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佐久間 素子の<<書評>>
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MISSING
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【双葉文庫】
本多孝好
本体 600円
2001/11
ISBN-4575508039
評価:A
どうしても、気になってしまう。村上春樹に似すぎている。本質がちがっていても、影響をうけていてもいなくても、ビッグネームに似ていると思われるのは圧倒的に不利だ。全速力で村上春樹から逃げた方がいいと思うな。特に5作目は、村上春樹が五反田くんを作ってしまった以上、アイデア的にも二番煎じにしか思えない。もったいない。だって、この短編集、すごくいいのだ。死にオチは反則だとか感傷的だとか、傷も見えるけれど、それを忘れるくらい中3作はいい。うまいのは、人間の醜さが一瞬にして愛しさに変わる『蝉の証』。好きなのは、切なさ爆発の『瑠璃』。なくしてしまった美しい日々は、どうしていつもこんな白い光に包まれているんだろうね。

凍樹
凍樹
【講談社文庫 】
斎藤純
本体 752円
2001/11
ISBN-4062733013
評価:C
中身はともかく、設定に拒絶反応。地方美術館学芸員の人妻・布結子(33才、美人)、音楽業界からしめだされた才能ある年下のジャズトランペッター・檀、自殺した彫刻家志望の恋人!かーっ、よくぞここまでおハイソなキャラを配したもんだ。これまた小洒落た小道具にもいちいち神経を逆なでされながら読みすすむと、これが、割とよかった(笑)。進行は布結子の視点。後半、モラルにおさえられた衝動が熱いが、むしろ檀に対して闇雲にひかれていく前半がいい。町でみかけた似姿に思わずあとをつける布結子の妄想が、陳腐ではずかしくて切実だ。純愛というには生々しい、片思いというのはたいてい妄想で、だからこそロマンが生まれるのである。

金のゆりかご
金のゆりかご
【集英社文庫】
北川歩実
本体 895円
2001/11
ISBN-4087473813
評価:B
新感覚ミステリーって何のこっちゃと思っていたけれど、これが意外とぴったりなコピーなのである。カリスマ学者の設立した幼児教育センターをめぐるうわさと謎。導入部だけ読むと、このままSFにいくか、ホラーにいくかといった趣で、ミステリに収束していくとはちょっと気づくまい。学者の私生児にして、かつての天才児である野上がセンターに入り込むあたりから、真相が気になって読むのがやめられない。どんでん返しにつぐどんでん返しのラストは圧巻なのだ。天才児基樹の「野上さん、ひょっとして、まだわかってないの?」にかちんときながら、必死でついていくと、うすら寒い幻想が見えてくる。おもしろかったー。満足。

椿山
椿山
【文春文庫】
乙川優三郎
本体 448円
2001/11
ISBN-4167141639
評価:B
収録されている4編はいずれも苦い。人生の修羅についての短編集といってもいいすぎではないくらいだ。人間はこんなに弱くて醜いのに、世界はこんなに美しい。視覚に直接うったえてくるので涙腺がやばい。例えば、『花の顔』。武家の体面を気にする厳しいばかりの姑が痴呆になり、さとは家の中で二人きり追いつめられていく。戸惑い、ヒステリーをおこし、よれよれに疲れて、殺意をいだいた夜、さとはその情景を見る。壮絶な美しさが迫力だ。例えば、表題作『椿山』。以前課題に取り上げられた『喜知次』によく似たテイストだが、個人的にはこちらの短編の方が容赦がなくて好き。汚れた主人公が最期に回想する情景のまぶしさに目がくらむ。

恋を数えて
恋を数えて
【角川文庫】
佐藤正午
本体 419円
2001/11
ISBN-4043593023
評価:D
「幸せになりたい!」気持ちの「幸せ」には、他人との比較を前提とした浅ましさがある気がして、口に出すのに躊躇する。他人をうらやむことのない精神に、幸せという概念は必要ないとも思う。そんな私でも、ヒロイン秋子の幸せに対する無頓着ぶりにはちょっと違和感がある。どうもうさんくさいんだよね。そして、女おんなした一人称のせいか、どんなにドライな感情をえがいても湿度たっぷりなのが気に障る。薄幸のヒロインといえば、4コマ漫画『自虐の詩』(←超名作)の幸江さんにつきるが、彼女が到達する「幸や不幸はもういい」という境地を、秋子は理解するだろうか。寂しさには鈍感な方が楽だけれど、そこからはどこにも進めないって。

三文役者のニッポン日記
三文役者のニッポン日記
【ちくま文庫】
殿山泰司
本体 880円
2001/11
ISBN-4480036806
評価:C
単行本の出版は1967年である。旅行記はともかく、30年以上前の時事エッセイがこうして文庫化されることにまず驚く。それが現役で通用してしまうということにも。日本がまったく進歩していないという情けない事実もあるけれど、殿山泰司という人間がぐらぐらしていないのがやっぱり大きい。タイちゃんの文章は社会を変えたりしないけど、30年先のこんな時代にもそのココロがちゃんと届いてる。軸はしっかりしているのに、フットワークが軽くて、偽悪をきどるのは照れくさいからで、でもやっぱり悪いところもあって、飄々としていて。そういう性格が似合う人なんて、あんまりいなくなっちゃったよ。

曇りなき正義
曇りなき正義
【ハヤカワ文庫】
ジョージ・ペレケーノス
本体 940円
2001/11
ISBN-4151706577
評価:B
立ち小便をしていた白人、に銃をつきつけた黒人警官、を射殺した白人警官テリー、の事件を調査する黒人探偵デレク。おわかりのように、人種問題というテーマが最初から最後まで鳴っているのである。差別意識をかくさないバカは問題外として、わかってるんだけど差別しちゃう心をもつ「普通」の人のやばさが、じわじわきいてくる。だから、テリーにはらはらさせられる。だって、彼を笑えるほど正しい人なんている?皮肉なタイトルが胸に痛い一冊。主人公デレクが50代ということもあってか、大人なのが自然体で、ハードボイルドくささはあまりない。訳も読みやすい。アンチ・ハードボイルドファンは、裏表紙のトホホな解題にだまされぬよう。

偶然の音楽
偶然の音楽
【新潮文庫】
ポール・オースター
本体 590円
2001/12
ISBN-4102451064
評価:B
突然転がり込んだ遺産を使って放浪するナッシュの前に現れた博打の天才ポッツィ。大儲けをたくらむ二人は大富豪との賭に負けて、野原に壁を作る作業にとらわれる。奇妙な物語はそれだけでおもしろいのだが、すべてが寓話のように見えて想像力が刺激される。どのエピソードも、言葉も、考えも、なにかに似ているのに思い出せなくて、物語のすきまにおっこちると、そのまま本の存在を忘れて空想にふけってしまう。決してきもちのいい物語ではないのに。満たされないナッシュが不思議に安定していく、無意味な肉体労働の日々は、皮肉にも明るくて自由すら見えてくる。それがただの幻想なのは、ラストで明らかになるけれど、だからって自由の意味なんてわかりゃしないのだ。

娘たちのための狩りと釣りの手引き
娘たちのための狩りと釣りの手引き
【village books】
メリッサ・バンク
本体 700円
2001/11
ISBN-4789717682
評価:A
タイトルの意味は「男ゲット法」ってところ。でも、パッケージから予想されるほど軽い本じゃない。7つの話からなる連作集で、主にジェーンという女性の14才から30代をえがく。恋愛の話ばかりなのに、そこからうかびあがってくるのは孤独に他ならない。倍以上年上のアーチーとの日々をえがいた『わたしの恋人』『郊外に住む〜』は特に絶品。ひとりでいるのは寂しいけれど、二人でいるのはもっと寂しい、そうした日々は絶望的に優しく映る。時にはユーモアさえも、そう、こんなに寂しいのだ。ラストに配された表題作のみが脳天気な感じで毛色がちがう。めでたしめでたしで終わりってとこですかね。まあ、読後感は明るくなるけれど、賛否両論だと思う。

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