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山崎 雅人の<<書評>> |
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世界の果ての庭
【新潮社】
西崎憲
定価 1,365円(税込)
2002/12
ISBN-4104572012 |
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評価:C
三十代後半の作家リコと、日本文学の研究者スマイスが出会い、若くなる病気にかかった母が訪ねてきた?二人がデートしていると江戸の人斬りの話になり、小説に想いをめぐらせることになった?さらには、脱走した祖父が奇妙な空間に迷い込んだ物語?
本書は、とてつもなく速いテンポで物語が編み込まれた、凝った作りになっている。複数の短編が次から次へと縦横無尽に紙面へ顔をだし、頁をめくるたびに違った話を楽しむことができる。しかし、別々の新聞小説を併読しているような感触で、仕掛けは面白いが、構成の意図がいまひとつ掴みきれなかった。
読中はものたりない感覚につきまとわれていた。個々の話題の微妙な関わりや、組立てに気をとられてしまい、話に集中できなかったためだ。とにもかくにも、バランスが生命線の小説なのだと思う。頭がスッキリしている時に、最後まで一気に読んでみたい。そこに迷宮から抜けだす術があるような気がする。 |
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プリズムの夏
【集英社】
関口尚
定価 1,470円(税込)
2003/1
ISBN-4087746275 |
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評価:B
大学受験を控えた高校三年生の夏、植野と今井は、然したる目的もなく今日もだらだらとつるんでいた。話題は映画館で出会った彼女、松下菜那である。二人は、恋心の一言では説明できない複雑な感情を抱き、彼女との接点を探し始める。
時を同じくして、あるホームページに目を留める。アンアンの『やめていく日記』。感傷的な内容に辟易しながらも、次第に、彼女の放つ危ういかおりに、引きこまれていった。
美しさと危うさに魅せられていく、近づき、離れ、すれ違う心と心。抑えきれない衝動がぶつかりあう。迷走する繊細な感情を共有し、目線をそらさずにいる二人の、頭をかきむしりたくなるような苛立ちが伝わってくる。
純粋で不器用な友情と恋の行方を、あざやかな色使いで表情豊かに描いている。久しぶりに、疲れ知らずの若さに満ちた物語を読んだ気がする。さわやかな風が吹きぬける、どこまでもまっすぐで、純朴な青春小説である。 |
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ねじの回転
【集英社】
恩田陸
定価 1,680円(税込)
2002/12
ISBN-4087745856 |
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評価:B
二・二六事件をやり直すのだ。時間遡行装置の発明による歴史への介入が、人体への異変を引き起こした。国連は再度、歴史へ介入。壊された歴史と未来の修復を試みる。
再生された歴史を確定させる作業のために、事件の中心人物、三人が選ばれる。彼らは、人類が未来を託す唯一の装置『シンデレラの靴』の死角をついて、昭和維新の夢を果たすべく行動をおこす。様々な想いを胸にして。
人間の欲望に振り回される人間たちの愚かなる行為が、さらなる混乱を招き寄せる。正しい歴史は、そんな愚かな人間たちの手にゆだねられている。だれの意志が未来を確定させるのか。二・二六事件が未来へ与える影響とは。凝った趣向と数々の謎解きに心奪われ、目眩めく展開に最後まで目が離せない。
人類の命運を握る装置がネズミに弱いなどというかわいい設定も、肩の力が抜けていていいと思う。壮大なSF超大作ではないが、軽快さが心地よい愛すべき秀作である。
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ふたたびの雪
【講談社】
原口真智子
定価 1,680円(税込)
2003/1
ISBN-4062116707 |
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評価:C
脳梗塞で寝たきりとなった妻を介護する中年男は、誰にも打ちあけられない罪を背負って生きてきた。昨日までは単なる隣人だった女が、心に重荷を背負ったとき、ふたりはお互いを、必要な存在として意識し始める。
幸せをつかみとるために起こした行動が、自らを苦しめる。償いきれない罪の意識にさいなまれるふたりは、激しく惹かれあう。
「言えないこと」ひとつの言葉に共鳴し、心を揺さぶられる。プラトニックな純愛なのか、弱さをさらけ出すことのできる相手を必要としているだけなのか。
心の傷を舐めあう男と女の物語。と言ってしまったら身も蓋もないが、そんなに単純な話だけでは終わらない。乾いた心を癒し、生きる勇気を与えてくれる人たちの生命力によって、物語は力強く進化していく。生への悦びが、はかなくも美しく表現されている。ピュアな人間ドラマを堪能したい。どろどろした感じが好みではないので、点数は低め。 |
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リレキショ
【河出書房新社】
中村航
定価 1,365円(税込)
2002/12
ISBN-4309015158 |
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評価:C
姉さんに拾われて、半沢良となった主人公。「なりたいものになればいいでしょう」と言われて書いた履歴書が二枚。履歴書のあからさまに無難な半沢良と、リレキショの、ほんのちょっとだけ自己主張している半沢良の日常が、淡々と語られている。
彼の境遇や、過去はわからないままに、物語は進行していく。今の居心地の良さにどっぷりと浸かり、すべてを事もなげに受けいれる潔さが、薄っぺらな時代の空気や、人間関係の希薄さを鋭く表現している。没個性が個性として描きだされている。現実べったりなのに生活感のない、無味乾燥でぼんやりとした世界に、奇妙な共感を抱いてしまう。
そんな彼の平凡な日常に、風変わりなラブレターが投げ込まれる。それでも物語は大きく変化しない。静かに、不思議なリズムを刻み続ける。すべてが予定調和であったかのように。強烈な個性もにおいもないけれど、なぜか心に残る都会の夢物語なのである。 |
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つむじ風食堂の夜
【筑摩書房】
吉田篤弘
定価 1,575円(税込)
2002/12
ISBN-4480803696 |
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評価:B
タイトルの響きがいい。どこか懐かしく、落ちついた感じ。居心地が良く、檜の香りと、洋食の匂いがただよう食堂。そんな風景を勝手に想い描いてしまう。お話はというと、いたってシンプルで味わい深く、しみじみ心惹かれてしまう。のんびりとした語りで、いっぷう変わった世界へと誘いだされる。
夜ごとつむじ風食堂に集まる、とぼけた客人たちと、雨を降らせる研究をしていると称する雑文書きの先生の、洒落た雰囲気がたまらなくいい。「二重空間移動装置」という名の万歩計、「虹の手品」、「唐辛子千夜一夜奇譚」に心浮き立ってしまうのだ。
つむじ風食堂を中心とした小さな世界。牧歌的でスローな、ちいさな幸せのあふれるモノクロームな空間が、目前にゆっくりと浮かび上がってくる。たわいもない会話すら、粋で楽しい。ふんわりと夢心地にひたりながら、静かに心落ちつけて読みたい。想像力をかきたてられる、現代のお伽噺である。 |
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滑稽な巨人
【平凡社】
津野海太郎
定価 2,520円(税込)
2002/12
ISBN-4582831370 |
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評価:C
近代文学に明るい人たちにとって、坪内逍遙はそうとう滑稽な人だったようだ。逍遙といえば「小説神髄」の作者で、文学の方向性を説いた偉い人といったイメージがある。逍遥を軽く扱うのが文学界の伝統であったなどという史実は、教科書にはのっていない。
著者が滑稽な巨人と呼ぶ、逍遥の風変わりな側面が垣間見える評伝である。
若いころは、浮ついた極楽とんぼでならしていたが、ある日突然マジメを志した。過剰でわざとらしい身振り手振りでシェークスピアを説き、時代遅れと失笑された。といったエピソードの数々が、明治の文人の堅苦しいイメージを、ぐっと身近なものにしてくれる。
また、遊女との結婚により、周囲からの好奇の目にさらされながらも、最後まで連れ添った、純愛の人でもある。その家族愛の形が、またおもしろいのだ。清張の逍遥論をこき下ろす表現が鼻につくけれど、よくある伝記とは違った趣が楽しめる一冊である。 |
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アバラット
【ソニー・マガジンズ】
クライヴ・バーカー
定価 2,730円(税込)
2002/12
ISBN-4789719731 |
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評価:B
主人公の少女、キャンディは陰気で棘のある教師、父親の暴力、嫌いなこと満載のつまらない町がある現世界、ヒヤアフターから逃げるようにアバラットへ飛び込んだ。
そこは時間が支配する異世界。1時間ごとに島がひとつ、さらに時間を超えた25時の島からなる群島である。現代と地続きの不思議な異次元世界で、キャンディの行く先もわからない旅が始まった。残忍な王キャリオンの追手から逃れることができるか。
次々と登場する、風変わりな容貌の個性際立つアバラットの住人たち。構想もさることながら、ふんだんに盛りこまれた挿画が、その魅力を余すことなく伝えてくれる。異世界である所以が直感的に伝わってくる、絵本仕立ての作品である。キャラクター小説の決定版といえると思う。ちょっとずるいけど。
文章がイラストに負けている感もあるが、物語はまだ始まったばかり。輪郭に触れただけである。評価は続巻以降に持越しとしたい。 |
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ソーネチカ
【新潮社】
リュドミラ・ウリツカヤ
定価 1,680円(税込)
2002/12
ISBN-4105900331 |
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評価:B
幼いころから本の虫。団子っ鼻でぱっとしない容姿のソーネチカは、どちらかというと地味な人生を送ってきた。本を読むだけの人生に突然現れた、反体制の芸術家ロベルト・ヴィクトロヴィチとの結婚により、試練の多い生涯を歩むこととなる。もっとも彼女は試練とは感じていないのだが。
貧しく苦しい暮らしの中でも、理想を追うことで心を痛めることはない。今を大切にし、幸せの種を見つけだす豊かな心に感嘆する。
ひとり娘の連れてくる美少女に夫の心を奪われ、孤独を味わった瞬間でさえ、変わらぬ愛情をそそぎ込み、幸福さえ感じてしまうのだ。その滑稽なまでに底抜けな愛情の深さ、重さに心をうたれ、涙がこぼれそうになる。
彼女の気丈で愚直な生き方が、感情をおさえた筆致で淡々と綴られる。平板な印象を受けるが、それが逆に彼女の穏やかな心持ちを十二分に印象づけている。神々しいほどの潔さが、静かに心に染み渡ってくるのだ。
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