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山田 岳の<<書評>>
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始祖鳥記
始祖鳥記
【小学館文庫】
飯嶋和一
定価 730円(税込)
2002/12
ISBN-4094033114
評価:AAA
 「空飛ぶ幸吉」の物語は子どものころ、日生劇場で見た。アポロ11号が月面に着陸した時代で、日本の偉大な先駆者として幸吉の挑戦と挫折が描かれていた。本書ではそれは第一部にすぎない。人はみずからの衝動につきうごかされて、他人には正気の沙汰とは思えぬことをはじめるが、そのことから周囲に投げかけられた波紋は当人には思いもよらぬものだったりする。今でいうハンググライダ―の趣味でしかなかった幸吉の飛行が、世直しをもとめる岡山の人々の空気を増幅した。それは幕府勘定方公認の下り塩問屋に煮え湯を飲まされてきた行徳の地塩問屋の伊兵衛をも動かし、伊兵衛の働きは周囲を動かした。思わぬ展開にびっくりした幸吉は、一度は過去を封印し駿府で商人となった。ところが町名主に凧揚げをたのまれたことから目覚め、ふたたび空に挑戦しはじめる。今度は飛ぶこと自体が人々の共感を生んでいく。重力の束縛から逃れたい。幸吉の衝動は、会社や家庭などのしがらみにがんじがらめになっているお父さんたちの心を激しく揺さぶることだろう。バスで読んでいて、夢中なあまり乗り過ごしてしまった(^-^;)

動機
動機
【文春文庫】
横山秀夫
定価 500円(税込)
2002/11
ISBN-4167659026
評価:A
 4つの小編に共通するテーマは「魔がさした瞬間」。警察署から大量に盗まれた警察手帳、借り物のベンツを運転したばかりに殺人を犯したサラリーマンなど、事件物のスタイルをとってはいるが、ふつうの人に「魔がさす」心の瞬間をリアルに描ききった点では純文学と言ってもいいだろう。公判中に居眠りをしてしまった裁判官とその妻、それぞれの心の闇を描いた「密室の人」にはAAAをつけたくなるほど<ぞっ>とした。夫は妻を愛しているつもりなのに、妻は愛されているとは感じない。日本中のお父さんの心を寒からしめるだろう。

てのひらの闇
てのひらの闇
【文春文庫】
藤原伊織
定価 620円(税込)
2002/11
ISBN-4167614022
評価:A
 広告業界の裏話をつづった導入部は<つかみ>としては最高。CMディレクターから宣伝課長になった主人公の素性を小出しにしながら<事件>の輪郭をたどっていく展開も、小またの切れ上がったいい女とのからみも、憎いほどうまい! 過去に封印したはずのものにつき動かされる主人公というのは北方謙三でおなじみの主題だが、リストラの吹き荒れるサラリーマン世界の描写が物語りに奥行きとリアリティを与えている。

黄泉がえり
黄泉がえり
【新潮文庫】
梶尾真治
定価 660円(税込)
2002/11
ISBN-410149004X
評価:A
 死者が次々と生き返るというミステリーSF。おどろおどろしさはなく、むしろすがすがしいのは舞台が熊本市だからか。よみがえった死者たちが残された者たちのわだかまりを消していくからか。そういえばユング心理学でも死と再生がテーマになっていたな。よみがえった伝説の歌手マーチン(マーちん?)がクライマックスで新たな伝説を生んでいく、ドラマチックな描写がすばらしい。

コールドスリープ
コールドスリープ
【角川ホラー文庫】
飯田譲治・梓河人
定価 630円(税込)
2002/11
ISBN-404349307X
評価:B-
 なんだか軽薄なタッチのSFがいつのまにかズレていき、最後にクスリと笑わせる展開の表題作。駄作か秀作かぎりぎりのところで勝負している一種のニッチ(すきま)小説。かと思えば「破壊する男」では、人間のうつくしい部分だけをすくって生きてきたようなヒロインに、人間のおぞましさをつきつけていくあたり、地球の裏側で筒井康隆とつながっている感じもする。

立腹帖
立腹帖
【ちくま文庫】
内田百間
定価 1,050円(税込)
2002/11
ISBN-4480037624
評価:B
 名文!声に出して読みたい日本語とは、このことだ。あわせて元祖鉄道オタク、全開(爆)!「昔は汽車の窓から顔を出していても怪我はしなかった。(略)東海道を殆ど初め(神戸)から終り(新橋)まで窓の外に首を出したままで上って来た。」子どものように無邪気なヒャッケン先生の姿が目に浮かぶ。

青い虚空
青い虚空
【文春文庫】
ジェフリー・ディーヴァー
定価 870円(税込)
2002/11
ISBN-4167661101
評価:AAA
 過去を消して理想の経歴を創作したい。人は時としてそんな衝動に駆られる。これまではそんなことができるはずもなかったが、すべての個人情報がデジタルファイルされるようになったらどうか。戸籍を改ざんし、学校の成績表を改ざんする。ハッカーならば不可能ではない時代になるのではないか。著者はそのことに着目した。架空の経歴を持つハッカーが現実の世界までもバーチャル・リアリティのゲームにしてしまった犯罪小説。犯人逮捕に挑むのは、やはり犯罪をおかして収監されていたハッカ−。ネット上のアクセスルートの逆探知など、表現不可能とおもわれることを書いてしまった著者の力量にも舌を巻くが、なにより小説自体がひとつのRPG(ロール・プレーイング・ゲーム)のようだ。

イリーガル・エイリアン
イリーガル・エイリアン
【ハヤカワ文庫SF】
ロバート・J・ソウヤー
定価 987円(税込)
2002/10
ISBN-4150114188
評価:A
 「不法入国者(イリーガル・エイリアン)」という法律用語を言葉本来の「法を犯した異星人」として、裁判はどのように展開されるか検証したところからこの小説は生まれたようだ。舞台は近未来というより、ほとんど現代。エイリアンの姿は表紙に描かれているから、SFが苦手な人でもすらすら読めてしまう。O.J.シンプソン裁判の結果に著者は不満をおぼえているようで、やたら皮肉っぽく引用されているのも興味深い。そして裁判は思わぬ結末を迎える!最後に別のエイリアンが飛来するのは、苦笑をさそうオマケ。

弁護人
弁護人
【講談社文庫】
スティーヴ・マルティニ
定価 (各)900円(税込)
2002/11
ISBN-4062736039
ISBN-4062736047
評価:A
 最後まで読みきってから批評を書いていることを後悔している。二転三転する法廷の展開はスリリングなのだが、結末が「え!? そうだったの!」と、あまりにも強烈だったからだ(人によっては唐突ととるかも)。孫娘を娘から取り返して欲しいと主人公マドリアニ弁護士に依頼した老人が殺人事件で逮捕された。(これだけでもややこしい話とわかるのでは)。被害者は、娘が孫娘を誘拐するのを助けた、と見られていた。老人は、孫娘かわいさのあまり、被害者を「殺してやる」と口走っていた。そして現場から老人が吸っているものと同じ銘柄の葉巻が発見されていた。肝心の「犯行に使われた銃」が発見されていない時点での起訴は、日本の常識では、どう考えても公判を維持するのに無理がある。それをライアン検事はぐいぐいと<有罪>に追い詰めていく。マドリアニは老人の弁護をひきうけるが、はたして巻き返しは可能となるのだろうか。続きは読んでのおたのしみ。

ダークホルムの闇の君
ダークホルムの闇の君
【創元推理文庫】
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
定価 1,029円(税込)
2002/10
ISBN-4488572030
評価:B-
 アメリカ経済のグローバリズムはおとぎの国まで侵食をはじめたようだ。魔法世界ダークホルムは観光客の受け入れで「蛍光灯をつけるな、古めかしくしろ」とすったもんだの連続。魔法の手違いで呼び出されてしまった魔物にも「近頃は小物ばかりになった」とあきれられる始末。財政的にもひっぱくしているダークホルムを救うのは・・・って展開だったはずが、はちゃめちゃどたばたの連続で何がなんだか(^-^;)。読み終わった瞬間にストーリーも、魔法のように、評者の頭の中から消えてしまった。

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