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勝手に目利き
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松田 美樹の<<書評>>


もっと、わたしを
もっと、わたしを
【幻冬舎】
平安寿子
定価 1,680円(税込)
2004/1
ISBN-4344004663
評価:AA
 いいなあ、真佐彦くん。優柔不断なこんな奴が、実際に周りにいたら張り倒したくなるかもしれないけど(友達が真佐彦くんと付き合おうかと思ってるって相談してきたら、必ず止めるぞ)、自分に害が及ばない限り「愛い奴め」と思えるキャラクターだ。30過ぎで独身、美人でしっかり者の理佳の悪口(「男を退かせるタイプの女」)を聞いて、彼女の名誉挽回のために自分には高嶺の花と思いつつも告白する真佐彦くん。何だか理論が通ってるんだか何だか分かりませんが、彼のとぼけた行動は憎めない。女性に夢を持っているところとか、「好き」って言われると断れない性格とか。うーん、困ったちゃんだけど、憎めないぞ真佐彦くん。
 少しずつ登場人物が重なる5つの連作短編集で、真佐彦くんが登場する「いけないあなた」に1番笑わされました。最後の「涙を飾って」にも彼はちらりと出てきますが、そこでは少しだけかっこよく思える場面もあります。

幻夜
幻夜
【集英社】
東野圭吾
定価 1,890円(税込)
2004/1
ISBN-4087746682
評価:A
 考え抜かれた小説です。これしかストーリーはありえない!と思えるほど完璧な仕上がり。本を読み終わるともっとこうだったらなあと思うことが時々ありますが、この小説の場合、それは考えられません。さすがは東野圭吾。うならされました。
 周到に糸を張り巡らす1人の女性と、知らず知らずに蜘蛛の糸に絡め取られていく登場人物たちの、食うもの、食われるものという図式。そして、え?ここまで?と、徐々に明らかになる伏線と、それが1つずつぴたりぴたりとはまっていくストーリーにだんだん恐くなりました。何が一体、そんなに彼女を上り詰めるように駆り立てたのか、とても気になるところです。ラストシーンは、え?こんな終わり方?とちょっと驚きました。2段組で500ページを超える長篇ですが、時間を割いて読む価値があります。

生まれる森
生まれる森
【講談社】
島本理生
定価 1,365円(税込)
2004/1
ISBN-4062122065
評価:B
 高3の時に、塾の講師で既婚者のサイトウさんと付き合い、結局別れたものの、大学生となってもどうしてもその恋から抜け出せないでいる主人公。そんな過去の恋に執着する彼女の心を、高校の同級生・キクちゃんやその兄・雪生さんが緩やかに解き放していきます。
 一般的に、男は女よりも女々しいと言われていますよね。別れても、ずっと相手のことを忘れられずにいるのは男の方だと。でも、どっぷり人と付き合って深みにはまると、それって男だろうと女だろうとそこから抜け出すのは至難の技。それは回数を重ねたって同じこと。経験では、時間が経てば少しは楽になれることはわかるけれど、だからってそれは何の助けにもなりません。しかもこの主人公はまだ経験が浅い。ざっくりと心を切り裂かれています。心が痛い時って、周りから見ると確かにこんな感じなんだろうなあというリアルな切なさが感じられました。同じ境遇の時にこの本を読むと、すこーしだけど光が見えてくるかもしれません。

真夏の島の夢
真夏の島の夢
【角川春樹事務所】
竹内真
定価 1,785円(税込)
2004/2
ISBN-4758410267
評価:B
 謎解きって、謎(事件)がでーんと最初にあってそれを最後までに何とか解いていくというパターンですよね。でも、この話は、(小説の中での)虚構と現実がうまいこと混ざりあって、知らない間にあらあら事件が解決!という変な印象を受けました。登場人物の作家が書き進めていくポルノ小説と現実がシンクロしていくだけかと思ったら、若者4人が作るコント芝居も加わってきて、それらに気を取られていたら、確かに伏線は張ってあったものの、そんなに気にせずにいた現実問題が急にクローズアップされて解決した!って感じです。単に謎解きというだけでは終わらない楽しさがありました。一筋縄ではいかない小説というか。ちょっとアンバランスなところが、この小説の魅力でしょうか? 軽い調子で読んでいたら知らないうちに深みにはまっていた、という技がきかされた作品です。

やんぐとれいん
やんぐとれいん
【文藝春秋】
西田俊也
定価 1,750円(税込)
2004/1
ISBN-4163225307
評価:B
 青春18切符で目的を決めずに旅をする高校時代の同窓会。そんな風変わりな旅に集まった6人の、それぞれに抱える問題が旅を通して明らかになっていきます。 同級生の、過去に同じ空間にいたというだけで生まれる妙な連帯感と根拠のない信頼性。必ずしも気が合う訳ではないのに、同じ時間を共有してきたというだけで、同級生とは何故か分かち合えるものがあるような、そんな関係が上手く描かれてます。31歳の私は、登場人物たちが32歳ということで親近感を覚え、彼らが成長してきた時代とも重なるので、すんなりこの世界に入れました。
 最後の夜に、みんなで秘密を言い合う(でも、真実は誰も語らない)場面がせつないです。高校生の頃なら「実はA君が好きなの」なんて気持ちを白状していたかもしれない場面ですが、月日が流れて、解決できない問題をそれぞれに秘めた彼らは、簡単にはそれを口にできない。一緒に旅しているものの、そんな微妙な心の繋がりがせつなかった。

父さんが言いたかったこと
父さんが言いたかったこと
【新潮社】
ロナルド・アンソニー
定価 1,785円(税込)
2004/2
ISBN-4105439014
評価:A
 まず、帯の「大切な人を見つけたら、決して手離しちゃいけないよ。それはこわれやすい宝物だから」のコピーにやられました。そうか、手を離しちゃいけないのか。でも、大切な人かどうかってその時点ではよくわからなかったりするしなーと思いつつ、いつもの癖であとがきを先に読むと、訳者は1/3を過ぎて物語に引き込まれたとのこと。そこで、やっと早く面白い展開にならないかなと期待しながら(確かに1/3まではちょっと退屈)読み始めたんですが、“そのこと”が始まってからは、最後のページに辿り着くまでが本当にあっという間! あら?終わり?という、時間を感じさせない作品に久しぶりに出会いました。面白くって終わるのが勿体ないという物語はあっても、気が付くと終わってたというのはなかなかないものです。更に読み終わってからは、じわじわとお父さんの言葉が心に染み込みました。“そのこと”っていうは、実際に読んでほしいので書きませんが、ぜひお父さんの言葉を聞いて(読んで)ほしい!

ふたりジャネット
ふたりジャネット
【河出書房新社】
テリー・ビッスン
定価 1,995円(税込)
2004/2
ISBN-430962183X
評価:A
 SF小説は、設定に慣れるまでに時間がかかる上、短編集となると異なる設定が次々にやってくるので、実はちょっと苦手です。でも、ここで出会った短編たちはとっても味わいが深くって、読めば読むほど新しい見所が出てきます。しかも余韻がいい!
 特に喜怒哀楽というか、人の細やかな感情の描き方は非常に印象的です。表題作「不思議のひと触れ」のロマンティックな展開も素敵でしたが「孤独の円盤」で描かれた行き場のない孤独感がとても心に残っています。後半語られる円盤の語ったことは胸にぐさっと刺さってくる名文句で、何度か繰り返して読みました。あとは「ぶわん・ばっ!」これも良かったなー。思わずにやりとさせられてしまう成功物語なんですが、文字に変換された音楽が上手く絡み合っていて刺激的な味に仕上がっています。SFはどうもね…って方もぜひチャレンジを!

ぼくのキャノン
ぼくのキャノン
【文藝春秋】
池上永一
定価 1,600円(税込)
2003/12
ISBN-4163224300
評価:B
 タイトルだけ見せて、これって何の話だ?という質問があったら、この本のストーリーを予測することって100%無理だと思う。かく言う私も素直にカメラの話かと思いました。でも、そんな予想をして読み始めると、出だしから裏切られます。「今、砲台が正午を告げた」。砲台?何だ?という衝撃を受けながら読み進めることになります。実はこの砲台が主人公と言ってもいい話。沖縄の小さな島で、砲台を神とあがめることで、戦後の島民を統治してきたマカト、樹王、チヨの3人。島の秘密を守るため、人生を投げ打ってきた3人ですが、次第にその秘密が暴露されていきます。
 作者は、沖縄戦について、もっともっと深刻で暗い話にもできるはずを、馬鹿馬鹿しさをも漂わせる雰囲気を持たせて書き上げています。沖縄戦を自分の中で消化して、物語としてこの作品をぽんと吐き出した作者は、とても優れたストーリーテラーです。他の作品がとても読みたくなりました。