もうそれだけで悪い印象を抱いてしまったのだ。つい、「帯には<闇が熱い街ヴァンク−バ−>とかあるけど、新宿の地名が横文字になっただけの話を延々と書いてるんじゃないのかぁ?」とか憎まれ口を叩きつつペ−ジを繰ってしまった。で、結果。カナダの地におけるアジア人社会の描写等、なかなか興味をそそられる部分もあったのだが、やはり、小説自体の長大化の中に、スリルは埋没してしまっていると感じた。もっと早い時間で走り抜けるべき物語だったろう。この厚みは、著者の思い入れの濃さに比例すると考えられるが、それをこそ切り捨てて疾走する著者を、私は見てみたい。この半分の長さにシェイプアップされていたら採点はB、いや、それ以上になったかも知れない。 |
|
キッチン・コンフィデンシャル
【新潮社】
アンソニ−・ボ−デイン
本体 1,600円
2001/10
ISBN-4105411012 |
|
評価:B
極彩色のエネルギ−の固まりが、ソ−スやら香辛料やらの匂いを振りまきつつ、駆け抜けて行った。シェフでもあり作家もある、二枚の草鞋をはいた著者ならではの、歯に衣着せぬ調理ワ−ルド報告だ。食通ぶりや芸術家気取りは、リアルな戦場たる調理の現場を生きる調理人たちのアナ−キィな哄笑の向こうにはじき飛ばされてしまう。描写は、常にマキシマム方向に針の振り切れた状態でなされ、この肉食性の躁状態は、ひ弱な日本人の胃袋や感性では、ついて行くのはかなりハ−ドと言えよう。かって小松左京は短編「凶暴な口」で、生物の本質を、何もかもを食いつくそうとする食欲と看破してみせた。ここで描かれているのは、そんな「口」たちの欲望の祭りに奉仕する神官たちの、浮世離れた痛快な冒険談。面白かった。食物の描写には空腹よりも胃もたれを感じたけど。
|
|
ボトムズ
【早川書房】
ジョー・R・ランズデール
本体 1,800円
2001/11
ISBN-415208376X |
|
評価:A
古い因習に閉ざされた、戦前のアメリカ南部で起こった連続猟奇殺人事件の顛末。丁寧に描写される当時の生活習慣などなかなかに興味深く、引き込まれてしまう。が、物語自体は、こちらの興味を煽情的に喚起するといった構造にはなっていない。連続殺人はむしろ、人々の生の相貌を明るみに引き出す使命を帯びて、古き南部の緩慢な時の流れの中に束の間現れるが如くだ。スト−リ−も、張られた伏線を追って行く構造と言うよりは因果物に近い。そのため、ミステリ−的な謎解きのカタルシスは弱いのだが、それはあまり問題ではないだろう。物語の背後に横たわるものは重く、また、各場面場面の一つ一つが心に残る。おそらく著者は、サスペンス小説というよりは、民話、あるいは神話の伝統にこそつながるような物語を紡ぎ出すことを意図したのではあるまいか。 |
戻る
|