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山崎 雅人の<<書評>>
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阿修羅ガール
阿修羅ガール
【新潮社】
舞城王太郎
定価 1,470円(税込)
2003/1
ISBN-4104580015
評価:B
 突然、興味から同級生とやってしまう、愛を求めてさまようアイコ。その相手が誘拐され、ぐるぐる魔人の猟奇殺人に便乗した暴動で、調布の街はめちゃくちゃ。そして、アイコの運命は...何それ? 無責任ですが、わたしにも分かりません。著者の『熊の場所』は、この新しさ、すごさを理解できないのは古い。という絶賛評が多数でしたが、本作は苦しいでしょう。難しい。どこまで深読みするとまじめに批評できるか見当もつかない。
 2時間の熟考の末、こう考えました。殺人は心の奥底で深く葛藤したものの仕業ではない。衝動が引き起こすもの。意味なんてないのだ。という時代の感覚をするどく表現している。死の軽さ、他人に対しての感情の希薄さと、その反動の自己愛の異常な重さのギャップを鮮やかに描く技量はさすがである。
 句読点がなくて、会話のリズムで読ませる独特の語りは、相変わらずの切れ味だ。読んでいて気持ちいい。そうか!気持ちよければいいのだ。著者もきっと意味なんて考えてない。表現の自由を謳歌している、こどもおとなのための童話なのだ。FREEDOM万歳!

第三の時効
第三の時効
【集英社】
横山秀夫
定価 1,785円(税込)
2003/1
ISBN-4087746305
評価:A
 捜査第一課強行捜査係。犯罪捜査の最前線かつ最後の砦。ひとつのミスも許されない戦場に君臨する男たちの、熱いドラマである。
 彼らの敵は凶悪犯だけではない。同じ意志を持ち協力すべき身内さえ、しのぎを削るライバル、いや敵なのだ。犯人との攻防、組織との攻防。弱みを見せると前後から刺される緊張感の中に置かれた男たちが激突する。
 奇抜なトリックで驚きを与えるたぐいの作品ではない。自白強要すれすれの取調べ、泥臭く粘着質な捜査、華麗というには程遠い世界は、おもしろ味がないように思える。
 しかし、その地味なかけ引きが、実に表情豊かで、スリリングなのだ。心という堅く閉ざされた密室。そこに隠された心裏をえぐりだす過程を丁寧に描き、琴線に触れる要素を巧みに配置した構成は、見事というほかない。
 口数少なく心で語る男たちの犯罪に対する一途な姿勢、殺伐とした中に垣間見える情が、読むほどに心に響きわたってくる。
 事件の特異性ではなく、犯罪の周囲をじっくりと読ませる、横山作品の真骨頂を余すところなく描きだした傑作である。

今夜 誰のとなりで眠る
今夜 誰のとなりで眠る
【集英社】
唯川恵
定価 1,575円(税込)
2002/12
ISBN-4087746186
評価:C
 ひとりの魅力的な男の死を境に、彼と関わりを持った女たちの人生に、転機が訪れる。不倫、妊娠、再会、そして別れのドラマが、30代後半のつややかな5人の女性たちを通して描かれる。彼女たちの、時にはしたたかで、時には痛々しい恋愛の行方は、恋愛小説の王道、規定路線を最後まで外さない。
 少々もの足りないながらも、物語に破綻はなく、安定感もあり、最後までさらりと読ませる。目新しい仕掛けがなくても飽きさせないのは、共感のつぼをはずさない著者のうまさであろう。
 ちょっとだけ不幸、ちょっとだけ自立した女性。主人公たちは、ちょっとだけ自分と違う人生を送っている。このちょっとという現実離れしない距離感が心地よいのだ。あこがれや優越感、若さへの未練といった感情を刺激し、知らぬ間に惹きつけられていく。
 後味は悪くない。しかし、印象に残る場面も少ない。心を激しく揺さぶり、深く奥底まで響いてくる力強さが欲しい。不満はある。それでも、女性の気持ちを鮮やかに代弁しているであろう物語には、一読の価値はある。

街の灯
街の灯
【文藝春秋】
北村薫
定価 1,850円(税込)
2003/1
ISBN-4163215700
評価:A
 昭和初期の東京に、強力なコンビが登場した。士族の令嬢、英子と、彼女に仕える運転手、別宮。知性と教養にあふれ、武道も相当の腕前、銃や剣も自在に振るってみせる別宮を、英子はベッキーさんと呼ぶことにした。
 二人のレディは、華麗に謎解きに挑む。事件は、兄の友人から届いた暗号の解読から殺人事件まで。英子が事件に遭遇した時、ベッキーさんは、そっと解決の鍵を耳打ちする。
 丁寧な描写と、粋な言葉遊びで、いつのまにやら昭和の始めに時間旅行させられている。時代の緊張感や、趣のある街の雰囲気が、細密だが硬質にならない独特の筆致で、柔らかく描かれている。謎自体も時代背景をしっかりと映しだしていて、現実に引き戻されることがない。本書を開いた瞬間から最後まで、心地よく幻惑され続けるのだ。ミステリーの妙を、心ゆくまで堪能できる秀作である。
 しかし、まだ物語は始まったばかり、ベッキーさんの正体は謎のままだ。そこは北村薫のこと、さり気なくヒントが隠されているに違いない。このまま読み終えてしまうのは、名残惜しい。再読しつつ、続編を待ちたい。

消し屋A
消し屋A
【文藝春秋】
ヒキタクニオ
定価 1,850円(税込)
2003/1
ISBN-4163215506
評価:C
 博多に流れてきた、消し屋の幸三。博多で最初の仕事は、ダイエーホークスの捕手を殺さないで消すこと。しかも強制的ではなく、相手の自発的な行為として。
 義理と人情。任侠道の基本はしっかりと押さえられている。大御所、浅田次郎作品と比較して、人情少なめ、暴力やや多め、義理は無しの、どこか憎めない雰囲気の作品である。
 主人公の殺し屋、おかまの幸三は、粋でお洒落で色男。男も女も惚れるおかまである。脇を固めるおかまやヤクザは、ステレオタイプで、おもしろ味に欠ける。殺気や緊張感が中途半端で、凄みがないのだ。おかげで、シリアスな場面が緩みがちになり、全体的に平板な展開になってしまっている。
 消し屋の華麗な技は炸裂しない。殺陣を見せるに止まる。その代わり、情で相手を誘い出す。すごい武器まで出しておいて、それはないだろう。せっかくの主演第一作、そんな地味でぬるい仕事で良いのだろうか。
 男の美学を極めた消し屋は、子どもも救う、親分も救う。みんな救う。殺し屋の救いの手に癒されてみるのも良いかもしれない。

趣味は読書。
趣味は読書。
【平凡社】
斎藤美奈子
定価 1,500円(税込)
2003/1
ISBN-4582831427
評価:B
 愛情表現にもいろいろあるが、これほど攻撃的な愛を浴びせかける人はいない。本書は『海辺のカフカ』『ハリー・ポッター』『五体不満足』といったベストセラーを、普通にお薦めしない、愛に満ちた書評集である。
 遠回しにほめているのか、ただの皮肉か。微妙な言い回しはあるが、ストレートに絶賛することは、ほぼ、いや全くない。
 では、嫌みな本なのだろうか。そんなことはない。趣味は読書。厳しい批評は、著者への尊敬の念と愛情の裏返しなのだ。なんて手ぬるい訳がない。読者はともかく、作者がそんな都合の良い解釈をするとは思えない。
 だからといって、文句を垂れているだけではない。その批評眼は鋭く、的確で具体的な指摘は他に類をみない。抽象的な形容詞でごまかすこともない。さらに、脱線しまくりネタばれ寸前の文章は、他の追随を許さない。
 統計的な要素も見逃せない。100万部と視聴率3%が同意である。これを知っただけでも、読む価値はあった。なぜ売れたのかについての毒舌解説も笑える。愛あればこその、言いたい放題、好き放題本なのだ。

驚異の発明家の形見函
驚異の発明家の形見函
【東京創元社】
アレン・カーズワイル
定価 3,990円(税込)
2003/1
ISBN-4488016359
評価:B
 とある函の持ち主の、知的好奇心にあふれる半生を綴った、奇妙な物語である。エンジニアの才を持ったクロード・パージュは、畸形の研究をしている外科医に、指を切り取られてしまう。しかし、それを期に領主に引き取られ、発明家としての人生を歩み始める。
 彼は、発明好きの領主の元で、エッチなからくり時計の制作に精をだす。のちに領主の元を逃げだし、パリに移り住む。そこでは、意地の悪い書店主の元でエロ本、失礼、ポルノグラフィーの販売に従事する。
 何をやっているんだクロード。それでは発明家というより、エロ事師ではないか。と、つっこみを入れつつ、先を急ぐ。はかない恋、仲間との交流により成長したクロードは、ついに世紀の発明品を創造する。これがまた人を食った腰くだけな機械なのだ。(涙)
 これが、大うけするのだから、18世紀のフランスは、おおらかで遊び心にあふれた、魅力的な時代だったようだ。彼の生涯を読んだ限りにおいて。とただし書きをつけてだが。
 表紙の雰囲気と帯のコピーからは想像できない驚異の物語に、腹を抱えて笑うしかない。

切り裂きジャック
切り裂きジャック
【講談社】
パトリシア・コーンウェル
定価 2,100円(税込)
2003/1
ISBN-4062115832
評価:C
 体中を切り裂き、内蔵をえぐり出す、猟奇的な手口の娼婦連続殺人事件。警察、マスコミに対し次々と送られてくる声明文。犯人は誰、目的は何なのか? 本書は、百年以上前に起こった迷宮入りの惨殺事件の主人公、恐怖と伝説の人物『切り裂きジャック』に迫るノンフィクションである。アメリカの人気推理作家は、真犯人を捉えることができたのか。
 当時の世相、犯人とされる人物に関わる詳細な描写は、するどく、興味深いものではある。しかし、調査報告書をイメージさせる構成は、躍動感に乏しく、本来の作風ではない。村上春樹の描いた地下鉄サリン事件を読んだときのような違和感と、とまどいを感じた。
 ドラマティックな演出による、華麗な謎解きを期待するのであれば、期待はずれな展開かもしれない。冒頭から名指しされる犯人、淡々と積み上げられる状況証拠と仮説の繰り返しは、劇的な結末を用意していない。
 もはや絶対の真相を知るすべはないとはいえ、巨額の費用を投じた科学調査の結果が、おもに迷宮入りの理由では、いささか寂しい気もするのだが。

ギボンの月の下で
ギボンの月の下で
【ソニー・マガジンズ】
レイフ・エンガー
定価 1,890円(税込)
2002/1
ISBN-478971988X
評価:B
 ミネソタ州の小さな町で幸せに暮らす家族の、心あたたまる奇蹟の物語が、奇蹟をもらって生を受けたルーベンの視点で語られる。
 不思議な力を持つ用務員の父、全幅の信頼をよせる兄、文学好きで詩人の妹、そして喘息のルーベン、固い絆で結ばれた4人に、突然の転機がおとずれる。姿を消した兄を捜すため、家族はトレーラーに乗って旅に出た。
 運命に身を委ねるやさしい父と、自らの力で運命をたぐり寄せる兄の強さ。家族の行く末を左右するふたつの父性に、少年は葛藤し、やがて自立したひとりの男に成長していく。
 全編に流れるメッセージは、いたってシンプル。人生は自分で切り開くもの。正しさを求めて努力する者は、行き詰まった時に救いの手を差しのべられる。陳腐だが、最も力強い指針に裏打ちされた物語は、ページをめくるたび、勇気と希望に満ちあふれていく。
 冒険物語が必要とするすべての要素がふんだんにちりばめられた、清涼感のある文章は、読む者に活力と癒しを与え、心地よい余韻を残す。夢の続きを見ているような気分にさせる、ピュアな物語である。

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