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斉藤 明暢の<<書評>>


夜の果てまで
夜の果てまで
【角川文庫】
盛田隆二
定価 780円(税込)
2004/2
ISBN-4043743017
評価:B
 本の腰巻きにかかれた佐藤正午さんの文章が、あまりにふるっているので、なんと書き出したらよいかわからなくなってしまった。
 作品の舞台は現代だけど、そのまま江戸時代の設定で書き直されても、さほど違和感は感じないだろう。そのくらい普遍的というか、大抵の人は身に覚えのある感情を描いているのだけれど、とにかく切ない。考えようによってはハッピーエンドでさえあるのかもしれないが、どうも悲壮感漂うというか、壊れるとわかっている何かを見守っているような気分になるのだ。
 もっとも、第三者の目線で人生を観察なんかされてたら、大抵の人は危なっかしくて、とても上手くいくとは思えない道を進んでるように見えるのかもしれない。
 そんな話だった。

東京アウトサイダーズ
東京アウトサイダーズ
【角川文庫】
R・ホワイティング
定価 740円(税込)
2004/1
ISBN-4042471056
評価:B
 東京に限らないと思うけど、一つの街というのはそれなりに奥と幅があって、自分が住んでる場所の近くでさえ、入ったことのない異世界があるのだと思う。
そして東京の中の異世界というのは微妙に怖い。これがニューヨークとか香港とか大阪だったら、自分が生涯近寄るかどうかも分からない遠い異世界とその住人の話、と片づけられるんだけど。まあ、東京近辺に住んだことのある人なら、一度は作中の場所のどれかに近づいたことがあるはずだ。
 いわゆる「悪党」がでかい顔してる世界の話を聞かされると、悪党でも大物でもない我が身としては、連中の災難や凋落を喜んでしまったりするのだけど、週刊誌とかの論調もつまりはそういう感情から来てるんだろう。
 自分が街でお金を使うとき、時にはそんな連中の手助けをしていることがある、というのはうまくイメージできないけど、そんなものなのかもしれない。何せこの国では税金や年金を払っても、似たような連中が似たようなことをしているのだ。

幕末あどれさん
幕末あどれさん
【PHP文庫】
松井今朝子
定価 980円(税込)
2004/2
ISBN-4569661092
評価:B
 「幕末あどれなりん」ではない。
 幕末から明治にかけての時代を、熱く濃く暑苦しく駆け抜けた若者たちの恋と情熱とリビドーの物語かと、読み違えたタイトルから一瞬思ったけど、そういう話ではないのだ。いや、意外と合ってるのか?そう言えばあどれさん(adolescents)とアドレナリン(adrenaline)はちょっと似ている。いや違うか。
 それはともかく、幕末から明治というと、ビジネス雑誌の大好きな活気と革新の息吹にあふれる時代みたいなイメージだが、きっと当時だって人はそれぞれ燃えていたりウジウジしたり汲々としたりしていたに違いないのだ。
 主人公の宗八郎は、それほどダイナミックに行動するわけではなく、むしろ一歩引いて世相や人々の変化を眺めている。彼は多分、案内人なんだろう。けっこうモラトリアムっぽくて、前に進んでるようで実は流されている彼の目を通して、読者はこの時代を見ることになる。
 宗八郎はその後どうしたのだろう、という思いもないではないが、それは大して重要ではないことなんだろうと思う。

心では重すぎる
心では重すぎる(上・下)
【文春文庫】
大沢在昌
定価 (各)660円(税込)
2004/1
ISBN-416767601X
ISBN-4167676028
評価:B
 個人的に、漫画家やアシスタントや編集者など、漫画の作り手側というのは多少見聞きしたことがある世界だったので、異様な世界として描かれるとのはちょっとヘンな気分だ。多分昔からの出版の世界を知っている人にとっては、かなり異質な世界なのかもしれない。
 そして、異質ということはしばしば畏怖と尊敬と差別と恐怖と蔑みの対象になる。渋谷という街やそこに集まる若者たちも、似たようなとらえ方をされているのだろう。理解不能なものほど恐ろしいものはない。
 物語は、それぞれの疑問や後悔や不条理を残しながらも一応の解決を見る。しかし、それぞれの登場人物の気持ちとしては、ちっとも解決なんかしていないのではないかという疑問も残る。まあ世の中も人間そんなにきっぱりしているわけではないとも思うが。
 生きてさえいれば道が開けることもあるとは思うが、ちょっと虚ろに響いてしまうのだった。

サハラ砂漠の王子さま
サハラ砂漠の王子さま
【幻冬舎文庫】
たかのてるこ
定価 600円(税込)
2004/2
ISBN-4344404858
評価:AA
 一人旅に憧れるとき、大抵の人がイメージするのは多分こんな旅なんだと思う。決して優雅でリッチなお買い物ツアーなどではないはずだ。
 旅モノに限らず、エッセイというのはどの程度自分を飾るか、つまりはどの位ウソをつくかのサジ加減が、魅力を感じるか引くかの分かれ目なのだけれど、考えてみれば、旅をするとか生きるとか人とつき合うとか、そういうのは全てそんなことの繰り返しという気もする。
 そして、例え多少のウソが入っているとしても、この日の旅話はえらく面白そうなのだ。
 ぜひ今後も、旅に憧れつつも今は本を読んでるだけの人に変わって、いろんな世界を旅してほしい。そして個人的には、ライフスライス(※)でもぶら下げていってほしいと思う。
※ライフスライス
 持ち主の意志とは無関係に一定間隔でシャッターを切るカメラ。首から下げて使うことで持ち主の体験を切り取るといったコンセプト(だったような)。本家サイトがどこだかよく分からないので、「ライフスライス」とか「ライフスライス研究所」とか「ユビキタスマン」で検索すると吉かも。

ホンキートンク・ガール
ホンキートンク・ガール
【小学館文庫】
リック・リオーダン
定価 730円(税込)
2004/3
ISBN-4094038825
評価:C
 弁護士事務所に所属していながら、法の表側では扱えない部分を引き受けていた主人公は、今は4歳の子持ち女探偵の下で探偵のライセンスを取るために耐え続けるか、文学の学位を活かして大学の講師に納まるかで揺れている。銃を持たず、太極拳の名人である彼は、やや優柔不断ながら、結局はいつも自分のしたいように行動する男だ。そして唯一、そんな彼の帰りを家で待っていてくれるのは、老いてだらしなく汚れたバセット犬だけなのだ。
 という感じで、これだけ主人公の背景が揃っていながら、なぜかどれも消化不良のまま、人の手助けとか偶然によって事態は進展していく。おまけにクライマックスの対決場面では、下手くそな拳銃をデタラメにぶっ放したあげく、最後まで他人の助けによって事件は解決してしまうのだ。
 ミステリとしてのストーリーとか人物描写とかはとりあえず置いといて、あえて私は言いたい。
「使えよ太極拳!」と。
 チンピラとの小競り合いなんかどうでもいいから、奥の手は見せ場でこそ使えと言いたい。

ブレイン・ドラッグ
ブレイン・ドラッグ
【文春文庫】
アラン・グリン
定価 860円(税込)
2004/2
ISBN-4167661586
評価:A
 「激しく元気の出るクスリというのは、つまりは未来から力を前借りするものだ」と言っていたのは誰だったろう。アタマにしろ身体にしろ、効き目は確かで安全で副作用もないクスリがもし存在するなら、生物の脳は適宜自前で分泌してるんじゃないかとも思う。
 とはいえ、程度はともかく、この手のクスリや食い物にまつわる話は絶えることがない。テレビ番組とか健康食品ではひとつのジャンルを築いているし、インチキな代物に騙される人も後を絶たない。つまりは、もしそんなものがあればオレも…ってのは誰でも思うことなんだろう。
 そして、お約束のようにクスリの効果で大躍進しつつも微妙にタガが外れていき、最後には破滅していく主人公を見ていると、妙に安心する自分もいる。金で買ったクスリの力で幸せになれるのなら、結局世の中金かよ!、となってしまうからだけど。
 作中で、もともと持っていない力はクスリを飲んでも出てこない、といった意味のセリフがある。この辺も微妙な所だ。「オレは本当は力があるのに、本来の力を発揮できないだけなんだ」ってのは、何もしない奴の常套句だ。ってことは、おクスリで発現した力は本来持ってた潜在能力か?それを引っ張り出して育てる努力をしたのかオラ!と言いたい。
 未来からだろうがおクスリのお陰だろうが、前借りしたものはどうせツケを払わねばならないのだ。

ブルー・アワー
ブルー・アワー(上・下)
【講談社文庫】
T.ジェファソン・パーカー
定価 (各)600円(税込)
2004/2
ISBN-4062739569
ISBN-4062739577
評価:B
 若く気合いと野心に満ちた女性の相手をする男は、ショーン・コネリーみたいな経験と自信と風格に裏打ちされた人生のベテランでないと釣り合わないのだろうか? まあ、そうなのかもしれない。
 女刑事マーシーシリーズの第1作らしいのだが、それなりにキャラの立ってる彼女の存在感が今イチ薄いと感じるのは、老刑事ヘスが全面に出てるからだろうか。どっちも割と好きなタイプなんだけど。そしてこれほど差がある二人が仲良くなってしまうのは、やっぱりアメリカの話だからなんだろうか?ヘスはいい歳してしっかり「男」であり、もちろんマーシーは「女」なのだ。
 ストーリーは「レッド・ドラゴン」を意識した部分があるようだが、犯人の邪悪さの由来は説得力があるような無いような……ちなみに獄中の天才凶悪犯は出てこない。
 ところで、恥ずかしい話だが、アメリカでの警官と保安官と保安官助手というものの関係が、今イチよくわからない。保安官ってのはそんなに偉いのか?警察署長とどっちが偉いの?