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勝手に目利き
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大場 利子の<<書評>>


ZOO
ZOO
【集英社】
乙一
定価 1,575円(税込)
2003/6
ISBN-4087745341
評価:B
 閉じ込められた姉と弟。飛行機の中。山小屋の中で喧嘩。ぼくは父と母の三人暮らし。ママと双子の姉妹。別荘。こんな舞台で、短篇十篇。
「この世界に僕は一人きりである」。読んでいる私も、この世界に一人きりになってしまえ。なりたい人、なったとしても耐えられる人は、どうぞ。こわいし、暗いし、でも明るい。それがなんとも気持ち悪くて、二日酔いの朝には読みたくない。
●この本のつまずき→「SEVEN ROOMS」の姉と弟。こんな姉弟になりたい。強く憧れた。

オクタシニア
オクシタニア
【集英社】
佐藤賢一
定価 2,520円(税込)
2003/7
ISBN-4087753077
評価:C
 エドモンは、ピレネの山を目指す。たった10頁のプロローグ。これから、エドモンがどんな物語を語り出すのか。期待でいっぱいになる。
 関西弁らしきものを話すフランス南部の人びと。「阿呆か、エドモン。もうじき夜やで」やで……って。訛りで場所の違いが際立ち、とっつき易くなる。確かにそれは成功しているが、真剣な場面でもなぜか危機迫るものがなく呑気に聞こえてくる。それで良かったのだろうか。そういう人びとだったのだろうか。
●この本のつまずき→本書に挟まれた一枚の紙。表には主要登場人物リスト。裏には地図。とても親切で、助かりました。

ドスコイ警備保障
ドスコイ警備保障
【発行アーティストハウス/発売角川書店】
室積光
定価 1,470円(税込)
2003/7
ISBN-4048981285
評価:B
 「これか、ただのデブって」「初めて見た」元力士たちが言う。デブに、ただも何もないと思うが……。万事こんな調子で、心根の悪い人は一切出てこない。出来過ぎと言えば、出来過ぎではあるが、元お相撲さんのガードマンに守られてみたいし、ただのデブがスターに変身するのもいい。デブという言葉がこれほどあたたかく感じられるとは。
●この本のつまずき→人物の最初の登場シーンには必ず名前にルビ。「豪勇」にだけは、なぜだかない。ごうゆうと勝手に読んでいたが。

ハワイッサー
ハワイッサー
【角川書店】
水野スミレ
定価 998円(税込)
2003/7
ISBN-4048734717
評価:B
 「マニキュアの乾燥には睡眠時間」。家訓として、代々受け継いでよし。
 「コトブキはいつも、夜ふとんにもぐりこんでからマニキュアを塗ることにしている。」週に一度の塗り替えで済むように、三回以上の重ね塗り。完全に乾くまでには一時間以上。うつ伏せの体勢で両腕をバンザイの状態に保ったまま、睡眠。自分もそうだ。間抜けな姿が思い出される。コトブキのように、専業主婦でもなければ、主婦でもないが。
 「時間をむだにすることがきらいだ。それはいつも有効に、有意義に使われなければならず、なにをするにも極力、同時進行でもう一つ物事を処理するように心がけているのである。」自分もそうだ。いや、誰でもそういうもんじゃないのか。なんて、誰でもコトブキのように「ハワイッサー」になれるとは限らない。自分しかり。
●この本のつまずき→一日の経過する時間が小見出し。処理能力の高さに唖然。

輝く日の宮
輝く日の宮
【講談社】
丸谷才一
定価 1,890円(税込)
2003/6
ISBN-4062118491
評価:B
 踊り字。1頁目に、「すた  」「ちら  」。2頁目に、「さう  、さつきお使ひが……、」「郵便屋さんぢやなくて?」。何か古い物語より、受験勉強を連想してしまうのが、悲しいところで、読み始め早々、腰がひけている。
 それでいて、読み進む、読み進む。『婦系図』『高野聖』『奥の細道』『平家物語』なんて、軽く、つらつらと、いっぱいまだまだ、出てきて、よく分からないが、おもしろい。もう少し、分かろうと努めて、つっかえてつっかえ読んでも、良かったかもしれない。
●この本のつまずき→きちんと話そう、きちんとした言葉でメイルを書こうと思わせられた文体。心地がいい。

シェル・コレクター
シェル・コレクター
【新潮社】
アンソニー・ドーア
定価 1,890円(税込)
2003/6
ISBN-4105900358
評価:A
 目次に並ぶ短篇の、八篇のタイトル。読み終えて、何日も経て、目次を眺めるだけで、思い出せる、それがどんな物語だったかを。
 なかでも最も強烈に思い出せるのは、どれも本当に強烈に思い出せるのだが、あえて言うならば「ムコンド」。『流れ、流動、急流、通過、疾走。川の水、地面に勢いよく注ぐ水、ドアや窓を通る風、船の航跡、トラックの通過跡、動物の疾走などについて言う』そうだ。その意味が示すように、タンザニアに派遣された化石ハンターが走っている女に出会う。まさに「ムコンド」。感じる、それらの「ムコンド」を。
●この本のつまずき→惹句「時間が止まる。息を詰め、そっと吐く。」どの短篇にも当てはまる。絶妙だ。

海を失った男
海を失った男
【晶文社】
シオドア・スタージョン
定価 2,625円(税込)
2003/7
ISBN-4794927371
評価:C
 「先生、この短篇、さっぱり何が書いてあるのかわかりませんけど、でも凄い!」こう感想を伝えた学生を、理想的なスタージョンの読者ではないかと、編者は言う。
 そうなんだ。それでいいんだ。わからなくていいんだ。そうか。そう言っていいんだ。安心した。こういうあとがきには、本当に救われる。「成熟」には心かきむしられたし、「そして私のおそれはつのる」には切なさでいっぱいにされた。でもさっぱりわからないのも、あったのだ。
●この本のつまずき→表題作。一切、画を浮かべることが出来なくて、想像力のなさにがっくり。

カルカッタ染色体
カルカッタ染色体
【DHC】
アミタヴ・ゴーシュ
定価 1,890円(税込)
2003/7
ISBN-4887243227
評価:B
 ムルガンは、ノーベル賞受賞者ロナルド・ロスの虜。虜だから、ロスが1895年から1898年まで、マラリア研究で訪れたカルカッタへ行ってしまう。虜だから、ロスの足跡を必死で感じようとする。そうした1995年にそこで行方不明。虜って、すごい。そこまでさせる。
 いろいろな地点と時点を行ったり来たりする。ムルガンはどこへ。虜になっているのは、本当は誰だ。ラストには、ぞくぞくが待っている。
●この本のつまずき→翻訳。そのおかげだろうか。人物も地点も時点もこんがらがることがなく、読み進む。

リトルシーザー
リトル・シーザー
【小学館】
ウィリアム・バーネット
定価 1,700円(税込)
2003/7
ISBN-4093565112
評価:B
 リコ、そんなに急がないで。前ばかり見ないで。祈らずにはいられない。リコが発するオーラに全篇支配され、焦燥感が際立つ。読み手を落ち着かせず、始終貧乏ゆすりを強要する勢い。
 舞台はシカゴ。ヴェットリー・ギャング団。ボスに成り代わるリトル・イタリアきっての殺し屋リコ。勇敢・迅速・正確。ボスの風格は見いだせず。でも、リコから目が離せない。リコがずっと眠れず、やっと深い眠りにつこうとするシーン。唯一、ほっと出来た。
●この本のつまずき→著者の写真。たまらないほどの男前。連想させる登場人物がおらず、残念。

シービスケット
シービスケット
【ソニー・マガジンズ】
ローラ・ヒレンブランド
定価 1,890円(税込)
2003/7
ISBN-4789720748
評価:A
 『ラテって何ですか』『えっ?何?ラチのことでしょ!』『それそれ…それ…』
 読み終えて、職場の競馬おじさんに質問する。だいたいの想像はついていたが、知らない単語だったので。あんなに何度も作中に出てきたにも関わらず、間違えて口から出る。お粗末だ。が、競馬を知らない私が「あるアメリカの競走馬の伝説」を読んだだけで、競馬おじさんを尊敬し始めるなんて、すごい「シービスケット」。競馬は賭け事、賭け事は好ましくない……。くだらない偏見は不要。人生、つまらなくさせていた。
●この本のつまずき→表紙の写真。騎手も馬もカメラ目線に見える。すごい。